番外編(Web限定)
番外編 音楽の行方
いつものように、細工室で金属の食器を作っていたところ、珍しくシグライズ様がやってきた。
「実は友人が困っていてな」
相変わらずがっちりとした大きな体に鬼を思わせるいかつい顔の、魔王国軍序列1位様。
そんなお方が目を泳がせながら、頭を掻いている。
基本的にここを訪れるのは文官さんだ。
あとは壊れた細工品を持ち込む魔王様くらい。
シグライズ様はこんな就業時間中に、ここへ訪ねてくるようなことはない。なのに来たということは、よっぽどのことなのだろう。
ちゃんと話を聞くべく、わたしは作業机の前にお客様用椅子を用意した。
「困っているお友達ですか」
「あ、ああ。そうだ。その、友達というか、幼なじみが店をやっているんだが、ここのところ客が減ってしまってな」
「それは困りますよね」
「あー、ワシとしては客が少なくていい……ぐ、いやいや、そうなんだ困ってるんだわ。なんとか客足を戻せないもんかなぁ」
「お客さんはなんで減ってしまったのですかね? あ、そのお友達はなんのお店をされてるんですか?」
「店は宿屋だぞ。一階が町の者も来るような食堂だ。客足が減ってしまった原因ははっきりしないんだが――近くの同じような食堂にランタンが導入されたらしくてな」
あ、なんか大変いやな予感がしますよ。
「……ランタン、ですか?」
「リル商会で売るランタンが安くなってな。っても、まだまだ高いんだがな? それでも買えない値段じゃなくなったから、最近ぼちぼと売れてるらしいぞ。それで、物珍しさにそっちの食堂に人が集まってる」
その、値段が安くなってのって、わたしが城のランタン不足を解消したからなのでは……。
まわりまわってわたしのせいな気がするんだけど……。
「ええと、ランタン作りましょうか……?」
そんなに急ぎの仕事もないし、ランタンを作るくらいの時間はある。
そう思って聞いたのに、シグライズ様は困ったように笑って首を振った。
「いや、嬢ちゃん、それはだめだ。嬢ちゃんがあげたい人に作るのとは訳が違う。町の者が使う分に手を出したら、キリがないぞ。今回だけっていっても、ワシが買ったランタンじゃアイツも受け取らないだろうしな」
「それじゃ、どうしてわたしのところに?」
「いや、嬢ちゃんなら、なんか変わった人を呼べるアイデアがあるかと思ってな。なんかないもんか?」
なるほど、そうきましたか。
いつもシグライズ様にはお世話になっているし、力になれるものならなりたい。
けど、細工の腕を封印された細工師がどれほど役に立つというのか。
ドワーフ国の宿屋や食堂は行ったことないけど、日本にはいろんな食堂やカフェがあった。
うーん、コンセプトカフェとか?
魔王城をコンセプトにして、四天王プレートとか、高級食材で作ったミーディス様御膳とか。トンコツスープ麺に黒いナスを添えて魔王様ランチとか!
そんなのあったら食べに行っちゃうよ!
食事がちゃんと作れるお店なら、案としてアリだよね。
「――シグライズ様。実際、そのお店に行ってみたいんですけど」
「うっ……。それは、その、そこまではしてくれなくて大丈夫だぞ……」
もう、シグライズ様ってば、あれもだめこれもだめってヒントが少なくて困るなぁ。
ようするに何か魔人たちが来たくなるような楽しいことがあればいいってことだよね。
娯楽があるような飲食店……漫画、ゲーム、カラオケ…………。
「あっ、ショーなんてどうです? 音楽会とか」
カラオケ喫茶なんてのもあるし、お酒出すお店だったらジャスバーとかもある。
音楽ってわりと手軽でいい娯楽だよね。
「ショー? おんがくかい? 聞いたことがない言葉だぞ」
「そこからですか⁉ 歌とか楽器ってないですか?」
「楽器はあるな。獣人たちが笛を吹くし、太鼓も叩く。そうか、あれは確かに客を呼べそうだ」
「魔人のみなさんはやらないんですか?」
「やらんなぁ……。あれは一部の選ばれし獣人たちのみができる技だと聞いている。ワシらがとてもできるもんじゃないぞぅ」
魔人さんたち、不器用だもんな……。
「歌はな、数え歌や覚え歌がある。軍で使っている行進の時の歌もあるし、町によっては仕事歌もあるな」
「それですよ! 歌、いいじゃないですか! ぜひ歌いましょう! みんなが知っている歌がいいですね。はい、シグライズ様、どうぞ!」
「ああ⁉ 今、ここで歌えってか⁉」
「もちろんです! 聞かないとどんな歌かわかりません! さあ!」
勢いで最強四天王に迫ると、シグライズ様は諦めたように歌い始めた。
♪ さそりおみれば~みぎみやこ~ やばねをみれば~みぎおやま~ あなたにみれば~みぎみやこ~ さわたにみれば~みぎおやま~ ♪
貴方に見れば右都?
意味はわからないけど、なんかロマンチックな曲なのかな。
低い声がぼそぼそと歌った。ふだんの元気はどこにいったのか。
シグライズ様、せっかくワイルドでいい声なのに。
はっきりしないのはいただけない。
「シグライズ様、あの、ちゃんと聞こえなかったんですけど、不思議な歌ですね。どういう意味なんでしょう」
「これは方角を覚えるための歌だ。星空を見て、逃げるサソリが見えたら尾の方は王都だし、その先には魔王城がある」
全然、ロマンチックじゃなかった。
蠍尾見れば、右都。矢羽根を見れば、右お山。穴谷見れば、右都。沢谷見れば、右お山。と歌っているらしい。お山とは北山のことだとか。
「なるほど~、方角がわかるの便利です! わたしもちゃんと覚えたいんですけど。シグライズ様、もう一回歌ってもらえますか?」
「……そう言わちゃ断れんな」
シグライズ様は居ずまいを正して、さっきよりもはっきりと歌ってくれた。
「なんとなく覚えたので、わたしも途中でいっしょに歌います。もうちょっと早い感じで調子よく歌ってください」
わかった、やってみるわと言って、シグライズ様は口を開いた。
「さそりおみれば みぎみやこ~」
「ハイ!」
「⁉ ……やばねをみれば みぎおやま~」
「ハイ!」
「あなたにみれば みぎみやこ~」
「ハハハイ!」
「さわたにみれば みぎおやま~」
「住んでサイコーまおうこく!」
サイリウムが必要ではないかな。
最初はびっくりしたシグライズ様も、段々楽しくなってきたようでワハハと笑い出した。
「なんだそりゃ! 愉快になる歌になったな!」
「手拍子とか鳴らす楽器があっても盛り上がるんですよ」
あっと思って、さっきまで作っていた真鍮の小鉢を持ってくる。
うん、これ、鳴らせるよ!
片手にスプーンを準備して、もう一度歌ってもらう。
「
「ハイ!」
「
「ハイ!」
「
「ハハハイ!」
「
「住んでサイコーまおうこくぅ! フゥ~!」
仏壇においてあるおりんを罰当たりに鳴らしたみたいになってるけど、これは楽器。魔王国の楽器だからいいのです!
「嬢ちゃん、これ最高だな! ワシも鳴らしてみていいか⁉」
「ぜひどうぞ!」
こうして魔王城の片隅で、最強四天王とハーフドワーフのかくも独創的な夢の競演リサイタルが繰り広げられたのだった。
おりん――じゃなくて真鍮の鉢楽器を持ち、ご機嫌で細工室を後にするシグライズ様。
後ろ姿を見送りながら、いい仕事をした! とわたしは清々しく伸びをしたのだった。
### あとがき ###
魔導細工師ノーミィの異世界クラフト生活
~前世知識とチートなアイテムで、魔王城をどんどん快適にします!~
読んでいただきありがとうございます!
今年は書籍を出すこともできて、充実した楽しい一年となりました。
続刊が出せるようがんばっていきますので、引き続き応援の方していただけると嬉しいです!
来年もがんばります。よろしくお願いいたします!
書籍公式ページ
https://kadokawabooks.jp/product/madousaikushi/322306000588.html
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