特別編 発売記念SS(Web限定)
第34話 祝いの宴(web限定SS)
最近では、魔石鍋を食堂に持ち込んで、卓上調理しながら食べたりもする。
今朝も仕事の後にアクアリーヌさんと待ち合わせして、小宴の予定だった。
葡萄酒は白。ボトルを一本丸ごと用意。厨房のカウンターで買えるから足りなくなっても大丈夫。
あと黒パンとお芋と温野菜とお肉。お肉は厨房の料理人おすすめの厚切り豚肉をじっくりローストしたもの。これらを全部一口大に切って盛っておく。
おつまみチーズセットも買ってあるけど、これはもうちょっと細かくして小麦粉をまぶし別のお皿にのせておいてと。
「ノーミィ、おまたせ」
アイスブルーの髪を颯爽となびかせて現れたのは、魔人と人魚のご両親を持つハーフマーメイドのボクっ子文官、アクアリーヌさん。
仕事後とは思えないほどの涼し気な
しかも本日は花束とボトルを抱えておりますよ。絵画も真っ青。裸足で逃げ出すよ!
「全然待ってないですよ、アクアリーヌさん。お仕事、おつかれさまでした!」
「ボクも葡萄酒持ってきた。お花は飾ってしまうよ。花瓶も用意したんだ」
「綺麗なお花ですね。うれしいです。葡萄酒もよかったです! わたしが買ったのはちょっと使っちゃうので……」
買っておいた方の封を開け、鍋へトプトプと
そのままわたしたちの分のグラスにも注ぐ。
冷え冷えゴブレットを目線の高さに上げ、アクアリーヌさんと目を合わせてから一口。
きりりとした冷たさが口を潤し喉を通っていく。
「んー! 仕事の後の冷たい一杯は最高だね」
「やっぱり白は冷たいのがいいですよね!」
鍋の中の葡萄酒がコトコトしてきたら、チーズを中へ。
「へぇ、白葡萄酒にチーズを入れるんだ? おもしろい料理だね」
「驚くのはここからですよ」
端に置いておいた不思議な形のものを、鍋の横へ置く。
上から下へ段々と大きくなっていく傘型の皿が三枚配置されたツリー型の銅製のもの。
一番下には深皿があり、その下には魔石鍋と同じ温める装置。
そう。フォンデュタワーだ。
「このチーズソースを一番下の皿に入れます」
チーズと白葡萄酒を混ぜたチーズソースを、鍋の下の深皿に流し入れる。
少し待つと一番上の傘からチーズがタラタラーと流れてきて、次々と下の傘へ伝っていき、チーズソースの噴水ができた。
「――――‼ 何これ⁉ チーズの三段滝になったよ⁉」
普段はなかなか驚かないアクアリーヌさんが驚いている。
ツリーの幹の部分には、スクリュー型の部品が仕込んである。
これが[回転]の魔術紋で回り、ソースが上がっていく仕組みになっているのだ。もちろん魔力コーティングもしっかりしてある。
ソースの配合も固まらないように工夫したので、さーっと軽快に豊かな黄色が流れていくわけよ。
「流れるソースに、この小さいフォークで刺した具材をくぐらせて食べるんです」
わたしはこのために特別に作った、柄が長くて小さい二またのフォンデュフォークを取り出した。
熱くならないように木製の持ち手もつけてある。
一口大のロースト豚を刺し、落とさないように気を付けてチーズにくぐらせていく。
垂らさないように、落とさないように……。
ぱくりと食べるとフルーティな香りが微かにする、極上チーズ。
うん、まごうことなきチーズフォンデュ!
いつものお肉がとろりと濃厚になる。
口に広がる美味に顔は笑ってしまう。
アクアリーヌさんも見よう見まねで、パンを刺して絶え間なく落ちるチーズの滝へくぐらせた。
落とさないように恐る恐るフォークを操り口に持っていく。
「――美味しい! ノーミィ、これすごく美味しいよ。ソースの香りがいい。それに豪華で楽しいね」
「ちょっと凝ってみました」
「お祝いだしとってもいいと思う。おめでたい席にぴったり――――」
「おや、ノーミィとアクアリーヌ。何かすごいものがテーブルに載っていますね」
「「ミーディス様!」」
麗しの宰相閣下が微笑を浮かべてテーブルの横に立っていた。
本日も大変お美しいです。
もちろんお誘いしないわけにはいかないでしょう。
「よかったらどうぞ」
長くて小さいフォークを差し出し、食べ方など説明する。
ミーディス様は優雅にブロッコリーを刺してチーズをまとわせ口へ運んだ。
「これは大変美味しい……! チーズと果実の香りが野菜の味を豊かにしますね。しかもこの趣向。三段の滝など、目も楽しませてくれるではないですか」
「ミーディス様、今日はお祝いなんですよ。ね? ノーミィ?」
「なるほど、祝いの席だからこの様なものがあるのですね。それでは私からも何か――」
ミーディス様が食べていると、当然のように料理長ムッカーリさんもやってくる。
「宰相閣下へお伺いに来たのに、ノーミィ。またなんか美味そうなものを食べてるじゃねーか」
「ブラウニーちゃん、ウチもいっしょしてもいい? ミーディス様のとなり!」
ベルリナさんもやってきて、周りにわらわらと人が集まってきたよ。
さすがに、二人用と思って作ったフォンデュタワーじゃ小さすぎる。
わたしは肩掛けカバンからパーツを次々と出して、組み立てた。
「――――ついでに大きいのも作っておいたんです!」
でで――――ん!
わたしの背ほどあるフォンデュタワーがテーブルにそびえ立った。
小型の噴水のごとき迫力だ。銅色のクリスマスツリーにも見える。
フォンデュフォークもついでにたくさん作っておいたのだ。
「料理長! チーズと白葡萄酒ください!!」
「お祝いとのことですし、それは私が払いましょう。ムッカーリ、作り方を覚えるように」
「はい! もちろんです、宰相閣下! ――厨房のやつら、集合! チーズと白葡萄酒と魔石鍋持ってこい! 半分はソース作成担当、残りは具材担当だ! 牛まるごと一頭焼き用の皿を出せ!」
「「「「「ヤー!!」」」」」
小宴だったはずの席は大祝宴会場と化し、数瞬後には牛一頭が乗る超巨大な銅皿にさまざまな具材が載せられて出てきた。
その隣りにはこっくりとした黄色の七段滝が絶え間なく流れている。
「いやぁ、めでたいなぁ! こりゃ、他国交流の宴にも出せそうだ」
「ああ、それはいいですね。毎回魔物の丸焼きでは芸がありませんし。これなら大層見栄えがします。さすが我が魔王国の最高細工責任者殿は、素晴らしいものを作りますね」
「やっぱりブラウニーちゃんは国を豊かにするのよ!」
「さぁ、食べましょう。お祝いとのことでしたね。何を祝って口上を述べましょうか?」
ミーディス様にたずねられ、わたしははっとした。
もう食堂中の人たちがお祝いムードだ。
すごい個人的なことだし、こんな大宴会にする予定なかったのに…………!
恥ずかしくなって思わず下を向くと、アクアリーヌさんが言った。
「今日はノーミィの誕生日です、ミーディス様」
場はしんと静まりかえった。
うわあああああ! 恥ずかしい! こんな騒ぎになっちゃったのに、ただのハーフドワーフの誕生日だよ……!
いたたまれなくて目をぎゅっとつぶる。
次の瞬間、わぁっと声が上がった。
何がおこったのかわからなくて顔をあげると、みんなが笑いかけてくれていた。
「おめでとう、ノーミィ。ボクだけじゃなく、みんなでお祝いできてうれしいよ。ここを会場にしてよかった」
「今日の食材は全部わたしが持ちましょう。ノーミィ、今後も健やかに我が国で暮らすのですよ」
「そいつはめでてぇな! 酒は俺のおごりだ! たくさん飲めよ!」
「おめでとう、ブラウニーちゃん!」
「細工師殿、おめでとうございます! いつもありがとうございます!」
「おめでたきことです! うちの故郷で採れたリンゴをどうぞ!」
「ほらほら、ソーセージ美味しそうだよ。誕生日の人が一番に食べないと」
アクアリーヌさんにソーセージを刺したフォークを差し出され、半泣きで笑った。
高くから落ちてくるチーズソースの滝にくぐらせ、かぶりついた。
料理長自慢のソーセージが口の中ではじけて、チーズソースと絡み合った。
「……美味しいです……。みなさんありがとうございます!」
「「「「「お誕生日おめでとう‼‼」」」」」
ひときわ大きな声が食堂に響き、わたしは照れながら白葡萄酒をぐーっとあおったのだった。
◇
そのころ、執務室では。
「今朝は何やら賑やかだな。――――んむ。それにしてもこのスープ麺はいつ食べても美味い。やはり我が最高細工師には、何か特別褒美をやらねばならないのではないだろうかこの鍋の分とスープの分とスープ麺の加工の分と、三つ必要かもしれぬ。いや、あとは夢炉の分とかわいい分と小さい分と気が利く分と――――んむ。やはり美味い」
魔王アトルブが遠くの音を聞きながら、トンコツスープ麺をすすり満足そうに笑みを浮かべていたのだった。
### 本日発売!! ###
みなさまの応援のおかけで本日発売日を迎えました!
魔導細工師ノーミィの異世界クラフト生活
~前世知識とチートなアイテムで、魔王城をどんどん快適にします!~
書籍のあとがきにもみなさまへのお礼を連ねております。
お手元にて読んでいただければ幸いです……!
公式ページ
https://kadokawabooks.jp/product/madousaikushi/322306000588.html
近況ノート 更新しております!
https://kakuyomu.jp/users/kusudama/news/16817330666679928939
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