幕間
第33話 幕間 宰相閣下の艶の秘密
「ミーディス様、なんか髪にすっごく艶があるんですけど。もしかしてウチが巡回でいない間に香油変えてません~?」
「特に変えていませんよ。ベルリナ」
執務室で机に向かっていた魔王国宰相ミーディス・ウェタ・ヴェズラン・ゴールディアは、視線を書類から離さず、うしろからかけられた声にそう答えた。
すると若い女の魔人が、上空からにょっと逆さになってミーディスの前に顔を出した。短めの赤髪が下に垂れ下がっている。
「え~? お肌もつやっつやなんですけど~⁉ まさか、ウチがいない間に夫を作ったとか‼」
「ベルリナ、執務室では飛んではなりません。翼は閉じなさい」
「はぁい」
一人で大騒ぎしたあげく、ご機嫌でミーディスの髪のブラッシングを再開したベルリナ・ファイ・フェザは、魔王国軍序列三位の四天王の一角である。
毎月行われている四天王巡回で、四天王全員が王都からいなくなることはなく、順番で一人か二人が巡回へ行くことになっているのだ。
ベルリナが戻ってきて、次の月にシグライズたちが出ていったところである。
何かというと執務室にやってきて「肩でもお揉みするっす」と言ってうしろに張り付いているラトゥがいなくなったと思えば、ベルリナがやってくる。時々、二人ともやってきて、ミーディスのうしろでいがみあっている。
騒がしい以外は特に害もないので、そのままにしているのだが――――。
「やっぱり怪しいんですけど~。ミーディス様、本当に恋人とか作ってないです? まさか、す、好きな人ができたとか⁉」
害はあるかもしれない。となりの机で執務しているはずの魔王アトルブの手が止まっている。
目は書類の方を向き興味ありませんという顔をしながら、興味津々聞き耳をたてているようだ。
「――あの者のおかげで、肌艶がいいのかもしれません」
アトルブが好奇心を隠しきれていない顔をパッと向けた。やはり話を聞いていた。
「魔王様、ちゃんとお読みください。他のことを考えながら読める書類はございませんよ」
「す、すまぬ……」
「え――⁉ ミーディス様、それ誰ですか⁉ ウチの知らない間にミーディス様がたぶらかされてるんですけど‼ 魔王様、なんでちゃんと見張っていてくれないんです⁉」
「す、すまぬ……」
ミーディスは椅子から立ち上がった。
ベルリナがいるとアトルブの仕事がこれ以上進まないと判断して、少し早いが夜食に向かうことにした。
「ベルリナ、食堂に行きますよ。紹介してあげましょう」
「嫌ですと言いたいところですけど、ウチはミーディス様の幸せを願えるいい子ですから!」
「わけのわからないことを言っていないで行きますよ」
騒がしい四天王の一角を連れ、ミーディスは食堂へと向かった。
まだ人影もまばらな食堂。
料理長のムッカーリが厨房の中から手を振った。
「宰相閣下! よき夜でございます! ベルリナもな! 巡回から帰ってたんだな」
「ちょっと前に帰ってたんだけど、巡回後の休暇で実家に行ってたの」
「そうか。親も喜んだんじゃないか? こっちはその間にウマいもんができたんだぜ!」
「そうですね、おすすめはとんこつスープ麺ですよ」
ムッカーリとミーディスのすすめで、ベルリナもとんこつスープ麺を頼んだ。
基本的に自分で取りに行くセルフサービスなのだが、ムッカーリがミーディスにトレイを持たせることはない。料理長だというのに大きいスープボウル二つをトレイに載せ、テーブルへと運んで厨房へ戻っていった。
「これを食べると肌にいいと聞いて、毎日食べているのですよ」
「ええ? そうなんです? これを食べるだけなんて、信じられないんですけど。いや、でも、たしかにミーディス様のお肌はつやつやだし……」
ベルリナに言われるまでもなく、ミーディス自身が自分の肌の変化に驚いている。
実はここ数年、肌のかさつきが気になっていたのだ。シワがはっきりとできたということはない(と思う)けれども、なんとなくあやしい部位もあり、たとえば眉間とか目尻とかのあたりの弾力が気になっていた。
気のせい、疲れのせいと自分をごまかして、私だって年を取るのだと受け入れつつあった。
それが、この最近の肌はどうだ。
見た目の艶もだが、張りが違うのだ。もっちりとしてプリッと。
肌だけではない。体力も戻っている。
ウン年前、序列二位まで登りつめた魔王国闘技大会の時くらい体が動く(ような気がする)。
いや、体力だけでもなく、魔力も――――。
「ウマ⁉ なんです、これ⁉ 見たことない白いスープがすっごくウマいんですけど⁉」
スプーンでスープを一口飲んで驚く部下に、ミーディスはそうでしょう、そうでしょうと心の中で返した。食べるのに忙しいので言葉には出さなかったが。
「――ミーディス様、ご一緒してもいいですか?」
「ええ、どうぞ。ノーミィ」
礼儀正しく声をかけてきたノーミィに、ミーディスは微笑を浮かべた。
それに引きかえ、うちの部下ときたら持っていたスープボウルをどんと置いて叫んだものだ。
「妖精⁉ 綺麗なブラウニーがいるんですけど⁉」
「新しい言われ方です!」
「ベルリナ、あなたは少し落ち着きなさい。この者は新しい最高細工責任者殿ですよ。騒がしくて悪いですね、ノーミィ。この者は魔王軍序列三位のベルリナ・ファイ・フェザです」
「こんな可愛い方が四天王様なんですか? わたしはドワーフの国から来たノーミィ・ラスメード・ドヴェールグといいます。よろしくお願いします」
「可愛い生き物に可愛いと言われたんだけど⁉」
「ベルリナ、この者がこのスープの発案者ですよ」
「えっ! この子が艶の伝道師⁉」
「つやのでんどうし」
「だって、しばらくぶりにお会いしたミーディス様が、以前に増して光り輝いて、艶があるんだもの。このスープ麺のおかげだって聞いたから、艶の伝道師でしょ?」
「とんこつスープは、たしかにお肌にいいって言われてます。でも、ミーディス様の場合、ちゃんと休憩をとるようになったせいもあると思うんですよ。睡眠時間もお肌には大事ですし」
ミーディスは、それもノーミィに言われて気を付けるようになった。
執務に充てる時間が短くなっても、しっかりと寝る方が仕事ははかどった。結果、仕事の時間は短くなるという好循環。
すると、仕事後の朝食も好きなものを食べに行けた。時々はシグライズと昔馴染みの店で飲めるくらいの時間の余裕ができたのだ。
それは気持ちの余裕も生んだ。
最近は雷を落とすことも(ほとんど)なくなった。
「――あと、あの元気薬でしたっけ? あれもよくないと思うんですよね」
「え。元気薬ってよくないの?」
「あれは多分、元気の前借りです。体に残しておかないとならない力を使ってしまっているんだと思うんですよね。後で疲れがどっと来ませんか? それでまた飲んでしまうみたいな」
「そうかも……」
「それを続けているうちに、前借りできる元気もなくなり、全く効かなくなって寿命を縮めてしまうんですよ……」
「そ、そうだったのですか⁉」
「ひぃぃ! 艶の伝道師どころか、命の恩人なんだけど!」
思わず声を上げたミーディスとベルリナに、ノーミィは「命の恩人だなんておおげさですよー」とのんきに笑った。
ミーディスは元気薬があまりよくないと聞いてから、飲むのをやめていたのだ。知らずにあのまま飲んでいたらと想像すると、背中を冷気が走った。
あやうく冥界一直線になるところを助けてもらったのだ。おおげさなどではない。
ノーミィが来てから魔王城は変わった。
ランタンの問題は解決し、ドワーフたちにむしられていた経費の圧迫がなくなった。
しかも無属性魔石を使う暁石ランタンが導入されたので、前最高細工責任者がいた時以上に国庫に優しいのだ。
昼夜ランタンという明るくも暗くもできるランタンをミーディスももらったが、その暗闇に包まれるとぐっすり眠れた。もう手放せない。
報告では厨房にもこまめに顔を出してカトラリーや調理器具の修理もしているらしい。その流れで美味な料理まで伝え、魔王国軍の戦闘糧食まで開発してしまった。
そして最近は、ミーディスだけでなく魔王までもが健康的になり、書類を処理する速度が上がったのだ。
本当にドワーフの知恵というのはすごいものである。
しかし……とミーディスは思う。
前最高細工責任者からはそういうことを聞いた記憶がないのだ。知っていても言う機会がなかったということなのだろうか。それとも、男のドワーフはあまり知らない情報なのだろうか。もしくは、最近の新しい知恵なのか。もしくは――――。
ベルリナの声で、ミーディスは思考を中断した。
「ミーディス様、この子やっぱり住む家に幸せをくれる妖精なんですけど! 魔王城のブラウニーちゃんです! 制服なんて渡しちゃだめですよ。出ていっちゃいます!」
「ブラウニーじゃないので、追い出されない限り出ていきませんよ……?」
ベルリナの気の抜けるような主張に、ブラウニー疑惑のハーフドワーフは困った顔で首をかしげていたのであった。
書籍版試し読み 完
続きの3章〜は書籍でお楽しみください!
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なにとぞよろしくお願いします!!
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