第32話 幕間 野営地の四天王 2


 次の日、アクアリーヌとノーミィは魔王城へ帰っていった。


「ずるいっす!」


 思わず本音を言ってしまった。軍に属するラトゥがそう言ってしまうくらいなのだ。軍務となんの関係もなく鍛えてもいないあの二人には相当つらかったに違いない。

 それでも言いたい。


「オレっちだって、ミーディス様ととんこつスープ麺が食べたいっす!」


「言うなラトゥ。思い出してつらくなるだけだ」


「熱くてとろーりとして塩味の中に甘みもあり、ふんわり懐かしいような気持ちにもなる超ウマスープ。それがよーく絡んでいる麺が、喉をつるつると通って次から次へと入ってしまうっすよ。酒の後に飲んでもこれがまたほっとするっす……」


「ぐわぁぁぁ! 思い出させるな! ワシだって食いたい‼」


 荒々しく見える外見とは逆に理性的で温厚なシグライズが叫ぶほどの食べ物。あれは魔人の正気を奪う物だ。


 食べ物こそ城を思い出してはつらくなっていたが、昼夜ランタンのおかげで天幕での就寝は格段に快適になった。


 天幕がいくら立派な作りとはいえ、かかっているのは布だ。いくら重ねても真っ暗にはできないし、重ねるのにも限界があった。


「このランタンの暗闇はいいですなぁ……」


 暗闇の中で聞こえたつぶやきに、ラトゥはくるまった毛布の中から答えた。


「いくつか置いていくっすよ」


「おお! それは助かります!」


 補給の荷馬車によって先に配られていた闇岩石ランタンは、どんなに明るい場所でも暗くなり兵士たちに大変喜ばれている。ただ全ての天幕分はなく、今は交代で使っているらしい。


 できることなら野営地全ての天幕に置いてやりたいところだが、使われている素材が希少でもう全部使ってしまったのだとノーミィが言っていた。その素材を探しに四天王巡回に参加していたが、どうだったのだろう。


 ただ成果がどうであれ、あの働き者の最高細工責任者に任せておけば大丈夫だという気がした。そう遠くない未来、全部の天幕に配られるのは間違いない。


 ラトゥはずるいと言って悪かったかなとちょっとだけ思ったが、すぐに眠りについてしまった。






 そして珍客の二人が帰ってから一週間後のことだった。

 北山に向けて先に進んでいた四天王巡回の一行の元に、魔王城から荷物が届けられた。


 箱には深さの違う二つが一組になった鍋が人数分と、ムキン葉に包まれた何かが大量に入っている。


「また嬢ちゃんが何か作ったんだな」


 シグライズの声がはずんでいる。

 ラトゥもわくわくとしながら手紙を読んだ。

 手紙というか、それは説明書であった。


 魔石がセットされた浅い鍋の上に深い鍋を置き、ムキン葉を開いて中のものを鍋に入れるらしい。

 鍋を置いてムキン葉を開くと、いい香りがするカチカチの物体が出てきた。


「ウマそうな匂いっす……」


「どうやら食べ物みたいだなぁ? ラトゥ、その先を早くやってくれ」


 急かされてカチカチを鍋に入れた。

 水と書かれた青いスイッチを入れると、下から水がじわじわと出てくる。説明にあった通り、鍋の八分目のところでスイッチを切った。


 今度は熱と書かれた赤いスイッチを入れてしばらくたつと鍋の中はぶくぶくと泡を出した。記憶にあるいい香りが漂い出し、段々と知っている物体へと変わっていく。焼豚がふっくらしたころにスイッチを切ると書いてあり、それから少し待つとできあがりなこれは――――。


「なぜここに、とんこつスープ麺が‼」


「いやいや、シグライズ様。オレっちが今、鍋に入れてスイッチを入れたじゃないっすか――って、オレっちがこれを生み出したってことっすか⁉」


 ちょっとした騒ぎになったが、とんこつスープ麺の実物を知っているシグライズとラトゥがフォークを手にするのは早かった。


「鍋を直接触ってはダメだって書いてあるっす。同梱の大きいスプーンとフォークでカップによそって食べろって指示があるっすよ」


「ほう、そうか。わかった」


「ってーか、シズライズ様は自分で作ってくださいっす! これはオレっちのものっす!」


「く……」


 ラトゥが作っているのを見ていた他の魔人たちも、次々に鍋を手に取り作り始めた。


「おおお! ラトゥ様、アタシにもできましたよ! 料理なんて絶対に無理だと思ってたのに! この魔法の鍋、すごいですよ!」


「早く食べた方がいいっす。麺だからのびちゃうっす」


「うぉぉぉ! ワシも作るぞ!」


「ラトゥ様! おいらにもできやした! すっごウマいですや!」


「ラトゥ! 水がどのくらいだ⁉ これくらいでいいか⁉」


「水は八分目っすよ。シグライズ様、それ五分目も入ってないじゃないっすか」


 案外、いや、見た目通りシグライズは不器用だった。

 それを横目に見つつ、夢にまで見たとんこつスープ麺を味わう。


 ズルズルと食べると、魔王城の味がした。食堂で食べるものと遜色ない。あの魅惑のスープのまんまだし、麺はツルツルのシコシコモチモチ。なんとネギとチャーシューまでのっている。


 ノーミィが野営から帰ってこれを開発してくれたのだろう。ずるいと言ったのをほんの少しだけ後悔した。


 だが、美味しさとうれしさですぐに忘れた。

 温かいって素晴らしい。


 北山に近づくにつれ徐々に寒くなる野営で、食べものが温かいってだけで力が湧いてくるようだ。


 汁一滴も残さず食べ終わり余韻にひたっていたところに、緊迫した声が届いた。


「伝令! 伝令! 見回り二班から、南よりロックバード飛来報告あり!」


「ほお、ロックバードとはなかなかの大物だなぁ。腹ごなしにちょうどいい」


 怪鳥ロックバードは、大きい魔月熊をくわえて巣穴に持ち帰るほど巨体の恐ろしい魔物である。


 飛来報告があった場合、そこに駐留している兵士たち全員で戦闘にあたることとされている。


「オレっちとしては余韻を邪魔されて腹立たしいっすけど」


「とんこつスープ麺の礼に、丸ごと城に届けてやろう」


「それはいいっすね! ちゃちゃっとやるっすか!」


 美味しいものを食べ温まった面々が、活力みなぎる足取りで戦場へ向かった。拓けた場所の手前で隠れて待機する。


 ここは元々明かりに集まってくる魔物や魔獣を誘い込むための場所で、周囲には光キノコ入りのビンがあちこちの木に吊るされているのだ。


 本日、月明かり有。運がいい。

 上空から近づいてくる大きな影を、目が捉えた。


 シグライズですら丸飲みできそうなくちばしを開け、羽を広げた白い巨体が下降してくる。


「初撃! 礫矢、撃てぃ‼」


「ヤー‼」


 シグライズの号令に、土魔法を使える者たちが一斉に魔法を放った。

 ラトゥも引き絞った魔力を翼に向けて瞬時に射かけた。いつもよりも魔力反応が早く次々に連射ができる。


 ロックバードが発する音波のような鳴き声が辺りに響く。


「追撃! 波刃、撃てぃ‼」


「ヤー‼」


 次々と襲いかかる魔法の刃がロックバードの羽根を散らし、飛行に集中できなくなっているところに、シグライズの放った手斧が羽の付け根に刺さった。

 有翼族が一斉に飛び立ち刃を突き立て。


 たまらず落ちてきたロックバードの肩をラトゥの長槍が貫き、跳躍したシグライズが大斧を薙いだ。首が空へ飛んで落ちた。

 怪鳥を相手にあっという間の戦闘だった。


「なんだ? やつは弱いロックバードだったか? やたら楽だったぞ」


「いつもより魔力の動きがよかったっす。体も軽いっす」


 いつもと違うことといえば、とんこつスープ麺を食べたこと。


 美味しくて温かいものを食べるというのは、思っていた以上に力になるらしい。そもそも、干し肉と堅パンだけという食事では、本来の力を発揮できないということだ。


 食というのは大きく体に影響するのだと、ラトゥは初めて実感した。


「血抜きして、城に戻る馬車に載せるっすよ! ウマいものを送ってもらった礼っす。急いで丁寧に処理するっす!」


「ヤー‼」


 今日一で大きな返事が辺りに響いた。


 後日、鳥パイタンスープなるものが魔王城で開発された。

 そしてカチカチの鳥パイタンスープ麺が野営地へ送り込まれ、兵士たちの活力となり、ラトゥは四天王巡回を少しだけ嫌いではなくなったのだった。







 ### 発売日まであと1話 ###


 次話、試し読み最後の話の幕間は、麗しのあのお方……!


 試し読みでカウントダウン

 発売日11月10日まで毎日更新!(あと2日!)


 魔導細工師ノーミィの異世界クラフト生活 公式ページ

 https://kadokawabooks.jp/product/madousaikushi/322306000588.html





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