幕間 2
幕間
第31話 幕間 野営地の四天王 1
四天王巡回が好きな四天王などいない。
魔王城には美味しい食べ物と、暖かい寝床と、麗しの宰相閣下がいらっしゃる。なのに、何が悲しくてつらく長い道のりを旅し、むさくるしい兵士たちの顔を見に行かねばならないのか。
魔王国軍四天王序列二位のラトゥ・ログ・ルベイウスは、それでもいつもよりは楽しい気持ちでスレイプニルの背に揺られていた。
国の端に位置する山間の小さな村に生まれたラトゥは、持ち前の豊富な魔力と魔力操作のセンスで、序列二位まで昇りつめた。
名門出身者は能力があるという前提で、最初から砦所属や王都所属だ。野営の機会がなくなることはないが、少なくはなる。
だが、無名の田舎の一門出身となると、確実に下っ端兵士時代を強いられる。野営地こそ我が実家という暮らしだ。
四天王になっても野営自体は国軍にいる限りなくなることはない。頻度は減るが、こうして時々、行けども行けども暗い森しか見えない中でランタン行列の一部となるわけだ。
今回の北山へ向かう巡回ルートは、途中に町がぽつりぽつりと点在しているので、砦ではなく野営地が多い。しっかりした砦があるのは、だいたい町もないようなへき地になる。
野営地ばかりとはいっても、どこもしっかりとした天幕が立っており、巡回の者たちで人数が増えても問題なく泊まれるほどの余裕がある。
だから本来であれば天幕などの用意はいらないのだが、今回は珍客がいる。
魔石責任者のアクアリーヌと、最高細工責任者のノーミィだ。
兵士でもない二人を魔王国軍の荒っぽい女性たちといっしょに泊めるのも悪いと、別に天幕を用意した。
その天幕や毛布を積んだ荷馬車の御者台に座る二人が、ランタンに照らされている。
魔人の中では小柄なアクアリーヌとさらに小さいノーミィ。人形が座っているみたいだとラトゥは思った。
アクアリーヌは若くして魔石責任者の肩書を持つ文官である。母親は魔王国屈指の大商会の会頭。本人も稀な魔石鑑定の能力を持ち、前最高細工責任者に見出されて今の地位に就いた。
そしてノーミィの方は、ある日シグライズが拾ってきたハーフドワーフだ。大きさとやっている仕事はたしかにドワーフなのだが、ドワーフらしくなくひょろりと細くて物腰は柔らかい。だが仕事は早いし腕はたしかだった。
今回は、魔石を掘りたいらしいノーミィに、ラトゥが四天王巡回へ同行しないかと誘ったのだ。
希少で大事な細工師に護衛を付けず山へ出すわけにはいかない。巡回への同行という形で魔王国軍の四天王二人といっしょなら安心だろう。
四天王巡回がいつも同じ顔触れで飽きているので、ちょっと変化が欲しかったのもある。
実際、二人がいる光景を見るだけで、なんだか楽しい気分になった。
野営地に着いても、天幕を二人で建てようとして失敗し大騒ぎしていた。
見慣れぬ小さい生き物を遠巻きに見ていた兵士たちも、シグライズが新しい最高細工責任者だと紹介すると、納得したように天幕を建てるのを手伝い始めいつもより楽しそうだった。
二人に夜食を配りに行くと、なんとも言えない顔で干し肉を見ていた。
砦であれば料理人がいるのだが、あいにくここは野営地。水は魔法で出し、干し肉と堅パンと葡萄酒が配給されるだけなのだ。
ノーミィが「たき火を使って食事を作ったりとかは……」と聞いてきたが、しないと答えた。
魔人たちは自分の仕事ではないことは、他の者の仕事だとして手を出さない。無関心なわけではなく、分をわきまえてのことだ。その道のプロに任せる方が確実だからだ。
兵士である自分たちが料理を作るなど、思ってもみないことだった。
――もしかして、料理人も野営に参加してもらえばいいってことっすかね?
いい案のような気もしたが、野営地には厨房がない。厨房がなければ料理は作れない。だから今までも野営で料理が作られることがなかったのだろう。
ラトゥは元戦友たちと夜食をとった。あぐらで干し肉を噛みちぎり、葡萄酒を飲む。冷たく硬い、野営地のいつもの食事風景である。
となりでは元上官で現部下の男が干し肉をかじっていた。
「ラトゥ様、やっぱり配給されたばかりの新鮮な干し肉はウマいですな! しかもこの新しい味付け! ピリリと辛みがあり、干し肉と干し肉の間の味の変化にもってこいですぞ! こちらは噛み応えが一段と増して、素晴らしい。四天王巡回は楽しいですな!」
魔王国軍では序列こそ全て。相手が年下で元部下であっても序列が上の者なら普通に敬語となる。
言葉遣いが変わっても、以前と変わらず親しくしてくれる仲間たちが喜んでいるのはうれしい。
四天王が来る時は、ちょっといい干し肉が配給されワインの量が増えたりもする。だから兵士たちは四天王巡回を楽しみにしているのだ。
ラトゥも一兵士だった時はそう思っていたはずなのに、自分が四天王の一員となり贅沢に慣れた今ではつらくて仕方がない。
干し肉は干し肉だ。冷たく硬い。肉の種類が増えて、いろんな味があったところで、ステーキにはならないのだ。
干し肉を口にしながら、ラトゥの気持ちは魔王城の食堂に飛んでいるが、周りの者は気付くわけもなく話を続けた。
「ラトゥ様、あの小さき者は先代の最高細工責任者とはずいぶん違いますな」
前最高細工責任者は、ラトゥの幹部入りからしばらくして亡くなった。そんなに知っているわけではなかったが、ノーミィとずいぶん違うというのはわかる。
元先輩で現部下の言葉に、ラトゥは真面目な顔で返した。
「先代様は爺様でしたっすからね」
「なるほど! 若い時は先代もあのような姿だったということですな⁉ ドワーフというのはなんとも不思議な種族ですな! あの娘もそのうちああなるなど……」
――ならないっす。
この間の魔石取引の場で見たドワーフたちの姿こそ、若いころの先代の姿だろう。
背は低いがムキムキとした立派な筋肉を持ち、髪とヒゲの存在感がすごい。見た目も話す言葉も頑固そうなドワーフらしいドワーフだった。
ノーミィと同じところといえば先が垂れ下がった帽子だけ。
逆立ちしてもノーミィにはならないと思われる。
みなドワーフをほとんど見たことがないので、そんな誤解も仕方がないことだった。
つらい食事でもがんばって四天王巡回しているのだ。このくらいのいたずらは許されるはずである。
ラトゥは特に誤解も解かず、笑いをこらえた口元をピクピクさせた。
### 発売日まであと2話 ###
次話、野営地の四天王 2
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魔導細工師ノーミィの異世界クラフト生活 公式ページ
https://kadokawabooks.jp/product/madousaikushi/322306000588.html
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