第30話 魔王様が! 2-2
「――――う…………美味いっ‼ なんという美味さであろうか!」
感動に打ち震える魔王様の前には、魔石鍋とその中で湯気を上げるとんこつスープ麺がある。
魔王様は執務室に引きこもって――じゃなくてお仕事を忙しくされておられるので、食堂で人気爆発中のとんこつスープ麺を知らないのだ。
「獣臭さはあるもののほどよく和らげられ、だが物足りなさはなく奥深い味わいが麺に絡む……。なんという美味さであるか……。先ほどの変わった硬パンじみた物が、このように柔らかく熱く美味なるものになるとは。そしてあの硬い状態であれば執務室の机の中にしまっておけるな。いつでも鍋に入れれば素晴らしい味がすぐに食べられるなど、このような魔法を我は知らぬ。奇跡というものだろうか。それともまさか人の国にある無から有を生み出すと言われる錬金術……。我が国に降臨された最高細工責任者が至高の錬金術師だったと……⁉ なんたる僥倖…………‼」
お湯で戻しただけです。
相変わらず書類が山となった机で食べるのは危険と判断。応接セットの方で乾燥とんこつスープ麺を試食してもらった。
できあがったものを小鉢へよそって出したけれども、魔王様はセルフわんこそば状態。すごい速さでよそっては食べ、よそっては食べている。
でもまぁ、執務机で干し肉をかじるよりは断然いいでしょう。お腹にたまる温かいもので栄養もある。しかもちゃんと休んでもらえる。
寒いテントで干し肉をかじっていた時、執務室で干し肉を食べる魔王様を思い出したのだ。魔王様は執務室で野営をしているようだなと。
だからこれをぜひ魔王様にも使ってほしかった。
「スープが跳ねたら書類が汚れてしまいますから、食べる時はこちらで休むのがいいと思いますよ」
「―――んむ」
夢中で麺を食べる姿に、威厳は皆無。返事はあるけど、聞いていないかもしれない。
乾燥スープ麺が爆誕したあの日から、長期保存して持ち運びをするための開発が始まった。
といっても、とんこつスープ麺は食堂で出されるものとほぼ同じだ。戻す時に加熱する分だけ、麺の加熱時間を減らしたくらい。
開発時間のほとんどを加工や包装の仕方に費やした。
包装は山のあちこちに生えているムキン葉という大きな葉を使った。
昔から食料を包むのに使われている葉なのだとか。これを使うと傷みづらいという話だった。
そのムキン葉で魔力を込めて包むと、魔力がぴったり沿うことで真空パック状態にできた。
とんこつスープ麺の加工は、厨房の水魔法使いが仕事の合間に乾燥していたのだけど追いつかなくなり、魔術基板を入れた乾燥専用の鍋『乾燥加工鍋』を作った。
水魔石など属性魔石を使う細工品は、増やす・加えるは得意だけど、減らす・なくすは苦手なんだよね。
なので、魔術紋帳にあった[乾燥]の魔術紋を刻んだ魔術基板を作り、無属性魔石で動かす仕様にした。
水魔法使いに加工してもらったものとは見た感じも触った感じもちょっと違うけど、味にそう違いはなかった。もしかしたら[乾燥]の魔術紋には熱が混ざっているのかもしれない。
同じ[乾燥]の魔術紋を刻んだ魔術基板を、大きい樽にも付けた。スープに使い終わった後の骨を乾燥粉砕して、ネギの肥料にするのだ。最後まで役に立って、豚さんは素晴らしい! ありがとう!
こうして開発された麺と魔石鍋は、野営地へと運ばれていった。
製作時間が短いプレスで作ることにして本当によかったよ。それでも数日間ずっと鍋作りっぱなしで大変だった。機械の一部になったみたいだった。がんばった甲斐あって大量生産できたから、全員に行き渡ることだろう。
野営地のみんなが温かい麺を食べて、元気に過ごしてくれるといいな。
そして山の野営地の兵士さんたちより早く、城内野営地で元気になった方がこちらに。
温かいものを体に入れたせいか、魔王様の血色がずいぶんよくなっていた。こんな健康的な魔王様は初めて見るよ。
「至福であった……」
満足そうな姿の前には、綺麗に空っぽの鍋と器が並んでいる。
「お口に合ったならよかったです」
作ったのは食堂の人たちだけど、前世の故郷の味を美味しいと言ってもらえるのはなんかうれしい。
執務室のとなりには専用のお手洗いと流しがあるので、ささっと洗ってお茶の準備をした。
魔王様は自分で片付けようとしていたけど、なんか体が動いちゃったんだよなぁ。
「すまぬな……。それにしても美味であった」
「料理長の力作なんです。焼豚用のいい豚の骨をスープにふんだんに使っているんですよ」
「ほう、料理のことはわからぬが、手がかかっておるのだな。しっかりとした食事に食後のお茶などいつぶりであろうか」
「温かい物もいいですよね」
「ふむ……何やら力が湧いてくるようだ」
「魔王様、顔色もよくなってますよ」
「最近、書類の決裁が早くなったのだ。前にそなたが言っていたな。寝ねば頭は回らぬと。このところ昼夜ランタンの闇のおかげで深く眠れるようになってな。それにあの夢炉も素晴らしいぞ。夢に出てくるナイトメアの数が多いのだ」
凶悪そうな黒馬がカッと口を開け、何頭も襲いかかってくる様子が思い浮かんだ。
喜んでもらえているのはうれしいけど、え、それ休めるの……?
困惑するハーフドワーフを気にもせず、魔人たちの長は顔の前でこぶしを握りしめている。
「そうであった! ガルムの毛も試してみねば! 本日も居室に戻って休むのが楽しみだ!」
「ガルムですか……。それで本当に休めま――いえ、いい夢が見られるといいですね」
ガルムは出てこない方がいい夢のような気はする。
でも、うきうきそわそわしている魔王様を見ていたら、出てくるのもいいかもしれないなんて思った。
◇ ◆ ◇
そろそろ仕事も終わりの時間。
細工室の片付けをしながら、この後はどうしようかなと考える。
昨日は食事の後で魔王様にとんこつスープ麺を献上しに行った。今日は――そうだ。掘ってきた鉱石の中に植物泥炭があったっけ。少し削っていって、部屋のお風呂の中に入れようかな。魔石鍋の開発も終わったし、お疲れさまということでちょっと贅沢するのもいいよね。
野営で掘ってきた戦利品を見ていると、静かに少しだけ開かれたドアから大きな生き物が覗いていた。
ちらっとしか見えていないが、扉の向こう側は冥界かもしれないと思うほどの暗さが渦巻いている。覗いているのはきっと冥界の王だ。もしくは顔が付いた冥界の小山。
っていうか、いつだったかも、こんなことがありませんでしたっけ……?
「あの、魔王様? どうかしたんですか?」
なかなか入ってこないので声をかけると、この世の終わりを背負ったかのような魔王様がやっと部屋へ入ってきた。
「どうされたんですか? もしかして、魔石鍋の調子が悪いとかですか?」
「……いや、鍋は問題ない……」
鍋、は。
ということはまさか、また――――!
魔王様の後ろ手が前に回され、真っ黒焦げの夢炉が差し出された。
「あっ!(察し)」
「すまぬ……。ミーディスに――」
「だ、大丈夫です、わかります! 大丈夫ですよ! また作ればいいだけです!」
ぷるぷると震える小山に、安心させる言葉以外は出なかった。
「すまぬ……。昨日はナイトメアとガルムの群れがこぞって押し寄せる、素晴らしい夢を見たのだ」
「えっ? ガルムも出てきたんですか?」
思わず聞き返してしまう。
[幻視]の性質上、スイッチを入れたら見えるだろうとは思っていた。
でもまさか夢にまで出てくるとは。ガルムの方は使ってみないとわからないと言ったものの、出てくることはないだろうと思っていたよ。
冥界の番犬に夢の特性なんてないと思うから、ナイトメアの毛はいっしょに入れたものまで夢に連れていくということなのだろう。それで、もふもふ魔物同士が夢の共演を果たしてしまったと。
「そうなのだ。うれしさのあまりに夢炉を持って執務室に行き、ミーディスにその話をしたのだが、少々長く語り過ぎてしまった……」
「しょうしょうながく」
「小一刻ほどだったのだが…………」
ミーディス様! ナイトメアとガルムの夢の共演なんて話を、小一刻も聞いてあげたんですか⁉
優し過ぎる慈悲深き宰相閣下を恨むなんて、とてもできない。
「……お仕事はちゃんとした方がいいかと思います……」
「そうだな……。うれしくてつい……」
しょぼくれる魔王様もなんとなく焦げくさい。
夢炉は魔王様がくらった電撃の巻き添えをくったのだろう。
「でも、魔王様。小一刻も話したくなるくらい、いい夢を見たんですね。よかったです。また作りますから大丈夫ですよ。せっかく二枚差しにして物理的な強化をしたんですけど役にたちませんでしたか。まさか魔法で来るなんて思わないですよね。次は魔法対策もしないといけないですね。楽しみに待っててください。――今度は三枚差しかな……フフ、フフフフフ…………」
「ああノーミィよ! 我が悪かった‼ もうしない! 前と同じものでよいのだ! だから許してくれぇぇぇぃ!」
笑い声と悲痛な叫びが響く細工室。
使い魔たちは呆れたように『ギチギチ』『クワァ』と鳴いていた。
### 発売日まであと3話 ###
これにて2章本編完結! 次話幕間になります!
試し読みでカウントダウン
発売日11月10日まで毎日更新!
魔導細工師ノーミィの異世界クラフト生活 公式ページ
https://kadokawabooks.jp/product/madousaikushi/322306000588.html
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