第29話 魔導細工師魂が発火 2
遅めの夜食の時間になっていたので食堂へ行くと、ミーディス様が食事をしていた。
そのとなりでは料理長のムッカーリさんがどんぶり……じゃなくてスープボウルをつかんでいる。
「ミーディス様、お邪魔してもいいですか?」
「構いませんよ」
「おう、ノーミィ。このとんこつスープ麺は本当に美味いな! 今日も半数がこれを注文したぞ」
「みなさんのお口に合ってよかったです。――わたしも食べようかな……」
「ちょうど食べ終わったから持ってきてやろう。ちょっと待ってな」
ムッカーリさんが席から離れると、ミーディス様はハンカチで上品に口を拭いた。
「ノーミィ、その抱えている鍋はなんですか」
あ、そうだ。誰かに見てもらおうと思ってたんだ。
「これ、魔石鍋を作ってみました! 水が出て温かくなるんですよ!」
水のスイッチを入れると、下から水が湧いて出てくる。
「なんと、火を使わずに温められるということですか? それはなかなか便利ですね」
「水も用意しなくてもいいんです! これだけでお茶が飲めちゃうんですよ! 便利じゃないですか⁉」
わたし的イチオシ機能を強調すると、ミーディス様は一瞬あらぬ方向を見て困った顔をした。
そして人差し指を鍋の方へ向けた。
水がするりとなくなり、今度は何もない鍋の上あたりからとぷとぷと水がそそがれていく。
「…………魔法で出せるんですね…………」
わたしの開発にかけた時間はムダでしたか……。
呆然として固まっていると、スープカップを持ってきてくれたムッカーリさんがすごい勢いで鍋を覗き込んだ。
「これ、水が出るのか! すげぇ便利じゃねぇか! 誰もかれもが水を操れるわけじゃないんだ。相当便利だぞ!」
「ええと……? 水が出せる人と出せない人がいるんですか?」
「ええ、そうですよ。私は水流魔法使いなので水魔法が使えるのです」
わたし、ここで初めて人によって使える魔法が違うことを知りました。
魔人は魔法ならなんでも使えるわけではなく、遺伝だったり個性だったりでそれぞれ使える魔法が違うのだそうだ。
水流魔法とは水と風と二属性を持っている者の魔法のことらしい。二属性持ちは希少で、さらに片方が水魔法だというミーディス様は特別なお方なのだそうだ。さすが宰相になる方は才能も輝いていらっしゃる。
ミーディス様は雷を出すのに雷魔法使いではないのですねと言ったら、二人にかわいそうな子を見る目で見られましたよ。雷は水と風でできるんだぞって……。
ちなみにムッカーリさんは火魔法使いだそうだ。厨房の魔人さんはだいたい火魔法使いで、他の少数が水魔法使いらしい。
「火の魔法を使える人なら、温めるのもできますよね……」
「温める魔法は使えねぇぞ」
「そうなんですか?」
「水の中に火をぶちこめば温まるかもしれねぇが、加減はできねぇしな」
試してみたいというようなアヤシイ目つきで、うちの鍋を見ないでください。
そうこうしているうちに鍋の水がポコポコしてきた。
「おや、温まってきましたね。この機能はとても良いですよ、ノーミィ。執務室でお茶を飲む時に温かいまま飲めます」
「おお! 温まっているな! 俺からすると水が出るのは本当にありがてぇ。応接室に水の準備もいらなくなるな」
応接室に鍋はどうなの。ケトル型かティーポット型で作れば見映えはいいかもしれない。
「あ! このとんこつスープ麺も、ここに入れたら熱々のまま食べられますね!」
「すげぇいいじゃねーか! 熱々シチューなんざ最高だな!」
ミーディス様が入っていたお湯を消してくれたので、とんこつスープ麺を魔石鍋に移した。コトコトと静かに熱せられて湯気の勢いは変わらないままだ。
「――熱々で美味しいです!」
カップに少しずつよそって、ハフハフと食べる。温かいって幸せだ。今ごろシグライズ様とラトゥさんは、今日も冷たい干し肉かじっているのかなと思うと切なくなった。
「野営地にお届けできればいいのに……」
「ああ、ノーミィは野営に行ったのでしたね。これでも支給する食料はずいぶんマシになったのですよ。魔王様が干し肉の種類をいろいろ取り入れさせたので。それまでは猪の干し肉のみ。味も単調な塩漬けを干したものしかありませんでしたからね」
「話を聞くだけで泣きそうです……」
確かに、干し肉の味自体は美味しかったです。めちゃくちゃ硬かったけれど。魔王様、よい仕事でした。兵士のみなさんが喜んでいたのもわかります……。
けど、硬いパンと硬い干し肉と葡萄酒のみのあれが、向上した後の食事とは……。
お湯は作れるようになったのだから、カップ麺かインスタント麺がこの世界にあれば――……。
そういえば、ノンフライ麺って熱風で乾燥させるって聞いた。確かドライベジタブルも同じ方法で乾燥させるんだよ。スープは水分を飛ばせば塩とかの結晶が残るんだろうな。
乾燥させるということは水分を抜くということ――――。
「ミーディス様、さっきの水をなくす魔法ってこのスープ麺にもできますか?」
「どのくらいですか? スープを少し減らすくらいですか?」
「いえ、この中の水分という水分を全部なくす勢いでとか……」
ミーディス様は真顔になり、目を細めてわたしを見た。
「……ノーミィ、あなたは時々おかしなことを言いますね。できるかできないかで言えば、できますよ。ですがそんなことをしたら、せっかくの美味しいものが食べられなくなるではないですか」
「そうだぞ、ノーミィ。きっと硬くてしょっぱい麺になるぞ」
ムッカーリさんまでそんなことを言う。
それでも引かずにお願いした。
「あの魔法をぜひこの鍋の中身にお願いします!」
ミーディス様は冷ややかな視線で鍋を見ながらも、鍋の中身に魔法をかけてくれた。
一瞬で縮む鍋の中身。
カチカチな白い麺に、スープだったはずの粉がまだらに付着し、ネギとチャーシューが縮んで張り付いている。
ミーディス様とムッカーリさんの、言わんこっちゃないという視線が痛い。
わたしは魔石鍋の水スイッチと熱スイッチを入れた。
数分後のそこには、湯気を立てるとんこつスープ麺と、驚愕の表情でそれを見る宰相閣下と料理長がいたのだった。
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