第28話 魔導細工師魂が発火 1
野営から帰ってきた次の日。
夕方に起きたわたしは、まずクラウの止まり木と餌台を作ることにした。
道具を作る用に持ち歩いている木材をカバンから出す。
ドワーフといえば金物だけど、手先が器用なので木工だってできるのだ。
ポールハンガーのような簡単な作りの止まり木を作って、玄関からすぐの作業場に置いた。
餌台と水入れも作り、近くへ置いておく。
巣箱はどうなんだろう。様子を見ていくつか止まり木を作ってもいいかも。キャットウォークみたいに長く棒を繋げてその時の気分で止まれたら楽しいかな。
クラウはわたしが呼ばない限りは好きにしているみたいで、今も目の届く場所にはいない。だからそんなに気にしなくていいのかもしれない。
でも、餌台にパンを置いたらすぐに来た。
『ギチギチギチギチ』
可愛くなくて可愛いな!
尾がフリフリと揺れている。喜んでいるっぽい。
クラウがパンをついばんでいるのを見ながら、わたしもパンをちぎって口に入れた。
昨日の野営はなかなか大変だった。
寒いし、地面はごつごつしているし、食事は冷たくて硬い。
わたしみたいに採掘をしに来ただけなら、無理です帰りますで済む。けれども巡回に行く四天王や野営地で暮らす兵士のみなさんはそうはいかないわけで。
寒いのとかは兵士さんたちは大丈夫みたいだけどね。闇岩石ランタンもこれから増えていくはずだから、よりぐっすり寝られるだろうし。
ただ、食事はどうにかしてあげないといけないと思うのだ。
冷たい干し肉と、口に入れてしばらくしないと噛めない硬いパン。あんな食生活を続けて、いざという時に戦えるのかなと心配になる。
温活なんて言葉もあるくらいだし、体の中から温めた方が体にいいと思うんだよね。
前世には電気ケトルという、スイッチ一つでお湯が沸く便利なものがあった。ああいうのがあれば便利だよなぁ――と思ったけど、こっちの世界にも似たやつあるじゃない! お風呂! 火の魔石と水の魔石を使うから、電気ケトルよりもさらに便利。水の用意がなくてもお湯が使えるよ!
思いついたらもう試さずにはいられない。
「クラウ、わたしは仕事に行くね! 呼ぶまでは好きにしてていいから。おやつが欲しくなったら細工室においでよ」
『ギチギチ』
返事はするもののこちらを見もしない使い魔をそのままにして、カバンと帽子を手に持ち駆け出した。
鍋を作るのは細工仕事だ。
作り方は二通り。型に金属を流し込み、スキレットのような厚みがあって保温効果の高い鍋を作る
どちらのやり方もアリだけど、魔王城の細工室にはプレス機という素晴らしい機械があるのだ。金属板の切り抜きもできるし、大きい力で金属板を型に押し当てて鍛造で形を作ることもできる。いろいろな型も用意されているから、大きさや形が違う鍋が少ない工程で作れるというわけだ。
人数分と思えばそれなりの数を作ることになるし、プレスで作ろうかな。持ち歩くにあたって軽い方がいいもんね。
火魔石のスイッチと水魔石のスイッチは別な方がいい気がする。ただの水が必要な時もあるよね。水じゃない牛乳とかスープを温めて使ってくれてもいいもの。
この仕様なら、火魔石だけ使って肉を焼くこともできるし、具材を炒めてから水魔石で水を出してスープや鍋物が作れる。
水が出る深型ホットプレートかグリル鍋という感じ。え、何それ、すごい便利!
一体型で作れば持ち運びしやすくて手軽だけど、鍋と基板を入れる場所が分かれている方が魔石の補充とメンテナンスがしやすい。
ネジ回しも上手く使えない魔人さんたちには、いっそ魔石がすぐ出し入れできる方がいいのかもしれない。
それなら上下を分けて、上は調理用の深い鍋で、下は基板を入れてスイッチを付けた二段式はどうだろう。
まずは試作を作ってみようか。
切り抜いた銅の板をプレス機に置いて足でスイッチを踏むと、ドンと降りてくる金型と下の金型に挟まって、鍋の形になる。
外側の余分な部分も切断されるので、鍋自体はもうほぼできあがり。ミルクパンより少し大きいくらいの銅鍋。同じ口径で浅型の鍋も作る。
切断した縁にできたバリを、足踏み式のバフでぐるぐる回して磨いて仕上げ、深い方には鉄の取っ手を二つ付けて両手鍋に仕上げた。
そして深型の鍋を、浅型の鍋の蓋を載せるための縁の段に載せてみる。
安定感は悪くない。
この下段の薄い鍋の中に基板を入れて、外側にスイッチを付ける予定なのだが。
スイッチをどうしたものか――。
お風呂なら一気にたくさん水が出てもいいし、量が多い分温まるのも時間がかかるから、スイッチはオンとオフだけでいい。けど、鍋は水の量も火の量も繊細な調節ができると便利だよね。
考えてみれば、ランタンだって明るさを変えられてもいい。日本の至れり尽くせりな電化製品を思い出してしまったら、そういう機能も付けたくなってしまう。
わたしは立ち上がって棚の前に立ち、魔石入れの中から火魔石と水魔石を取り出した。他に基板、動力線や魔銀と鉄の端材も出して机に載せる。
まず魔銀製の基板に動力線を這わせていく。スイッチの部分で出力を変えるようにするから、特に加減をするような配線にはしてない。火魔石用の線と、水魔石用の線をそれぞれ這わせ、スイッチへと繋ぐために線を長めに残した。鍋の外にスイッチを付けるからその分ね。
基板をひっくり返して裏側に魔石留めを二つ付けた。こちらからもそれぞれスイッチへと伸びる動力線を付けて長めに残し、鍋に取り付けた。
線と線の間にスイッチを入れれば、魔石からスイッチ、そこから基板へと繋がる回路ができあがる。
そして、肝心のスイッチ部分。
出力の大きさを変える部分は試行錯誤を繰り返し、魔力伝導率が高い魔銀と低い鉄の割合を少しずつ変えて、ドーナツ型の部品を作ってみた。
一番左がスイッチオフで、右に行くほど魔銀の割合が多くなり魔力をよく通す。ゆえに水や熱の出が強くなるはず。スイッチ付きボリュームだ。
最後に魔力を込めて鍋をコーティングする。焦げ付きや傷防止用ね。これ、使い魔に命令する時の魔力の使い方と同じだから、魔人のみなさんなら自分たちでメンテナンスできると思う。
よし、使ってみよう。
スイッチと線を仮に繋いで、水のボリュームのつまみを少しだけ回す。
ポタポタと数滴ずつ出てきたよ。少しずつ回していくといい感じに水が増えるゾーンがあり、通り過ぎるとドバッと出た。ちょうどいいゾーン狭いぞ……。スイッチはオンとオフだけでいいな……。
次に火魔石のボリュームのつまみを少しだけ回し、しばらく置いておく。ふと部屋の中を見渡すと、カラスとクラウが止まり木に止まって何か言いたげにこっちを見ていた。
「あ、来てたの! 集中してて気づかなかったよ。ごめんね。来たら呼んでくれていいからね」
『ギチギチ』
『クワ』
なぜかカラスも返事してる。まぁいいか。
離れたところに置いてある書き物をする机の方に、ナッツを置いた。
「分け合って食べてね」
二羽がお行儀よくついばむ様子を眺めてから鍋に指を入れてみたけれども、ちっとも温まってない。時間かかり過ぎ。
水を替えながら少しずつスイッチの位置を動かし様子を見た。こっちも危なくなさそうなちょうどいいスピードで温まるゾーンは狭かった。オンとオフだけでいいみたい……。
調節スイッチ、せっかく作ったのに! ――いや、これはなしで済むならないほうがいい。作るのに時間も材料も多くかかるし、故障の原因も増える。だからオンとオフだけの方がいいんだよ……。くぅ…………。
諦めてボリュームはなしにし、出力は配線で加減して鍋の中にセットした。
下側の鍋の外側には「水」「熱」と書いた押し込むタイプのスイッチを付ける。わざわざぎゅっと押し込まないとオンにならないので、知らない間にオンになっていたなどの事故は少ないと思う。
――名前は、魔石を使う鍋だし……。
「命名『
できあがったばかりの鍋を抱え、わたしはステップを踏んで廊下へ飛び出した。
### 発売日まであと5話 ###
試し読みでカウントダウン
発売日11月10日まで毎日更新!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。