第27話 四天王巡回 4


 シグライズ様には帰ると言ったものの、ちょっと掘ってから帰るくらいの時間はある。

 また二人で夜食の時間まで掘った。


「アクアリーヌさん、夜食食べましょう。料理長が持たせてくれたパンがあるんですよ」


「そんないいもの隠し持ってたんだ?」


 ムキン葉という大きな葉っぱに包まれたパンをカバンから出して、一つアクアリーヌさんに渡した。

 立ったままパンをかじる。お行儀という単語は忘れる。


 このドライフルーツ入りの黒パンは、夕食時の食堂に時々並んでいる物。酸味のあるほどよい弾力の生地に甘みのアクセントがうれしい。クリームチーズをはさんでも美味しいだろうな。葡萄酒とも合いそう。


「美味しいね……」


 アクアリーヌさんが遠い目でしみじみつぶやいた。

 ガッチガチに硬くないパンがある。

 ただそれだけのことが、こんなに幸せだとは……。

 動いて温まった体を、山の涼しい風が心地よくなでていく。




 ――――――――‼




 不意に殺気を感じて、とっさにしゃがみ込んだ。もちろんパンは抱えたまま。

 わたしが立っていた場所を、何かの鳥がすごい速さで横切っていった。


 となりで食べていたアクアリーヌさんもしゃがみ込んでいて、全部口に突っ込んですごいほっぺになっている。


 わたしはパンを厳重に抱え込み辺りを見回した。

 ――カラス? やっぱりカラスなの? わたしの天敵‼


 気配が消えた。

 じっくりと見ても姿はない。恐る恐る立ち上がると、すぐ近くからパンに向けて灰色のものが飛んだ。


「あっ! パンが!」


 驚いて思わず落としそうになったパンに、鳥のくちばしとわたしの手が重なった。

 くちばしをパンごと両手でつかむ。ばさばさ暴れているけど、絶対に離さないぞ!

 脇で灰色の羽毛に包まれた体も抱えた。捕獲成功。


 鳩をひとまわり大きくしたようなぽっちゃりした鳥だった。こんなふっくらしているのに見失うほど素早いのか。


 じたばたしているけど、放しませんよ? 丸々として美味しそうだし!

 しゃがみ込んだまま口をもぐもぐしていたアクアリーヌさんが立ち上がって目を丸くした。


「あれ? これ雲隠鳥じゃないか。よく捕まえたね。小心者で逃げ足が速い魔物なのに」


「そうなんですか? 図々しく手に持ったパンを狙ってきましたけど」


「捕まえるのが難しくてなかなか獲れないから、幻の美味鳥って言われてるよ。脂がのって美味しいんだ」


 それはいい。高く売れるだろうし、さばいて食べてもいい。料理長に渡せば美味しくしてくれることだろう。


 父ちゃんと森に掘りに行っていた時は、罠を仕掛けて鳥を獲っていたもんだよ。

 わたしのパンに手を出したことを後悔するといい!


「でも、きちんと躾ければ使い魔になるから、飼っている人が多いよ」


「え、使い魔? って、なんですか?」


「主の命令を聞いて仕事するんだよ。城にもいるよね。使い魔カラス」


「あっ!」


 ミーディス様が使役しているお利口なカラス! あれか!


「これが、あんな風に働くんですか?」


 疑いの目を向けると、鳥は気に入らなかったのかバタバタと暴れた。


「こら、鳥! 暴れるな!」


 アクアリーヌさんは往生際の悪い鳥に向けて、人差し指をくるくると動かした。

 すると鳥の足に金色の足環がはまった。


「とりあえずノーミィの魔力に鎖を付けておくよ。魔力を込めて命令すれば言うこと聞くと思う」


「えっ! すごい! これも魔法ですか⁉」


「魔力操作ね。基礎魔法だよ。使い魔を使役するのは、魔人のたしなみだからさ――ほら、魔力を込めて命令してみて。魔力で繋がった使い魔へ命令するのに魔法はいらないから」


 魔力を込めるのは、魔石磨きの時のようにすればいいのかな。


「……鳥、おとなしく!」


『ギ』


 おお! 隙あらば逃げ出そうとしていたのに、おとなしくなった!

 少し手をゆるめたけど飛んでいかない。


「大丈夫そうだね。放しても呼べば来ると思うよ」


「じゃ、鳥、自由にしてよし」


 バサバサと慌てて遠ざかっていく。


「鳥、来い!」


 魔力を込めて呼ぶと、遠くに飛んでいっていたはずなのに、ふっと目の前に現れた。


「え⁉ 召喚された⁉」


「空間移動系の魔物は使い勝手がいいんだ。きちんと教えれば手紙の配達とかもしてくれるよ」


 鳥は不本意そうな様子だけど、わたしの腕にとまっている。


 全体的に灰色で羽の縁や一部が濃灰色。見ようによっては緑にも見える。そして丸っぽいふっくらボディ。

 うん。丸々としていて美味しそう!


 そう思っているのがわかったのか、鳥はぶわっと羽をふくらませ、くちばしをカチカチさせている。


 なんだ、威嚇か? 威嚇なのか? ふくふくのクセに生意気だな。そんなことしても可愛いだけだからね?


 売るか食べるかと思っていたけど――こうして見ていると、段々可愛く見えてきて、飼おうかなという気もしてくる。これが情が移るってことなのか……。


「鳥なんて飼ったことないんですけど、鳥かごとかいるんですかね? 寮で飼っても大丈夫なんでしょうか」


「使い魔だから、鳥かごはいらないよ。うちの実家のカラスたちは、呼ばない間は自由に過ごしているみたい。寮で使い魔を飼っている者を何人か知ってるよ。故郷が遠いと使い魔で連絡取りたいだろうしね」


 なるほど。鳥は案外生活に根付いている模様。仲間がいるのはいいかもしれないな。


 連れて帰るのは問題ないみたいだし、餌はパンでいいのかな。

 さっき慌ててカバンにしまったパンを取り出して「食べてよし」と言うと、鳥はパンといっしょにドライフルーツもついばんだ。そうだよね、ドライフルーツ美味しいもんね。


 威嚇してたことなんて、すっかりなかったことにしたようだった。

 現金過ぎて可愛いな!


 飼うなら名前を付けないとだよね。雲隠鳥か。クーちゃん……なんてガラじゃないし、クモちゃんだと虫みたいだし――。


「――クラウ。クラウにしよう。鳥、君の名前はクラウだからね?」


『ギチギチ』


 うっ、鳴き声が可愛くなくて可愛いな!


「さ、帰ろう。そろそろ出ないと朝食に間に合わなくなるよ」


「そうですね。帰ったらまずお風呂に入りたいです」


「ボクも家に帰ったら直行するよ。って、あれ? 今、城の大浴場は浴槽が使えないって聞いたけど、使えるんだ?」


「え、そうなんですか?」


「かけ湯で済ませてるって、寮に住んでいる子たちが言ってたよ」


「大浴場は行ったことがないんです。部屋にお風呂があるので」


「部屋にあるんだ? それならよかった。本当、早くさっぱりしたいよ」


『ギチギチギチ』


 こうして一羽が増え、荷馬車は真っ暗な山道を町へと戻っていったのだった。







### 発売日まであと6話 ###


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