第21話 魔石を探して 1
この世界の細工師は、前世で言うところの金細工職人に近い。貴金属の加工や細工の他、鍛冶師が作る武器防具・農工具以外の金物製品の製作や修理が仕事だ。
なので罠や鍵や装飾品なども作るし、調理器具やカトラリーなんかも修理、製作をする。
「ムッカーリさん、曲がったフォーク回収していきますね」
奥で作業する料理長のムッカーリさんのもとへ行くと、大男がニカッと笑った。
「助かるぞ。前の最高細工責任者がいなくなってから、まともなカトラリーが減っていく一方でな。スプーンもフォークもナイフも曲がって戻ってきやがる。どう使えば曲がるってんだよなぁ?」
「はははは……」
不器用な人が力任せに使えば簡単に曲がると思います……。
食堂で使われているカトラリーは鉄製だけど、奥に大事にしまわれている銀製ならもっと曲がりやすいことだろう。とても出せないという料理長の判断は正しい。
ふとムッカーリさんの手元を見ると、何かの肉の身を骨から外しているところだった。
「今日の夜食ですか?」
「おう。朝食の分もだな。北奥山の村で育てた灰色豚だ。さっぱりとした肉質だが、硬くない。美味い肉だぞ。ソテーと野菜炒めと焼豚になる予定だ」
「美味しそうです! 楽しみに仕事します!」
「任せておけ。おまえさん美味しそうに食うからなぁ。作り甲斐があるってもんだ」
頼もしい! がぜんやる気が出てきました!
床に置かれた大樽には骨が入れられていく。
「骨の方は何になるんですか?」
「あ? 骨か? ちょっと魔獣のおやつに残して、あとは捨てるぞ」
「ええ⁉ そんないい豚の骨をそのまま捨てちゃうんですか?」
「魔獣たちも肉の方がいいからあんまり食わないしな。あ、もしかして細工で使うのか? 好きなだけ持っていっていいぞ」
「ち、ちがいますよー。細工には使わないです。出汁……じゃなくて、スープを取ったら美味しいのになと思って」
「スープ? 身じゃなく骨なんかで作って、味出るのか?」
ここで出されるスープは、焼いた肉や野菜の具で出汁をとっている。だからそんなに煮込まれない。煮込むと具としての旨みが抜けちゃうもんね。
それでも十分美味しいけど、美味しい豚の骨をコトコト長時間煮込んだ濃いとんこつスープ……。
想像しただけも美味しそう!
「細い骨はそのままで大きい骨は割って血抜きした後、じっくりグラグラ長時間煮込むんですよ。長ネギの青いところとショウガを入れると臭み消しになります。あとアク……モコモコがかなり出るのでしっかり取り除くのが重要です」
「ほうほう、ずいぶん本格的な料理だな。長時間ってのはどのくらいだ? 一刻くらいか?」
「そんなものでは濃厚でとろりとしたスープにはなりません。強火で五刻は煮込んでほしいところです」
「そんなにか! よしわかった。料理人の血が騒ぐぜ。今からなら朝食には間に合うな」
「わたし、いい頃合いにまた来ます! あと、麺が合うので、麺の用意もお願いしたいです」
とんこつスープときたら麺でしょう!
「大丈夫だ。朝食時にはいつも麺メニューを用意するからな」
いやったぁ‼ 今日の仕事の後はとんこつラーメン!
前世ぶりの料理に胸を高鳴らせながら、わたしは細工室へ戻っていった。
◇ ◆ ◇
スープカップの中には幸せの世界が広がっていた。
漉してとろりとしたスープには、塩漬けしたソーイ豆をオイルに漬けたソーイ油でシンプルに味付けをしてある。ソーイ油は見た目が薄口醬油、お味は旨みがあってまろやかでコンブ醤油に近い。
麺はいつもの卵を使っていない中太ストレート麺でスープの白色とマッチしている。
魔王城特製焼豚は、薄切りにして優雅な扇子のように麺を飾り、添えられた長ネギがそれらを引き立てている。
スープを一口飲んで、わたしは幸せのため息をついた。
とろりとしたクリーミィなスープが舌を柔らかく包む。ふんだんに使ったネギとショウガのおかげで臭みは全くなく、食欲をそそられるいいお肉の香りが鼻に抜けていく。ソーイ油の優しい塩味の後から甘さがふわぁと広がって、一口飲んではもう一口と後を引く。
ああ、すっごく美味しい‼ 至福‼
スープがほどよく絡んだ麺をちゅるんと口に入れれば、前世のにぎやかなラーメン店にいるような気がした。
これはもうほぼとんこつラーメン! 紅ショウガ欲しいなぁなんてのはさすがに贅沢だよなぁ。
懐かしい味に大満足していると、料理長もミーディス様もシグライズ様もラトゥさんも大きなスープボウルを持ち上げてフォークでかき込んでいた。
「こりゃ美味いな!」
「なんすかこれ⁉ すげぇ美味いっす!」
「柔らかいスープなのにこってりとして……なんとも深みがありますね」
ミーディス様のお言葉に、わたしはにんまりとした。
「ミーディス様、お目が高いです。これはさらに、お肌にもいいという噂なんです」
「美味しい上に肌にもよいと? ムッカーリ! これを定番メニューにしなさい!」
「はい、宰相閣下! 明日からメニューに入れさせていただきやす!」
「体があったまるなぁ。嬢ちゃんが考案したって? 住んでいた村の料理か?」
「あ、ええと、町の方で……」
前世に住んでいた町だけど。
みんなでにこやかに美味しくいただいていたのに、ラトゥさんが急にどんよりとした。
「……城ならこんな美味いものが食べられるのに、遠征なんて行きたくないっす」
「ラトゥ、それは言うな。言うと余計につらくなる。だが、これからは闇ランタンがあるから、明るいところでも寝やすくなるぞ。ありがとよ、嬢ちゃん」
闇岩石ランタンが、さっそく役に立つみたいでよかった。
でも、野営に行く全員分のランタンはない。素材になる闇岩石さえあればもっと作れるんだよなぁ。
普通のランタンの光魔石の代わりに闇魔石を使えば、もしかしたら暗くできるかもしれない。
でも、闇魔石は家宝の宝石の中に一つしかない、特に希少な魔石だった。当然、わたしは闇魔石を掘り当てられたことはない。そんな貴重な魔石をランタンに使ってみようとは思わないよなぁ。
もしかしたらドワーフでも掘れないような、もっと深いところでしか採れないのかもしれない。
「ミーディス様、暁石と闇岩石の話ってどうなってますか……? 闇岩石があれば野営に使える闇岩石ランタンが人数分作れるんですけど」
「取引部の方にはまだそれらの石の情報がないようです。探しに行った魔石責任者はドワーフ国との魔石取引の日には一旦戻ると言っていたので、明日登城すると思いますよ。何かいい知らせがあるといいのですが」
そうか。明日はドワーフ国との取引があるんだ……。
ドワーフ国といっても広いから、知った顔に会うことはないと思うんだけど……。少しだけ不安になる。そして村を出ていなければ、わたしが掘って磨いた魔石があったかもしれないと思うと、なんとなく複雑な気分だった。
「あの、わたしから魔石責任者の方に話をしてみてもいいですか?」
「もちろん構いませんよ。手配が必要なことがあれば遠慮なく言いなさい」
ミーディス様の言葉にうなずき、最後のスープを飲み干した。
それにしても。
相変わらず、食堂に魔王様の姿はない。
ここには美味しいものが待ってるんだから、魔王様もちょっと手を休めて来たらいいのにね。
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