第二章 魔王城に美味しいを広めます!

第20話 魔王様が! 2-1


 細工室でランタンの整備をしていると、控えめなノックの音に顔を覗かせたのはランタン係のセツビーさんだった。


「失礼します。整備が終わったランタンがありましたら、いただいていきたいんですけど……」


「あっ、はい! ちょっとだけできてます。すみません、キリのいいところまでやって備品室に置きに行こうと思ってたんです!」


 わたしが慌てると、セツビーさんも慌てた。


「いえいえ! これから寮の方にもランタンを灯しに行くところだったので、ついでにできている分をもらっていこうかと思っただけです。もうほとんど戻せているので、急がなくても大丈夫ですよ!」


 聞けば、寮の廊下にも明かりを増やせるようになったのだとか。

 急ぎで必要になったというわけではないらしい。


「ノーミィさんがランタンを使えるようにしてくれたおかげでずいぶん明かりが戻ってきました」


「城内が明るくなってよかったです。でも、ただ掃除しただけなんですよ」


「僕たちは掃除をすることも知りませんでした。それどころか開けることもできなかったですし。あ、中央通路の飾りのついたランタンも不思議で美しいって好評ですよ」


 メインの通路であるあそこには、他の場所に先駆けて暁石ランタンが使われている。光魔石を使った普通のランタンとは違い薄黄色の明かりに魔術紋が揺らいで見えるのだ。

 変な光だって言われてないみたいでよかった。


「みなさん明かりが戻って本当に喜んでるんです。ランタンをかけている僕ばかりがお礼を言われているので、僕からまとめてノーミィさんにお礼を言わせてもらいますね」


 セツビーさんはありがとうございますとお辞儀をして、整備の終わっていた分を全部台車に載せた。

 わたしは綺麗になったランタンたちを、いってらっしゃいと見送った。


 やれることを当たり前にやっているだけなのに、魔王国に来てからはとても感謝される。まだ慣れなくて、ちょっと恥ずかしい……。


 昼夜ランタンもずいぶん感謝された。特にシグライズ様が喜んでくれた。

 少しだけ持っていた闇岩石をあるだけ全部使って、周囲を暗くするランタンを軍の遠征用に作った。野営がちょっとでも快適になるといいな。昼夜ランタンにできればよかったんだけど、暁石は全部使っちゃったんだよね。


 ランタンはもうそんなに急ぎでやらなくてもいいとのことで、他にも手が必要なところの備品を作ったりしている。予備の鍵とか。折っちゃって予備を使っていて、それを折ったらもう開閉できない扉があるとか。


 それはもっと早く言ってほしかった。慌てて作ったし、全部の予備の予備をもう一本ずつ作ったよ。

 魔人のみなさんはなかなかのんき――おおらかでいらっしゃるから、お城の細工のものに関しては積極的に把握していきたいところ。





 さて、今日の仕事は終わった。

 わたしは不幸な事故によってへこみを付けた夢炉を手に載せて蓋をとった。


 そういえば中にナイトメアの毛の姿はなかったなぁ。魔王様から受け取った時にすでにイヤな気配がなかったから、シグライズ様に踏まれた騒ぎでどこかに落ちたのかもしれない。


 ナイトメアの夢を見られたみたいだから、[幻視]の魔術紋にナイトメアの毛で問題ないようだ。


 そのまま元のように直すのは簡単だけど――それでいいのかと職人の血が騒ぐ。

 綺麗に直す細工師は、普通に腕のいい細工師。綺麗に直した上で問題を解決してこそ、一流の細工師への一歩ってものだよ!


 よし! と気合いを入れてドライバーを握った。

 中の基板はひしゃげてしまっているので、新しいのに換えるために外す。


 炉のへこんだところをバーナーでなまして、木型の上で叩いていく。また最初から鍛金で作るとなると時間がかかるから、直ってくれるといいんだけど。

 内側から叩いているうちに、へこみはなくなった。


 ――そうだ。魔術紋でもっと丈夫にしてみようか。


 魔術紋帳に[物理防御]や[物理守護]というのが載っていて、前々からこれらを魔術基板にしてみたら丈夫な細工品になるかなと思っていたのだ。

 いい機会なので、魔術基板の二枚載せを試してみよう。


 新しい基板を取り出し、一枚は[幻視]を刻んだ。

 もう一枚はどうしよう。っていうか、[物理防御]と[物理守護]は何が違うんだろう。

 魔術紋帳ではそれぞれ[物理守護]使用例・護符、[物理防御]使用例・直接防御と書かれている。

 護符……? お守りってことかな?


 試しにどちらも描いてみることにした。

 初めての魔術紋なので羽根ペンで紙に描いてみて、何回か練習してから基板へ挑む。


 まずは[物理守護]から。魔力を込めながら慎重にでも滑らかに、基板の上でチスタガネを動かしていく。最後に円を閉じると紋は今までになく大きく光を放った。と同時に指先から魔力がずるりと奪われた。


 ――――え⁉ 魔力が、取られた……?


 軽い疲労感に襲われて、ぼんやりと魔術基板を眺めた。

 魔術紋からは揺らぎながら立ち上った模様が、螺旋らせんを描いて空に消えていくのが見える。


 魔石もなく、触ってもいないのに、発動している。

 ということは、これ、常時発動する魔術なのか。

 なるほど、持っていれば効果があるから護符に使うんだ。


 念のため[物理防御]の方も描いてみたけれども、発動はしない。こちらは発動させたい時に魔力を使うタイプらしい。

 それなら使うのは[物理守護]だな。いつ何時襲われるかわからないからね。

 あとは夢炉で正常に動くかどうか。


 炉の中の一番下に[物理守護]の魔術基板を入れ、その上に[幻視]の魔術基板と化粧板を入れて、それぞれ留める。そして魔石留めとスイッチを配置して動力線で繋いだ。


[物理守護]の具合を試してみたいところだけど――。


 踏んだらわたしの足の方が無事じゃない。投げつけたら基板が外れそうだし。

[幻視]だけ確認して問題なければ修理完了にしよう。

 そうそう踏まれるなんてことはないだろうから、大丈夫だと思うんだけど。

 枕元に置いておくだけの物がそんなしょっちゅう壊れたりするわけないものね。





 次の日にお届けに行ったところ、魔王様は崇めんばかりだった。魔王様ってば、そんなにナイトメアの夢が見たいんだねぇ。

 喜んでもらえてうれしいけど、そんなに褒められるとやっぱり恥ずかしくて困ってしまいます……。







### 発売日まであと13話 ###


本日よりスタートしました2章の内容が描かれた口絵が公開されています!

お仕事ノーミィ!

近況ノートに貼ってありますので、まだの方はよかったら~(*'▽')

https://kakuyomu.jp/users/kusudama/news/16817330665893069114


試し読みでカウントダウン

発売日11月10日まで毎日更新!





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