第17話 魔王様が! 1-2
翌日。
今やランタンが不足なく等間隔に並んでいる廊下を、いそいそと歩いていた。
暁石を写した柔らかい黄色が、時々揺らぎながら重厚な石張りの壁や床を明るく照らしている。
この執務室前の中央通路は魔王城の中心ということもあり、真っ先に暁石ランタンへと変えられたのだ。
外観も鳳凰をイメージした飾りを傘にも台座にも新たに付けた。豪華さが加わり、魔王城の質実剛健な雰囲気を荘厳なものへと変えている。
魔王様のおわす城に合うランタンを! と少々力が入り過ぎてしまったかと思ったけど、天井の高い長い廊下にあればちょうどいいくらいだった。
最初に通った時と、同じ場所とは思えない変わりようだよ。
立派なお城の廊下はこうでないとね。
遠くまで続く美しい様子に満足して、わたしは執務室へと向かった。
「いい夕ですね。魔王様、ミーディス様」
部屋の中には前よりもゆったりした雰囲気が流れていて、二人からも笑顔を向けられた。
「魔王様からご相談があったあれなんですけど、刺繍は無理なのでこれを作ってみました」
金色の夢炉を取り出すと、二人の視線が手元に刺さる。
「これは魔導細工の夢炉といいます。この中にナイトメアの毛を入れて枕元に置いて寝てみてください。多分、ナイトメアの夢が見られるんじゃないかなと思うんですけど……」
「もしや、
ガルム⁉
なんで魔王様はそんな怖い生き物の夢を見たいんですか⁉
「えっと、ナイトメアには夢の特性があるので夢が見られるとは思うんですけど、他の生き物に関しては試してみないとわからないです」
あの感じでいけば、ガルムの姿は見られるだろうけど、夢の中に現れるかはわからない。
「そうか、それでは試してくる。ガルムの毛もたくさんあるのだ。ノーミィ、良きものを作ってくれて感謝する」
ガルムの毛もたくさんあるって、ナイトメアの毛もガルムの毛もってことだよね……。むしったのか……。怖い生き物たちの毛を、魔王様はぶちぶちとむしり取ったのか……。いろんな意味で怖い。
威厳ありげに魔王様は立ち上がり、夢炉を手に取ろうとした時、ミーディス様がにっこりと人差し指を振った。
「魔王様? 今は仕事の時間ですよ?」
ピシャッ!
細い稲妻が魔王様に刺さった! 雷撃⁉
怖っ! ミーディス様怖っ‼
魔王様は軽く黒い煙をまとってプスプスしている。立ち上がった笑顔のまま、また椅子に座った。
すぐに使いたいほどうれしかったんですよね⁉ 喜んでもらえてうれしいですけど、執務の時間に休もうとするのは危険です!
ミーディス様には絶対に逆らわないようにしようとわたしは心に決めた。
◇ ◆ ◇
翌日。
細工室でランタンを組み立てていると、自然と鼻歌がでていた。
昨日献上した夢炉の外側は、自分で言うのもなんだけどなかなかいい出来だった。
魔王様、昨日はちゃんと眠っていい夢(魔王様比)見られたかな。
あとで使い心地を聞きに行こうと思っていると、入り口の扉が開いた。
振り向けば、絶望という文字を張り付けた黒い小山が――いや、魔王様が立っていた。
「魔王様! どうしたんですか? もしかして、悪い夢を見ましたか?」
魔王様は後ろ手にしていた手を、そろりと差し出した。
「あっ!」
献上した夢炉がへこんでる!
慌てて魔王様の手から受け取ると、中の基板が山型に折れ曲がっていた。これは直らないやつ……。
「……落としちゃいました……?」
「すまぬ……。この夢炉を執務の合間に使ってみたところ、久しぶりにナイトメアにもみくちゃにされたのだ。少しの間だったが、それはもう素晴らしい夢であった……」
思い出したのかうっとりとする魔王様に、胸をなでおろす。ちゃんと作動したみたいで、よかった。
「あまりにうれしく、執務室に来たミーディスとシグライズに夢炉を見せようとして……手を滑らせた」
「自慢しようとして、手を滑らせたと」
「……そして、踏まれた……」
「ふまれた」
「シグライズに……」
「え、シグライズ様の足は大丈夫だったんですか?」
「……ミーディスが診たから大丈夫だ……」
それならよかった。
うちの夢炉が四天王の一角にケガをさせたなんてことになったら、どう責任取ればいいかわからないよ。
「わかりました。大丈夫ですよ、魔王様。ちゃんと直りますから。少しお待たせしてしまうかもしれないですけど」
机の上に載せられた炉が無残な姿をさらしている。時間をかけて作った鍛金の炉が。
でも、自慢しようとするくらい喜んでくれて、こんなにショックを受けていたら怒れないよね……。
「構わぬ……我が悪いのだ……。いつまででも待つぞ…………」
そんな未来永劫待つみたいに言わなくても、近々お持ちします!
「けれども、魔王様。こういう事故が起こりますから、寝室の枕元で使うといいですよ。ついでにちゃんと寝たらいいと思います」
「わかった……」
しょんぼりして丸くなった背中が部屋から出ていって、わたしは耐えていた手をがっくりと机についた。
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