第16話 魔王様が! 1-1
部屋に戻り魔術紋帳を眺めながら、魔王様の夢見まくらのことを考えていた。
研究するのに持っていっていいと言われたけれども、ご遠慮させていただいた。部屋に持ち込むのも触るのも怖いし!
あの[幻視]の魔術紋は本来であれば、精神ダメージをくらうであろう幻を見せて敵を弱らせるものなのだろう。
本来というか、普通の人間から見たら十分に呪いのアイテムだよ。
あの黒い毛がナイトメアの毛で、[幻視]によってその姿を見ることができるってことだよね。
枕に載せるものであれば近くに使用者の魔力があるだろうから動かすのに困らないだろうし、なかなかよくできた道具だよ。
魔術紋帳には[幻影]というのもあった。
[幻視]と同じようなものなのに何が違うんだろう。使用例“足止め”ってことは、複数に効くってことだろうか。それとも実際に見えるか見えないか?
大変気になるところだけど、とりあえずは魔王様の方からだ。
なんとか直せないだろうかと魔王様が悲しげに言うし、お願いされなくとも大変お世話になっていることだし、忙しい魔王様の唯一の癒やしみたいだし、どうにかしてなんとかしたい。
ただ刺繍は正直自信がないな……。仕組みはわかるけど、やったことがない。あれを直すのは無理だな。そういう令嬢力高めなスキルはない。だってハーフドワーフだし。ドワーフ力しかないよ。
というわけで、いい夢が見られればいいというのなら、細工品でもいいんじゃないかと結論を出した。
魔力は魔石を使ってもいいしね。スイッチを付ければいいだけだし。
なんの細工品にしようかな。
なんならランタンでも問題ないんだけど――。
あの暁石ランタンも、ランタンである必要は全然ない。効果を模写して放出すれば明かりになるわけだから、どんぶりに入ってたって明かりが出せる。
ただ、見た目というのは大事だ。
ランタンの形をしていれば、ああこれは明かりが点く道具なのだなとすぐわかるわけで。
夢を見る道具、か……。
そういえば、前世の日本では安眠グッズがたくさんあった。
わたしも目を温めるマスクは愛用していたし、寝る前にリラックス効果のあるアロマやお香を焚いていたっけ。
それなら香炉なんてどうだろう。
なぜか真っ先に思い浮かんだのが、お寺にあるでっかい香炉。なんでだ。煙を手ですくって自分にかけるやつ。あれ、大きいよねぇ。
あと蚊取り線香を入れる香炉もあったな。香炉って歴史は古い。源氏物語にも書かれていた。
もしかしたらこの世界でも、人間の国とかにはあるんじゃないかという気がする。
蚊遣り豚を魔王様の枕元に置くわけにいかないので、シンプルな形の香炉……。いや、夢を見る炉で“夢炉”だな。魔王様の居室に合う夢炉を作ろう。
ランタンなどに使っている魔銀製の基板がすっぽり入る形にすれば、在庫のものを使えて楽だ。
まずは[幻視]の魔術紋を基板に刻んでいく。
初めての魔術紋なので紙に羽根ペンで練習してからだ。五回描いたところで手がなめらかに動くようになった。
チスタガネに持ち替え基板に向かう。
魔術紋帳の見本を見ながら慎重に。でも止まらないように。引っかからないように。魔力を込めながら最後に円を閉じると、描き上がった魔術紋は一瞬キラリと光を帯びた。
「よし、描けた!」
この[幻視]の魔術紋にナイトメアの毛を載せれば、魔王様が持っていた夢見まくらと同じ条件になるはず。
わたしはまじまじと[幻視]が刻まれた魔術基板を眺めた。
これで悪夢が見られるのか。魔術紋ってすごいなぁ。前世で存在していたものに似た物がいろいろ作れそうな気がする。
例えば[蒸気]っていう魔術紋。使用例に“罠”ってあったけど、加減すればスチーマー作れないかな。肉まん食べたい。あ、美顔器にも使えそう!
それに[冷場]とかいうのでクーラーとか? 使用例が“告別の間”って書いてあるのが気になるけど……。
[温場]でホットカーペットとか床暖もいいなぁ。魔王国、山の上の方だからちょっとひんやりする時があるし。
あれこれと想像がふくらんでうきうきしながら、真鍮板を取り出した。
魔王様の夢炉に取りかかろう。
この板は切ってランタンのフレームに使っているものになる。型を使ってわたしの顔くらいの丸い印を付け、金鋏で切り出した。
バーナーで全面を
ドワーフの村の家から持ってきた丸太の木台をカバンから出して設置して、その上で切り抜いた真鍮板を
硬くなってきたら火魔石を使ったバーナーで
鍛金はやっぱり時間がかかるな。パーツを切ってはんだで付けていくランタンとは大違いだ。
作業に没頭してしばし、槌目がいい感じの入れ物ができた。蓋の方には糸のこを入れて透かしのアラベスク模様を施した。より香炉っぽいし、高級感が出ているような気がする。
両手のひらに載るほどの大きさなので、中に好きなように配置できるスペースはない。
まずは魔術基板を下に留める。その上に配置する魔銀の化粧板には片側半分に魔石留めとスイッチを置き、もう片側はナイトメアの毛を置けるように開けておいた。魔術紋の及ぶ範囲は最小になるように動力線を調節して、上下の二枚を繋げばできあがり。
「よし! 魔王様に献上するにふさわしい品!」
真鍮の華やかな金色が、なんの継ぎ目もないふっくらとしたフォルムで輝いている。これが使っていくうちにアンティークな感じに落ち着いた色に育っていくわけだ。槌目も味があるってもんだよ。
いろんな角度から眺めて、確認しつつ自画自賛しておく。
この中に毛が入れば、魔王様が愛してやまないナイトメアの夢を見ることができるでしょう……。
毛を載せるのはセルフでやってもらおう。わたしは断固触りたくない!
とりあえず代わりの素材としてハーブティー用のカモミールの花を載せてみる。リラックス効果もあるし、[幻視]で見えるものが花やリラックスするものなら悪くないよね。
魔石をセットしてからスイッチを入れてみると、じわじわとカモミールの花の映像が目の前に広がった。
目の前に見えている部屋と幻の映像が重なるのは、なかなか気持ちが悪い。
部屋と重なった大きなカモミールの花が揺れる。わずかに残像を残しながら右に左に……。それはぐるぐると回りだしいくつもの花に分かれた。背景の爽やかな緑色の葉は草原のようでリラックス感を出している気もするけれど――怖い。すごく怖い! なんだろう、ピエロ的な怖さがあるよ!
これまでまったく眠くならないということは、ナイトメアの毛に入眠の効果か何かがあるのだろう。
ということはタイマー式のスイッチを使った方がよさそう。魔石留めの台を魔力で回るようにして、一部に魔力を通さない真鍮を使って任意の時間で魔力供給が止まるようにしよう。
多分、夢は覚めるから夢であって、ある程度眠ったら目が覚めるとは思うのよ。でもスイッチを入れたら最後、魔石の魔力が切れるまで魔王様がずーっと眠ったままだったら困るからね。
そのうち映像は種の姿を見せた。葉を伸ばし、大きくなったところでプチリと摘み取られた。そして仲間たちといっしょにカサカサになるまで天日に干されるカモミールの一生とでもいうような映像を淡々と見せられ――。
泣きながらスイッチを切った。
恐ろしいほどの効果だった。これであれば魔王様にもご納得いただけるかもしれない。
……って、魔王様、本当にこれでいいんですか⁉ すごい怖いんですけど⁉
わたしはしばらくの間カモミールティーは飲めないな…………。
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