第15話 魔導細工師の本領発揮 4
これから城内の明かりを新しい暁石ランタンに換えていく。
――ということにしたものの、わたしの持っている暁石の在庫が少なく、全部放出してしまってもまだ全然足りなかった。
昼夜ランタンの話が出てすぐに、ミーディス様が取引部という国内外の取引に携わっている部署に暁石と闇岩石の手配をしてくれていたのだ。けど、手配がつかず、今はそこの魔石責任者が探しに行ってくれているのだそうだ。
そんなわけで当面は、普通の光魔石を使ったランタンの修理も続く。
ちなみに欲しそうにしていた幹部のみなさまには、お試しというテストモニターの名目で昼夜ランタンを献上させていただいた。いつもお仕事大変そうだし、このくらいのいいことはあってもいいと思うの。
仕事を終えて食堂に向かうと廊下はすっかり明るいし、見通せないほど暗かった食堂も今は明るく楽しげな雰囲気で満たされている。
まだ場所によっては暗いところも残っているんだけど、順調に明かりは増えていた。
「おう、嬢ちゃん! この間のランタンすごくいいぞ! ありがとな!」
大声で手を振るシグライズ様もよく見えた。
「シグライズ様、お疲れさまです」
「嬢ちゃんもお疲れだったな。とりあえず、一杯飲め」
「ありがとうございます!」
なぜか用意されていたゴブレットを受け取り、あおる。
くぅ~! 仕事あとの葡萄酒が沁みる~!
ゴブレットに続いて差し出された小鉢には、スライスしたチーズと何かの肉の燻製が入っていた。
手に取って見ているとシグライズ様が「鹿肉だぞ」と教えてくれた。
鹿! 山の恵みですね!
噛むとクセがあるような気はするんだけど、香辛料と合わさってそれもいい味になっている。
おつまみのお手本のようなお味です!
「鹿肉美味しいです! お酒進んじゃいますね」
「そうかそうか。いっぱい飲めよぅ――ランタンの作り替えは進んでるか?」
「それが、ランタンの明かりに使う暁石の在庫があんまりなくてですね。ひとまずある分だけ作って、あとは手に入り次第ということになりました」
「ほうほう、ワシは細工とか全然わからんのだけど、代わりに光魔石というわけにはいかんのだな?」
「そうなんです、いかんのですよー。わたしもいけるんじゃないかと試したことがあるんですけど、一瞬すごく光って魔石の魔力がなくなっちゃったんです」
光の特性といっしょに魔力も[模写]するらしく、動力過多で光をあっという間に消費してしまうようなのだ。だから属性付きの魔石は[模写]の魔術紋には使わないことにしている。
次に何を食べようかと厨房前のカウンターの方を向くと、見知った顔が近づいてくるのが見えた。
「――ノーミィ、お疲れさまでしたね」
「ミーディス様!」
麗しの宰相様が微笑を見せている。
あれから食堂で見かけるようになり、時々ごいっしょさせてもらっていた。
「ああ? ミーディス、なんか顔色がいいな」
「ランタンの心配がなくなったことが大きいようですね。それと、最高細工責任者殿に言われて早めに寝て食事も摂るようにしたところ、大層体の調子がよくなったのですよ。シグライズが気付くほど違うとは、今までの生活を反省しなければなりません」
微妙にシグライズ様に失礼な感じだけど、二人とも笑っているからいいのかな。
忙しいと食事の時間とか睡眠とか、大事なところを削ってどうにかしようと思っちゃうんだよ。それは実体験ですごくわかる。でも、それじゃ本当の解決はしないんだよね。
「食事の質も大事なんですよね? ノーミィ」
「はい! タンパク質――っと、お肉や卵と野菜をバランスよく摂ると、頭にも体にもお肌にもいいと思います」
「やはり肌にも……。ええ、それはぜひ実践しなくてはいけませんね」
「揚げ物よりは蒸した物などが体にいいんです。今朝のメニューの中なら野菜で包んで焼いた焼豚か、黒魔牛の赤身肉ステーキ、彩りサラダなどがおすすめです」
ミーディス様はさっそく近くに控えていた料理長に注文した。ミーディス様が来るといつも料理長が注文を取りに来るんだよね。他の者はカウンターで注文するのに。しかも、ミーディス様のゴブレットだけ素敵なガラス製なの! わたしたちのは銅製なのに! カトラリーも、あれ、銀製じゃない? ミーディス様だけ毒に配慮されてるってこと? シグライズ様にも配慮してあげて!
新たに並べられた料理も勧められたので、ありがたくも複雑な気持ちでいただいた。
こちらの宰相閣下と四天王の一角様、仲がいいなと思っていたら同期なのだそうだ。ミーディス様はすごく若く見えるのに、シグライズ様と同期ってどういう仕組みなのかな。手品かな。
魔王様はしゃべり方が年寄りくさいし、顔が前髪で半分隠れているので年齢不詳。でも二人より少し若そう。ミーディス様の扱い方からなんとなくそんな気がする。敬われている風でいて、上手く使われているというか。いや、でももしかしたらもっと年上なのかもしれない。やっぱり全然わからない。
料理は美味しいし、おしゃべりも楽しいけど――やっぱり、気になる。楽しいから余計に。
「――そろそろ失礼します。シグライズ様、ミーディス様、ごちそうさまでした」
昔話で盛り上がる二人に挨拶をして、食堂を後にした。
そろそろ明るくなるころだろうか。
もうすっかり帰る人がはけて、昼に働く人もまだ来ない魔王城。食堂からの楽し気な声だけが遠く聞こえている。
小さくノックをして、執務室の扉を開けた。
「魔王様、まだお仕事ですか。少し休みませんか」
「休憩か。いや――我はこういった仕事が苦手でな。進めておかねばみなに迷惑をかけてしまうのだ」
相変わらずの書類の山の向こうに、魔王様がいらっしゃる。
仕事の様子を見るかぎり、ミーディス様の方が書類仕事は得意なんだと思う。でも、仕事って監督や二重チェックが必要なことも多い。ミーディス様が通常業務をしたら最終チェックする人がいなくなってしまうってことだよね。
「何かわたしがお手伝いできることってありますか?」
「気持ちだけでうれしいが――ああ、これを見てくれぬか」
魔王様は黒の上着の胸元から布製の何かを取り出した。
前世で見たサシェに似ている。ポプリが入ったミニクッションみたいなやつ。
ずいぶんと使い込まれてぼろっとしている。
それにうっすら禍々しい気を感じるような……? まさか呪いのクッション? なんだか触りたくない気持ちでいっぱい。
魔王様の大きな手のひらに載せられた物を眺めた。
「これ、なんですか――あっ!」
思わず声が出た。
片面に縫い付けられた布の刺繍は、魔術紋のようだった。
けれども刺繍はすり切れてほつれ、布も取れかけ本体との間から黒い毛が覗いている。
「この模様が、ノーミィの描いた魔術紋とやらに似ている気がしたのだ」
「多分、魔術紋だと思うんですけど……。本の中で見たことがあるような気がします」
わたしはカバンから魔術紋帳を取り出して、ページをめくっていく。
一部綻びていたけれども模様はちゃんとわかったので、探すのは難しくはなかった。
「――あった。これですね」
「ほう――たしかに同じ模様だな」
そこには[幻視]使用例“間接攻撃”とあった。
「……これは、どこで手に入れたんですか?」
「城の宝物庫に眠っていた物なのだ。夢見まくらという物らしくてな、枕に載せて眠るといい夢が見られるのだ。だが壊れたらしく作用しなくなってしまった。執務の合間に少しだけこれで休むのが癒しだったのだが……」
そう言って、魔王様はしょんぼりとした。
ええ……? 使用例が間接攻撃で、こんなにイヤな気配をまき散らしているのに、いい夢……?
「ちなみにどんな感じのいい夢なんですか……?」
信じられなくて思わず聞くと、魔王様はうれしそうに口角を上げた。
「
魔人のみなさんとは一生わかりあえないかもしれないと思った瞬間だった。
### 発売日まであと18話 ###
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