第14話 魔導細工師の本領発揮 3
母ちゃんからわたしに受け継がれたのは、使い込まれた一見何の変哲もないキャンバス生地のカバンと、その中に入っていた表紙に魔術紋帳と書かれた本だった。
そのカバンは物が異常に入った。そして、どれだけ入れてもふくらまない。不思議なカバン。
ある時、やっぱり不思議だと思いながら見ていたカバンの口付近に、
その刺繍の模様は、魔術紋帳に同じものがあった。[模写]と書かれており、使用例に“本を作る”とあった。
本を模写して新たにもう一冊作る魔術ということなのだろう。
だがその魔術紋は布に刺繍されて、カバンに縫い付けられている。何かが模写されて増えているということはなかった。
このカバンの変わっているところは、このおかしいくらい容量があるところ。
ということは、そのおかしい特性がなぜかこの羽根にあり、それを模写してこのカバンにその性能を持たせているのではないだろうか――と思い至ったわけだ。広くする、場所を増やすなどという特性のある鳥なんて全然わからないけれども。
基板に魔術紋を刻むことを思いついたのはすぐだった。
だって細工品に特性を持たせたら、絶対に面白い物ができるもんね。
普通に刻んだだけではだめで、魔力を込めながら正確に刻む必要があった。魔石を磨く時に魔力を込めるので、その作業はすぐに慣れた。
いつもちゃんと磨いていてよかったよ。芸は身を助く。
村の他の者たちはあんまりちゃんとやっている風じゃなかったな。磨いているところを見たことあるけど、さっとなでて終わりだった。地味な作業だけれど、やらないと魔石が消耗してきた時に崩れてきちゃうのに。
今までやってきたことの積み重ねがあり“魔術基板”ができあがった。
自分や父ちゃんが採掘したものから素材を調達し、試作品のランタンを作り上げるのにそう時間はかからなかった。
そして母ちゃんの魔術紋帳に走り書きされていた“魔導刺繍”という言葉から、魔術基板を使う細工を“魔導細工”と呼ぶことにしたのだった。
◇ ◆ ◇
魔術紋帳の[模写]のページを見ながら、チスタガネで紋を刻み込んでいく。
ハンマーは使わず、魔力を込めてペンやリューターのように持ち、魔力を込めて描く。慎重に、でも一定の速度で。
最後に円を閉じると、描きあがった紋が一瞬キラリと輝いた。
「光が……」
「……これは……!」
「魔術紋を刻んだこれを魔術基板と呼んでます。あとは素材を載せれば、明かりが点きます。こちらが素材になる暁石です」
肩掛けカバンから暁石を取り出した。
明かりが見えるように机の上のランタンを消すと、薄暗い部屋でも微かに薄黄色の光を放っている。
暁石は半透明で優しい色合いの石だ。魔力を持たないために宝石に分類されるけど、貴石や半貴石のような価値はない。ちょっとだけ光る石といった代物なので一部の石愛好家しか見向きもせず、流通量が少なかった。ドワーフの国では町の宝石店の片隅に安く売られていたっけ。掘れば採れることも多いから、埋蔵量は少なくないと思うんだよね。
革手袋を外した手で暁石を魔術基板に載せた。
すると、その周りだけがほんのり明るくなった。
「普通の魔石すらいらぬのか……?」
「いえ、これはわたしの魔力に反応しているだけです」
魔術紋が動作するには魔力がいる。魔石の魔力でも生き物が持つ魔力でもいい。
わたしの肩掛けカバンも持つ者の魔力を使うようで、特に魔石を必要としないのだ。
カバンを持たない時もあるけど、中身がなくなったり出てきちゃったりはしないから、出し入れする時のみ魔力が必要なんだろうなと思っているんだけど。
「今は明かりの範囲が基板の周りだけですけど、魔石を動力にすれば効果を広く放ちます。必要なものが魔力だけなので無属性魔石で十分なんですよね」
「なるほど……。素晴らしいですね」
暗い城内で使うランタンは“光”の効果だけでいいので、暁石を[模写]して、魔石で放出させればいい。
やっとこで魔石留めを少し大きくして、暁石と魔石を重ねて付ける。
動力線で繋いで試しに指で押さえると、周りに柔らかい明かりが広がった。
「光自体を放っているわけじゃなく、模写した効果を辺りに放っているので、ランタンの真下の影もできないんですよ」
「なんていろんな意味で死角のない代物なのでしょう! 初期の費用は多少かかりますが、のちのちにかかる費用のことを思えば安いものです。魔王様、これは国宝に指定しましょう」
「宝箱にしまって厳重に保管せねばならぬな」
「いえ、道具なので使ってください……」
修理したランタンに暁石とこの魔術基板を入れるだけで、暁石ランタンに変わる。
元のランタンはほぼそのまま使えて、手間もかからず経済的。
あとはざくざく魔術基板を作って、ランタンを修理して基板を差し替えるだけ。
これで魔王国のランタン難は解決です!
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