第13話 魔導細工師の本領発揮 2
夜食の後、執務室に向かうとシグライズ様とラトゥさんも同じ方へ歩いていた。
「おりょ、小さい生き物も執務室に行くっすか?」
「小さい生き物じゃなくて、ノーミィです。ランタンのことで確認したいことがあるんですよ」
「おう、そうか。ワシたちも来月の遠征の打ち合わせに行くとこだった。いっしょに行くか」
「はい! そういえば、魔王様とミーディス様を食堂で見かけたことがないんですけど、食堂に来ないんですか?」
「そういえば、最近は来ないなぁ」
「来ないっすね。忙しいって、誘っても断られるっす」
食堂に来られないくらい忙しいのか。魔王城はホワイトな職場っぽいのに、魔王国トップはなかなかブラックな感じで働いているようだ。
三人で執務室を訪ねると、案の定二人とも執務机の前にいた。
書類の山の向こうで顔を上げた魔王様は何か口にくわえている。あれは多分、干し肉だ。葡萄酒のつまみにいただいたことがある、美味しいやつ。え、あれが夜食?
「……あの、魔王様、それ夜食ですか……?」
「ああ、そうだが」
「それだけで、足ります……?」
「仕事をしながら食べることもできるし、美味い。噛んでいると段々満足してくるのだぞ」
なんだか得意気に言われたけど、それ満腹中枢が刺激されているだけだと思うんです。多分、栄養は足りてないですよ……。
その横を見れば、ミーディス様が飲み物をあおっていた。透明のビンから見える液体はアヤシイ光を放つ緑色。日本にあったエナジードリンクに似ているけど、まさか。
「ミーディス様、その飲み物は……」
「ドワーフの国にはありませんでしたか。これは元気薬という魔法の薬ですよ。私のものは雷草の根を一般の元気薬よりも五倍多く入れた特製品です。飲めばいくらでも働けるのですよ」
危ない飲み物にしか聞こえません!
ちゃんと休まずにごまかしながら働いていると、ある日突然倒れる。ひどい時は取り返しがつかないことになるのに。前世の職場でもそういう人がいた。
はっきりと覚えてはいないけど、わたしもだいぶ眠気覚まし的なものに頼っていた気がする。そして最後は倒れてしまった。
「……ちゃんと食べて休憩した方がいいと思います……」
「まだ仕事が残っているのでな」
二人の机の上で書類は山になっているし、そう言われてしまうと前世の社畜は何も返せない。
「それじゃ、せめてきちんと寝てくださいね。睡眠不足だと、書類を読んでも頭に入らなくなったり間違いも増えますし。お肌も荒れちゃうんですよね。頭の働きにもお肌にも、十分な睡眠が大事だと思うんです」
「――頭の働き」
「――お肌」
魔王様とミーディス様は、一瞬、書類を持つ手を止めた。
そして、わたしたちの方に向いた。
「――心に留めておきましょう。それで、ノーミィ。何か用がありましたか?」
「ランタンのことなんですけど、新しいものにしてもいいですか?」
「新しいランタン、ですか」
「外側は元々あったランタンを整備して使うんですけど、中の基板を魔術基板に換えたらどうかと思いまして」
「魔術基板……。聞いたことがありませんが、それにすると何がどう変わるのですか?」
「えーと……使う魔石が、光魔石から無属性魔石に変わります」
耳にしたみんなが息をのんだのがわかった。
中でもミーディス様は目をギラリとさせた。
「――光魔石は一個で一銀八銅貨、普通の魔石は五銅貨。かかる金額は大幅に下がりますね。さぁ、詳しく述べていただきましょうか」
きっと現物を見た方が早い。
わたしは肩掛けカバンからランタンを一つ取り出した。
「これが魔術基板を使った魔導細工――昼夜ランタンになります」
「魔導細工……」
「昼夜ランタンとな……」
となりに立っていたラトゥさんが手に取って眺めた。
「普通のランタンに見えるっす。あ、でもスイッチに光と闇って書いてあるっすね」
ピンのようなスイッチを左右に倒してオンオフするトグルスイッチ。普通のランタンにはオンとオフしかないけれども、これは中央にオフがあり、左右それぞれにオンがある。
「これは“光”と“闇”が使えるものになります。城内では光の方だけでいいと思うんですけど」
「闇ってなんすか?」
ラトゥさんが闇のスイッチを入れたらしく、あたりは漆黒に包まれた。
「わぁぁあ! 暗くなったっす! ど、どうしたら……」
「なんということでしょう!」
「これは本当に闇ではないか!」
「ラトゥさん、スイッチを逆側に倒せば戻りますので」
パチリという音とともに執務室に明かりが戻った。
闇スイッチ側の素材に使っている闇岩石は、光を飲み込む性質がある真っ黒な石だ。魔力を帯びていないので魔石ではなく、この世界の分類上、貴石などの宝石と同じ扱いになる。
窓がある部屋とか明るい場所で寝る時に便利だと思うんだよね。間違えて使うと周りに混乱を引き起こすけど。
「いやぁ、嬢ちゃん! この闇のスイッチはいいな! 遠征に持っていきたいぞ」
そういえばシグライズ様は来月遠征があるって言っていた。日中の野宿があるなら闇スイッチは役に立つと思うの。
「闇は落ち着く……。我にも一つ作ってもらえぬか。言い値で買おう」
ええ⁉ 言い値って、そんな高価なものではないですよ? でも、魔王様がこのランタンでゆっくり休めるというのなら早めに作ろう。
「それでノーミィ、このランタンは無属性魔石で点いているというのですか?」
「そうなんです。普通のランタンは、光魔石の光の性質と魔石に含まれる魔力を使って明るくなります。それに対してこの昼夜ランタンは、光の性質を取り込むのに、[模写]の魔術紋というものを使っているんです。これに光の性質を持つ素材を載せて光を作ります。その光を放出するためだけに魔力を使うので、無属性魔石でいいんです。素材は模写されるだけなのでずっと使えますし、性質に魔力を分けなくていい分、魔石の持ちは光魔石よりいいんです。先ほどの闇も、魔力で闇の性質を放出しています」
「光魔石の持つ光と魔力の役割を分け、それぞれさらに利点のある素材で対応させたということですね。なんということでしょう……光魔石から無属性魔石に変わる上に、しかも持ちが良いなど……。我が魔王国は恐ろしい才能を、最深の昏き闇神から与えられたようですね……」
「我が国の最高細工責任者は天才か……。小さく可愛くさらに天才であるなど、魔王国の宝……宝箱にしまっておいた方がいいのではないか」
「ドワーフのミミックっすか。役立ちそうっす」
「どういうことなのかワシには全然わからんが、嬢ちゃんはすごいな!」
不穏な言葉が聞こえたような気がするけど、なんだかすごく褒められて恥ずかしい……。
あまり褒められたことがないから、どんな顔をすればいいのかわからない。
ごまかすように横を向くと、応接セットが目に入った。わたしが魔王城で目覚めた時に、寝かされていたソファだ。
テーブルを使う許可をもらって、新品の基板をカバンから取り出した。魔術紋を刻むだけであれば大きな道具もいらないから、ここでも大丈夫。
先の尖ったチスタガネと、魔術紋帳も取り出した。
「この魔銀の板に、魔術紋を刻んでいくんです」
「魔術紋……」
部屋にいるみんなの視線が、わたしの手元に注がれているのがわかる。
わたしは魔力を込めながら、愛用のチスタガネをあてた。
### 発売日まであと20話 ###
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