第11話 仕事の後は 2


 片付けをしている間にカラスはどこかへ行ったみたいだった。


 細工室をあとにして食堂へ向かっていると、シグライズ様に会った。

 道を覚えてからは一人で行き来しているんだけど、仕事の後はだいたいシグライズ様に出会う。

 わたしもシグライズ様も時計の鐘が鳴ったら終わりにしているから、そりゃあ高確率で会う。


 ミーディス様と魔王様には会わない。

 まだ仕事してるんだろうなと思うんだけど、何刻まで働いてるのか怖いから聞かないでおくんだ……。っていうか、食事に行くところを見たことないんだけど、どうなってるんだろう。


「嬢ちゃん、何食べるよ?」


 歩きながらシグライズ様が聞いてくる。


「悩ましいところです……。肉もいいし、焼きチーズも捨てがたい……」


「どっちも葡萄酒のアテだな?」


 そう! 葡萄酒! 魅惑の赤き命の水よ!

 村では蜂蜜酒ばかりだったので、転生してから魔王国で初めて出会った。


 もちろん前世では飲んだことがあって、うっすら残る記憶ではあまり好きではなかった。辛いし。というか、成人して間もなく死んだみたいで、お酒の記憶自体があまりないんだけど。


 それなのにドワーフの血とは恐ろしい。お酒を見つける能力も、お酒への執着もすごかった。食堂で初めてボトルを満たす赤色を見た時から美味しそうだと思ったのだ。


 実際に飲んでみたら本当に美味しい!

 蜂蜜酒よりも飲みやすいし、料理を選ばない。それどころか相性のいい料理だとお酒も料理も美味しくなるのだ。


 食堂内でもシグライズ様はよく声をかけられる。さすが四天王。さすがみんなの親戚のおっちゃん。

 軽い挨拶はしょっちゅうで、食べておいしかった本日のおすすめを教えてもらったり、おすそわけをいただいたり。

 人気者には美味しいものも寄ってくるんだね。


「――おう、シグライズのだんな! いい肉入ってるよ! ノコ山の黒魔牛のローストどうだい?」


 今日も厨房から素晴らしいお言葉が聞こえます! ギュンとすごい吸引力でわたしとシグライズ様のハートをわしづかみです!


「嬢ちゃん、おごっちゃる。ノコ山の黒魔牛、ウマいぞー」


「え、でも、いつもごちそうになっていて申し訳ないんですけど……」


「気にすることないぞ。ここだけの話、おっちゃんは四天王手当があるから金持ちでな」


 四天王手当。それはなんとも高給取りの匂いがしますよ。

 結局、お肉も葡萄酒もおごっていただいた。


 つやつやとしたピンク色のローストビーフが、お皿の上に五枚も輝いている。一枚一枚が大きいしローストビーフにしては厚切りだけど、見るからに柔らかそう。


 全面にかけられたソースは濃い茶色でグレービーソースを思い出させる。といっても、前世でもそんなに食べた記憶はないんだけど。そしてこんな大きくて厚切りで柔らかそうなのは初めて。


 フォークで押さえてナイフを入れると、手応えもなく切り分けられる。

 大きめに切った一切れを軽くたたんでフォークに刺せば、ふるりとしたお肉からソースが滴った。


 ぱくりと口に入れると、とろける~!

 噛めば肉質を感じられるけど、まぁ柔らかい。ちょっと噛んだらなくなってしまうなんて!


「シグライズ様! 美味しいです!」


「そうかそうか。しっかり食えよぅ」


 シグライズ様はナイフも使わずフォークで刺してかぶりついていた。こんなに柔らかければそれもいいかもしれない。


 口の中に残るのは甘い牛の味とソースの奥深い味わいで、ほんのりとした酸味と葡萄酒の香りがする。それに醤油っぽい感じもある。和風グレービーソースといった感じだ。バリッバリのバゲットに挟んでも負けないだろうな。ローストビーフサンド贅沢美味しそう!


 その美味しいソースを付け合わせのマッシュポテトに絡めて食べると、これもまた合う。クリーミィなジャガイモはふわりといい香りがするし、ローストビーフの香ばしい味もするのだ。しかもお肉に載せて食べると優しい味わいに味変する。しかもボリューム感も出る、第二のソースだよ!


 こんなにお肉をたくさん食べきれるかなとか思ってたけど、いけちゃう。ついついまたフォークを持つ手が伸びてしまう。


 魅惑のお肉を食べてからゴブレットの葡萄酒を飲むと、これがまた甘いんですけど! 重めだけど果実の香りと味わいがしっかりとある葡萄酒は、お肉の脂を溶かして混ざってまろやかに。さらに美味しく。第三のソースになっちゃってますよ!


 そしてその後に食べるローストビーフがさらに甘くなってない⁉

 お肉をかじっては飲みかじっては飲み、最高です! 牛肉と葡萄酒の永久機関がここにはある‼

 四天王手当バンザイ‼


「――そういえば、四天王のみなさんはどういったお仕事をしているんですか?」


 ありがたい気持ちでそうたずねると、シグライズ様はゴブレットをぐぐっとあおってから考えるような顔をした。


「ワシらの仕事か? 普段は訓練と見回りだなぁ。遠征で国の端っこの方に行くこともあるぞ」


「国の端っこ! うわぁ、大変そうですね。お疲れさまです。歩いて行くんですか? それとも何かに乗って?」


「さすがに遠くに行く時はスレイプニル八本脚軍馬に乗って行くがな。まぁ、偵察なんかは翼の民が受け持っているから、ワシらはそのまとめ役みたいなもんよ」


「あっ、もしかしてわたしを見つけてくれた時も、見回り中だったんですか?」


「あー……いや、あん時は飲みに行くとこだった」


 シグライズ様、なんで目をそらすのだろう。

 わたし、できるハーフドワーフなので、根掘り葉掘り聞いたりしませんが。

 まぁちょっとニヤニヤしちゃうかもしれないけど。


 眉を下げるシグライズ様がもう一杯葡萄酒をおごってくれたので、すぐにニヤニヤはニコニコに変わるのだった。







### 発売日まであと22話 ###


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