第10話 仕事の後は 1


 次の日もランタンの仕分け作業。

 ひと棚ごとに、処分するランタンと不具合の種類で分けて置いていく。


 途中で魔人のお兄さんが「セツビーですけど……」と遠慮がちに声をかけてきた。聞けばお城のランタン係だという。ランタン係のセツビーさんか。


 そのセツビーさんは、使えるランタンがないか探しに来たらしい。城内のランタンが足りなくて、無駄と知りつつ壊れたランタンの群れの中に奇跡的に使えるものがないか探しているのだそうだ。


 切ない話に泣きそう。

 使えそうなものを急いで整備して渡すと、泣いて喜ばれた。

 かなり切羽せっぱ詰まっている模様なので、ひと棚整理を終わらせるごとに使えそうなランタンだけは整備しておこうと思う。


 仕事に集中していて流していたけど、そういえば作業中に何かが近くを飛んでいた気がする。でも気付くといなかったので、気のせいかもしれない。






 その次の日もランタンの仕分け作業。

 たくさんあるよ、やってもやってもあるよ。

 使えるようになったランタンが並んだ棚に、セツビーさんが頬ずりしていた。

 そして今日も何かが飛んで通り過ぎていった気がする。






 その次の日もランタンの仕分け作業。

 棚の上の方の脚立を使ってする作業は、手にたくさん持てなくて時間がかかるのが難点だ。わたしだってもう少し身長があれば……くぅ!


 ふと手を休めた時に、飛んでいく何かをちらっと眼の端でとらえた。黒い鳥のようだった。

 カラスだったら怖いな……。森にいた冥界カラスは髪が少しでも見えていると狙って突っついてくるのだ。

 その後はちょっとびくびくしながら仕事をした。






 怯えながら仕事をしたからか、なんだか疲れて仕事後の朝食を持ち帰ることにした。


 二階にある寮の一番奥の扉を開けると、どこもかしこも小さくまとまった土壁の部屋が出迎える。

 もうすっかりなじんだ空間。家に帰ってきたって感じだ。

 ここに住んでからまだ一週間ほどだというのにね。


 身支度もそこそこに食堂から買ってきたばかりの葡萄酒の栓を開けた。それと、とっておきのナッツの蜂蜜漬けを小皿に載せる。


 葡萄酒を注ぐ銅のゴブレットは村でわたしが作ったものだ。食堂にあるものより二回りほど小さい。ドワーフたちが大好きな蜂蜜酒は甘みも酒精も強いので、ちょっとずつ飲むから入れ物が小さいのだ。


 これからは葡萄酒を飲むことが増えそうだから、それ用のものを作ろうかな。鍛金で叩いて自分好みの薄さと大きさと形に仕上げるとか。


 それとも思いっきり趣味に走るのもいいかもしれない。前世のジュエリー作りの技を生かし、鎖を下げたり希少な宝石を留めたりして、美術品のようなものを作るとか。


 無意識に思い描いていたのは、前世の古い絵画に描かれた聖杯だった。その豪華なデザインは不思議と魔王城にぴったりな気がした。


 ――贅沢に紅玉をメインに使って、黒曜石を周りの模様にして……いや、メインに紫水晶もいいな。神秘的になるよね。星空のような天覧石もアリか。うん、いいかも!


 気付くとメモ帳を取り出していて、湧き上がるイメージを次々と描き込んでいた。

 楽しい。

 溢れるイメージを絵に起こし、それをどう形にするか考えるのも、実際に作っていくのもやっぱり好きだ。


 多分、わたしは前世でもっと作りたかったんだな。

 転生していて最初は驚いたけれども、細工師であることはすんなりと馴染んだ。

 またこの手はものを作り出すことができるんだ。


 いろんな種族がいて、魔石や魔法がある不思議な世界。いろんなことができそうな気がする。まだ知らないこともいっぱいあるだろうし。


 何せ、ものづくりに秀でたドワーフの血を引いている。今世では作りたい物を、作りたいように、作りたい放題作れちゃうってことだよ。


 縁があってお世話になっているこの魔王城は大変ホワイトな職場で、過労死とは無縁だ。今度はのんびりと好きなものを作って暮らしたいものだよね。


 でも、仕事はちゃんとやる。

 勢いで勧誘されたようなものだけど、結果的に路頭に迷うところを拾ってもらったのだ。恩はきっちり返したい。


 魔人のみなさんは不器用……じゃなくて、おおらか。なので、細工品に関してはわたしがしっかりしないとね。国庫の立て直しもお手伝いしたいところだよ。

 新参者で頼りないけど、わたしなりにがんばりたいわけで。


 よし。明日もしっかり仕事するぞ。

 意気込みを新たに、ゴブレットを持ち上げた。

 そして少しだけ残っていた葡萄酒を飲み干して、わたしはお風呂へと向かったのだった。






 翌日はすっきりと目覚め、ランタンの仕分け作業に取りかかった。

 この日、やっと備品室3のものが仕分け終わった。


 すぐに使えそうなランタンは掃除をして魔石を入れ、整備済の棚に載せてある。ランタン係さんがすぐに持っていけるようにしてある。


 高品質のネジ穴がつぶれているものなどは未修理の棚に載せてある。ネジさえ外して魔石を交換すればすぐに直ると思う。

 ネジを外すのに時間がかかるから後回しにしてるんだけど。


 そして処分する用のランタンがなかなか多くて溢れかえっているので一旦溶かす作業を入れることにする。

 仕分けばっかりでも飽きるんだよ……。


 台車にランタンを載るだけ載せて細工室へ転がしていくと、黒い鳥が飛んできて台車にとまった。


「ヒェッ!」


『クワ?』


 カラス‼ やっぱりカラスだった‼

 お城の中だからって油断しちゃだめだった! 髪の毛を帽子に入れておくんだった‼


 わたしは髪と頭を押さえてしゃがみ込んだ――けど、一向に突っつかれない。


『クワックワ』


 顔を上げるとカラスは台車の上でとんとんと飛び跳ねていた。早く進めなさいよとでもいう風に。


 気分を損ねて攻撃されてもいやなので、おそるおそる台車を進めた。

 細工室に入り部屋のランタンの明かりを点けると、カラスはバサッと飛び立ちコートハンガーのようなスタンドにとまった。

 ああ、あれはとまり木だったんだ。


 前任のドマイス様のペットかな。――いや、亡くなられたのはもう何年も前のことみたいだし、そんなわけないか。

 おとなしくそこにとまっていてくれるなら、なんでもいいや。


 カバンから出した薄い魔鹿革のグローブをきゅっとはめて、まずは解体。

 割れていないガラスはまた使えるから外してトレイにとっておいて、基板と動力線は魔銀なので外して別のトレイへ。


 真鍮のフレームはそのままだとかさばるから適当に金切りばさみで細かくして坩堝るつぼに突っ込む。


 庭に面しているらしい窓を開けると、涼しい夜風が優しく入ってくる。これからちょっと暑い作業になるから、ちょうどいいな。


 大きい炊飯器みたいな魔石炉に動力となる魔石と火魔石を入れてから、坩堝るつぼを入れた。


 ランタンだったものがでろりと溶けていく。そして坩堝るつぼの中ではオレンジ色のマグマのようなものがグラグラとしている。プチ灼熱地獄。


「やっぱり、暑いなぁ」


『クワァー』


 カラスも暑いのか。

 ガスを抜くのにぐるぐるとかき混ぜて、ホウ砂も投入。


 溶けたら大きい坩堝るつぼ挟みでつかんで、ぐつぐつしている液をインゴット型へ流し込んだ。


 固まったら逆さにして魔石冷却槽にドボン。ジュワーとすごい水蒸気があがる。熱くて暑い。


 冷えて固まれば真鍮のバーのできあがり。

 溶かしている間も解体して次々と溶かし固めてしているうちに、お城の時計がコーンコーンと鳴った。





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