第7話 細工師の仕事 1


 夕刻。

 目を覚ますと、高い位置にある小さい丸窓から黄色い空が見えていた。


 明るい空を見ても死にそうな感じはしない。つらくもない。

 やっぱりハーフドワーフだから日の光にも強いのかも。


 カバンに入れておいた服に着替え、顔を洗って待っていると、シグライズ様がやってきた。


「いい夕だな、嬢ちゃん」


「いい夕ですね。シグライズ様」


 夕の挨拶を交わし、並んで廊下を歩いた。明かり取り用の小さな天窓からは、日の名残も消えていく群青色が見えていた。


 ハーフドワーフはたしかに光に弱くないかもしれないけど、でもやっぱり夜がしっくりくる。

 ドワーフの時間が始まる。


「嬢ちゃん、よく眠れたか? ――そうだ、寝床とかは大丈夫だったか? 帰る前に気付けばよかったんだが、ワシ気が利かなくてなぁ」


「いえ! ベッドがあったので大丈夫でした」


「そうか、それならよかった。必要な物があれば言うといいぞ」


 シグライズ様はこんな得体の知れないハーフドワーフに、とても親切だ。

 あ、もしかして魔王国の四天王って、親切四天王ってことでは?


 その親切四天王様に連れられて食堂へと行き、またごちそうしてもらった。お金はドワーフの国と共通だったから自分で払えるって言ったのだけど、遠慮するなと押し切られたのだ。なんてありがたい。


 今日は野菜と鶏肉が入ったお粥。麦っぽい穀物が入っていて、優しい味でほっこりする。寝起きの体に染みわたるというもの。


 食後のお茶を飲んでいると、暮れの刻の鐘が鳴った。

 さぁ仕事だとばかりに、周りで食べていた者たちのほとんどが立ち上がった。

 シグライズ様もよっこいせと腰を上げたので、わたしも続く。


 連れていかれたのは扉に執務室という札が掲げられた部屋で、昨日、目を覚ました場所だった。


「いい夕でございますな、魔王様、ミーディス。嬢ちゃん連れてまいりました」


「い、いい夕ですね、魔王様、ミーディス様……」


 入り口の方を向くように置いてある重厚な机に向かうのは魔王様。

 机にはうずたかく本や書類が積み上げられ、もう何日も帰らず仕事をしていますという雰囲気をかもしだしている。なんなら、書類仕事を具現化した呪いの魔物と言われても不思議に思わない。


「いい夕だな……」


 薄暗い部屋の中、低い声が響く。

 書類に埋もれるように挨拶する魔王様。怖い……。


 そのとなりの机で平然と仕事をしているのはミーディス様。

 手元の書類をさっと見ると、素早くチェックを入れて魔王様の机の山の一番上に載せた。


「魔王様、不備がございます。――二人ともいい夕ですね」


 こんな状況で氷の微笑を浮かべるミーディス様が一番怖い……。

 笑顔だけど、笑ってない。

 美女の氷の微笑。こころなしか部屋の温度が下がっている気もする。寒い。怖い。凍えそう。


「さて、ノーミィ・ラスメード・ドヴェールグ。見てもらいたい場所があります」


「ははは、はいっ……」


「そいじゃ、嬢ちゃん。ワシも仕事してくるわ。また後でな」


 あ、あ、親切四天王様っ……! 親戚のおっちゃん! 置いていかないでください! 怖いですっ……!


 そんなわたしの緊張をまったく気にしないでシグライズ様は去り、部屋を出たミーディス様はどんどん廊下を先に進んでいった。

 慌てて追いかけていくと、通路の先の奥まった場所にある扉の前で立ち止まった。


「ここが例の場所ですよ」


 ――例の場所?


 真っ暗な空間に入ったミーディス様は壁のランタンを点けた。

 照らされた部屋の中にあったのは、ずらりと並んだ棚。そこにみっちりと並べられたランタン、ランタン、ランタン、ランタン――――……。


「ここが、ランタンの墓場…………」


「ノーミィ・ラスメード・ドヴェールグ。あなたは、ここをなんとかできますか?」


「わ、わかりません……。手に取って、見てみないと……」


「では、存分に見てください。私は執務室におります。何か用があれば声をかけてください」


 ミーディス様はそれだけ言い残し、去っていった。

 ふぅと息をついた。ああ、緊張した。


 それにしてもすごい数のランタンだ。これ全部、魔石が切れて使えなくなったランタンなのか。


 昨夜、ミーディス様は『――ランタンの下側は開かず、ガラスを割って魔石を取り出した物は新しい魔石を入れても点きませんでした』と言っていたっけ。


 棚のランタンを一つ手に取り、眺めてみる。

 ガラスは割れてない。

 ひっくり返してみると、ランタンの下蓋には、ネジ穴が潰れた無残なネジが四つ留まっていた。


「……ええ……?」


 ネジを外せなかっただけだとか――⁉


 はっと違う棚にあったランタンを手に取ると、ガラスが割れていて、魔石留めが壊れ、動力線が切れていた。

 魔石を無理に外して、魔石留めと動力線を引きちぎったっぽい。

 動力線が切れてたらそりゃぁ新しい魔石を入れても点かないよ!


 ……もしかして、魔人のみなさんって不器用さん……?


 次々とランタンを見ていくと、何もされずに置いてあるものもあった。

 ガラスの向こうに、欠けた光魔石と白い粒が散らばっているのが見える。けど、ネジ穴も無事でガラスも割れてない。


 きっと、何かする前に諦めたんだな……。

 わたしは床に座り込み、肩掛けカバンから大きな紙とネジ回しを取り出した。

 紙を膝の上に広げて、四隅のネジを外して下蓋を開ける。パラパラと白く濁った結晶が落ちてくる。これが魔石クズ。


 使って魔力がなくなった魔石は、もろくなって端から欠けてくることがあるのだ。

 ガラスのついたフレームを、下蓋と基板から外した。


 ――これはずいぶん低品質なランタンだな……。お城で使うような質ではないよ……。


 ちゃんとしたものなら、下蓋、基板、その上に魔石に合わせて丸くくりぬかれた化粧板と、三枚重なっている。

 このランタンには化粧板がなく、ガラスから覗けば基板が丸見えな作りだった。


 化粧板はただの見栄えだけじゃない。魔石クズの受け皿にもなっていて、魔石クズが基板に落ちて接触不良を起こすのを防ぐ役割もしている。

 それがないということは、魔石クズで接触不良を起こす可能性が高いのだ。


 実際にこのランタンに使われている光魔石は、欠けてはいるもののまだ白く光り、もう少し使えそうだった。


 とりあえず一旦、魔石を魔石留めから外し、魔石クズは刷毛はけを使ってきれいに払った。ちょっと固まってる部分は硬めのブラシを使う。


 このような普通のランタンは、魔石とスイッチが一直線で繋がっている。明かり自体も、灯す動力も光魔石を使うので動力線の回路はシンプルだ。あまり気を遣わずに掃除もできる。


 留まっていた光魔石を磨き直す。魔力で固めながら磨くと、魔力が抜けた後も崩れにくい。魔力でコーティングするような感じ。


 きれいになった基板に光魔石を戻し、線を繋げてみた。

 うん、ちゃんと点くね。

 フレームを元に戻してからスイッチでもう一度確認してもちゃんと点いている。


 こういう掃除だけのものならすぐに直りそうだ。

 一つの棚のランタンを下から四段目まで全部下ろした(それより上は手が届かなかった)。


 ネジ穴がだめな物は一番下の段、ガラスが割れている物は下から二段目、どっちも大丈夫なものは下から三段目、直した物は下から四段目というふうに分けていく。


 分けてみると、外側はどこも壊れていない物が時々見つかった。まずはそれらの整備からやってしまおう。

 わたしはランタンを一つ手に取って、また床に座り込んだ。







### 発売日まであと26話 ###


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