第6話 魔王城ライフ 3


 食事の後、案内されたのは城の二階だった。


「魔王城は二階が寮になってんだ。ワシは城下に住んでるんだが、地方出身の者らはここに住んでるぞ」


 一階よりもさらに暗いので、さすがのシグライズ様も見えなくなったのだろう。腰に下げていたランタンを灯して手に持った。

 あまりに暗く人影もなく、不安になる。


 寮って言っていたけど、牢のまちがいでは……? まさか、牢に閉じ込めて働かせるのでは……?

 いやな疑惑とともに歩くことしばし。通路の最奥にあった扉に、シグライズ様は鍵を差し込んだ。


「ここが嬢ちゃんの部屋になるぞ」


 扉が開き、掲げられたランタンの明かりに照らされたそこは――まぁ、なんということでしょう!


 天井は低く、ならされた土壁がぐるりと囲んでいます。


 ところどころに埋め込まれたいかめしい銅板レリーフには「千キロンの鍛金たんきんも、一打から」「納期と品質」「掘るか死か」と素晴らしい言葉が刻まれており、住む者の心を癒やしてくれることでしょう。


 使いやすそうな小ぶりの金床かなとこは、仕事の後のちょっとした息抜きの作業にぴったり。


 ドワーフであれば誰もが喜ぶであろう家が、そこにはあったのです――――。


「実家みたいです!」


 とても魔王城の一室には思えない。どこからどう見ても地下にあるドワーフ村の家だ。


「ここはなぁ、じっちゃんが作った部屋なんだぞ。魔人の部屋は天井が高くて落ち着かんってよく言ってたっけなぁ。天井を下げて土で固めて、部屋が足りないって自分で壁をぶち抜いたって話だ。いくら部屋が足りないからって自分で掘って繋げないよなぁ?」


 前世を思い出した今、シグライズ様があきれる気持ちはよくわかる。

 なのにすっかりドワーフ暮らしが染みついたわたしの心は、先代様ナイスと喝采するのだ。


「わたしも掘るの好きですよ」


「……ドワーフってのは変わった趣味してんだなぁ」


 かわいそうな者たちみたいに言われたのはなぜなのか。いや、わかるけど!


 シグライズ様は上体をかがめながら部屋へ入った。ドワーフのわたしとでは頭三つ分くらい違うから、この天井の高さでは窮屈だろう。

 しばらく誰も住んでいなかったというわりに、部屋はとても綺麗だった。


「……中も綺麗ですね」


「ミーディスが掃除係を定期的に入れていたみたいだぞ。いつか来る細工師のためにな」


「そうなんですか……」


 すごく期待されているような気がする。

 わたしで大丈夫なのかと思う気持ちもある。


 でも、ランタンの使い捨てはランタンがかわいそうだ。

 高いお金で買う魔人たちもかわいそうだし、何より作った細工師は悲しいと思う。

 少なくともわたしは悲しい。一生懸命作ったランタンが、魔石が使い終わったら捨てられるなんて! 壊れにくく丈夫にと手をかけて作っているのに!


 わたしはカバンからランタンを一つ取り出した。

“光”と書いてある方へスイッチを入れると、ほんのり薄黄色の明かりが灯る。


「嬢ちゃん、そのランタンは普通の物とは違うな? 光が目に優しいぞ」


「……暁石あかつきいしという石を使っているんです」


 一般的なランタンは光魔石を使うが、わたしが作ったこれは暁石の持つ光の性質を利用したものになる。弱い明かりだけれども、遠くまで照らしてくれるのだ。


 部屋の中央にある炉と金床の他に、作業によさそうな大きな机まで置いたままになっている。奥の壁には向こうへと続く入り口が開いていた。


 道具だけが置いてあり、先代様が暮らしていた気配はもう残っていない。

 でも不思議とさみしい雰囲気はなく。

 ただ、とても懐かしい感じがした。






 明けの刻の鐘が鳴った。

 山に囲まれた魔王国では夜が明けるのはもう少し後だと、シグライズ様が教えてくれた。


「酒を飲まなかった朝なんていつぶりだろうなぁ。じゃぁな嬢ちゃん。夕刻にまた来るからなぁ」


 シグライズ様はそう言って帰っていった。

 わたしたちドワーフと同じで魔人も夜行性のようだ。明けの刻の鐘が鳴ると、みなそろそろ寝る支度をする。


 寝られる部屋はあるかな。

 奥の扉を開けると小さいダイニングキッチンがあった。水回りがあって、その先にもう一つ部屋があるらしい。


 一つ一つ見て回る間に、わたしはすっかりここが気に入ってしまった。

 初めての場所なのによく知っている場所のようだ。


 一番奥の、小さな丸窓が一つ付いた部屋が寝室。日の光がほとんど入らなそうな作りにほっとする。


 置かれていたちょうどいい大きさのベッドは、手入れをされていたみたいでとても綺麗だった。

 ありがたく先代様のものを使わせてもらうことにしよう。シーツと毛布をカバンから出してセットした。


 それから水回りの浴室へ戻り、大きなのすぐ上にある蛇口をひねってみた。ちゃんとお湯が出る。お掃除の人が使っていたのかな。水と火の魔石が残っていたみたいだ。この世界は魔力のおかげでなかなか便利なのだ。


 父ちゃんと暮らしていた家も、同じようににお湯を溜めて入るお風呂だった。狭いけど落ち着くんだよね。


 お湯を半分くらい溜めて、数日ぶりのお風呂に入った。

 馬車に乗っている間もタオルを濡らして体をふいていたのだけど。やっぱりお風呂に入るのとは全然違う。


 石鹸はドワーフ印のを持ってきている。

 前世にはあったシャワーという便利なものはないから、せっけんで洗った頭は蛇口から出るお湯をかぶって流した。体も洗ったし、すっきりだ。


 わたしは肩掛けカバンから、両手に少し余るくらいの四角い扇風機のような物を取り出した。

 ダイニングのテーブルの上に置きスイッチをオンにすると、温かい風が流れる。


 これは風動機というものをわたしが改造して作ったもので、温風乾燥機と名付けた。


 地下の家では洗濯物がなかなか乾かないため、空気を循環させるために風動機をどの家でも使っていた。前世でいうところのサーキュレーターのようなものだな。

 それに暖房の役割を持たせたのがこれになる。ようするにファンヒーターってことだ。


 元の風動機より風力を落としてあるけど、これの前に髪を垂らしてタオルで拭きとればわりと早く乾くし、何より温かくて湯冷めしないのがいい。


 家に来た村の者に、こんな風力でなんの役に立つんだって鼻で笑われたっけ。気温が低くて洗濯物が乾かない時も、ちょっと暖かいだけで乾きがよくなるのにね。思えば村のドワーフたちは新しい物や慣れない物には否定的だったなぁ。


 髪が乾いたら歯磨き草をもぐもぐと噛んで数日ぶりのベッドへ。慣れない寝床もなんのそので、わたしはすぐに寝てしまった。





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