第5話 魔王城ライフ 2


 石造りの部屋を出ると、廊下も見事な石造り……っぽい。

 壁にかかったランタンの間隔が広過ぎて、暗くてよく見えない。


 もう少しランタンが掛かっていてもいいのにと思ったけど……そうか。ランタンが足りないからだ……。

 魔王城の涙ぐましい節約術を垣間見た気がする。


「ここは魔王城だぞ。立派なもんだろう?」


 シグライズ様が振り向いた。

 背後からの微かな光に照らされ、シルエットになるもじゃもじゃ頭とツノ。相当怖いんですけど……。


「ははははい……」


 地下に住む夜行性のドワーフの目は、暗いところでもわりと見える。だけど、暗過ぎれば当然見えない。日の光に弱いってだけで、明かりは普通に欲しい。

 きっと魔王城は立派だし、シグライズ様はそんなに怖くないはず。多分……。


「この城もドワーフたちが建城に携わったって聞いているぞ。物を作るのが上手い種族なんだなぁ」


「そうかも、しれないです」


「嬢ちゃんはあまり好きじゃないのか?」


「好き……です」


 好きだけど、父ちゃんにしか褒められたことはなかった。

 いつも仕事で作っていた細工品は、村では出来が悪いと言われていたし、改良した道具も馬鹿にされていた。

 今思えば、そんなことなかったよ。出来だって悪くなかった。


「まぁ、好きならいいさ。そのうち技術も追いついてくる」


「……そういうものですか?」


「そういうもんだ。武器が好きで好きで振りまくってたら、魔王国軍四天王序列一位になってたワシが言うんだから間違いない!」


 ワハハハハハとシグライズ様は笑うけれども、それはなかなか特殊なのでは……。

 でも、そんなわけないだろうと聞き流してしまうのも、もったいない言葉だった。好きで作って作って作りまくれば、もしかしたら何かが見えるのかもしれないし。


 連れられてやってきたのは城内の食堂だった。

 入り口近くの壁側には厨房に面したカウンターがあり、薄暗い食堂へ明かりを放っている。横長のテーブルがいくつも並ぶ広い空間は、奥の方がよく見えないほど明かりが少ない。


 そんな中で座っている者がいるテーブルにだけ、ぽつりぽつりとランタンが灯り、魔人の姿を浮かび上がらせていた。仕事の後のどこかまったりとした雰囲気が流れている。


 言われて椅子にかけて待っていると、シグライズ様が大きなトレイを手に席へ戻ってきた。


「ほら、好きなだけ食えよぅ」


 どんとテーブルに置かれたトレイには、大皿の料理が二皿と金属製のゴブレットが二つに取り皿。


 その中で圧倒的存在感を放っているのは、串に刺さったお肉が山と積んであるお皿だ。皮の感じが何かの鳥肉っぽい。わたしの口には余りそうな大き目の三切れが刺さって、照り照りとランタンの光を反射している。


 そのとなりに並べられたのは、焼き目のついた野菜の串が彩りよく盛られたお皿。お行儀よく玉ねぎと小さいピーマンらしきものと推定ナスが順番に刺さっている。玉ねぎはドワーフ村でも食べていたけど、緑と紫の野菜なんて前世以来だ。他にきのこばっかり刺さった串もあった。


 こっちのお皿はお肉ほど山盛りじゃなくて、思わず笑ってしまう。シグライズ様、見た目を裏切らないな。


 赤茶色に輝く銅製ゴブレットに入った飲み物は透明で、底の方に黒っぽい実がころころと沈んでいるのが見えている。


 ちゃんとした食事は数日ぶりだ。

 タレが焦げた香ばしい匂いがお腹をくすぐって、たまらないです!


「あの、ありがとうございます……。いただきます」


 遠慮しつつもお肉の串を手に取った。タレがとろりと垂れそうになるのを、横に構えてかぶりつく。ぷりぷりとした身から肉汁がじゅわっと口に広がった。このジューシーさは、きっと鳥のもも肉だな。

 見た目を裏切らない照りは甘じょっぱくてテリヤキソースのよう。ちょっと焦げたところが香ばしく、これ、ほぼヤキトリだよ!


「シグライズ様、お肉美味しいです!」


「そうか、そりゃよかった。北山の里の鶏らしいぞ。いっぱい食えよぅ」


 噛みごたえもしっかりあるから、里で放し飼いされているのかも。

 美味しい脂が残る口に、野菜も頬張る。タレはなくて素材そのままの味だけど、濃いタレの鶏肉と交互に食べるならちょうどいい。ほどよい柔らかさの玉ねぎはほんのり甘かった。


 ひさしぶりの緑の野菜はやっぱりピーマンで、小さいのが丸のまま刺さっている。軽く加熱してあるだけでかなり生に近い。パリッとした食感とこの苦味がいいんだ。脂の多い肉と合う。

 ドワーフの国では根菜しか食べなかったから、緑の野菜は久々でうれしい。


 そして串の一番下のナスらしきもの。前世ではナスが好物だった。どきどきと期待しながら厚めの輪切りに歯を立てると、皮はぷちっと噛み切れ黄色の実はとろっと。やっぱりナスだよ! 甘いよ!


 この野菜たちはそれぞれの素材に合わせて加熱してから、串に刺してあるみたい。しゃりっとぱりっととろっと絶妙な食感。


 口がさっぱりしたらまた鶏の串に手が伸びる。

 こってりとしたお肉とタレを楽しんで今度はゴブレットに口を付けると、中身は山ぶどうの果実水だった。ぶどうの香りが鼻を抜ける。ほどよい甘みと酸味が爽やかで、お口さっぱり。


 果実水は村でも飲んでいたけど、実を水に漬けておくだけの薄い香りと味のものだった。これは蜂蜜入りで山ぶどうの味も濃い。美味しくてごくごく飲んでしまう。


 でも――お酒でもいいんですよ? ドワーフの命の水ですよ? ほら、あちらの魔人さんが傾けるビン、赤くて素敵なものが見えてるじゃないですか?


「なんだ? 向こうのテーブルばっか見て。――お、葡萄酒か。嬢ちゃんも酒飲みなのか? じっちゃんも酒が好きだったなぁ。ってか嬢ちゃん、まだ子どもだろう?」


「成人してます! お酒、飲めますから! すごくいっぱいたくさん飲めます!」


「わかったわかった。今日は遅いから、また今度な」


 その後もシグライズ様はなんやかんやと話しかけてくれた。父ちゃん、いや面倒見がいい親戚のおっちゃんみたいな感じ。

 楽しく話しながら美味しいものを食べたので、席を立つころにはすっかり緊張がなくなっていたのだった。







### 発売日まであと28話 ###


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