第4話 魔王城ライフ 1
前世、日本でのわたしは貴金属加工の会社に勤めていた。
ジュエリー制作現場での作業は、ピアスのポストを立てたり、ペンダントトップの丸カンをロウ付けしたり、リングの石留めをしたり。
世情もあって材料は安価な
憧れて入った業界だったし好きな仕事だったのに、毎日毎日朝早くから夜遅くまで機械のように作業してノルマを終わらせるだけの生活で疲れ切っていて。
帰宅の途中、プツッという音とともに視界が暗転したのが最後の記憶だ。
そして、ドワーフやら魔人やらの種族がいて魔法がある世界に転生したと。
異世界でファンタジーなハーフドワーフなんてものに生まれついたというのに、またブラックに働いていたってどういうことなの!
割り振られた仕事を村長に納品する形だったのだけど、カットして磨いた魔石の数はわたしが一番多かった。作ったランタンだって一番綺麗で数も多かった。
なのに稼ぎは雀の涙だったな……。
冷静になった今ならわかる。同じように働いていたはずの他の家はそんなに苦しそうじゃなかった。
ようするに、安く働かされていたってことなのだろう。
◇ ◆ ◇
「――で、最高細工責任者殿、名はなんというのですか? 私はこの魔王国の宰相、ミーディス・ウェタ・ヴェズラン・ゴールディア。ミーディスで結構ですよ」
モノクル美女は宰相だった……。
宰相ってすっごい偉い人だ。王様の次くらいに偉い人。日本の会社で言えば専務取締役とかそんな感じ。
村の学校の知識しかなければ知らなかっただろう。でもわたしには前世の知識があった。恐れ多過ぎて知らない方がよかった。
小心者のハーフドワーフはすでにブルブルしているというのに、灰色もじゃもじゃまで続けて話してくる。
「ワシは魔王国軍の長であり四天王序列一位、シグライズ・ストラ・ライテイ・ドラゴリアだ。シグライズでいいぞ。そしてこちらにおわすのが我が国の王、アトルブ・コン・フェザ・マジカリア様である」
序列一位! 四天王のうちでも最弱じゃないどころか、軍のトップですと⁉
さらに国の王! 国王! 魔王様‼ 羽が付いてる! コウモリみたいな大きいやつ!
もうどうしたらいいのかわからない‼
村では誰も相手にしてくれなくて、まともに話できたのは父ちゃんだけだった。
けれど、前世では普通に話せていたよなって思い出した。このお偉い方々と同じ職場で働く流れみたいだから、コミュニケーションとらないと。相互理解を深めるためにも恐れることはない、話せばわかる!
自分の心を奮い立たせて前方を見上げた。
ツノ、ツノ、ツノ、羽。
やっぱり無理‼ 怖い‼ 助けてもらってありがたいけど怖い‼
ツノと羽だけでも怖いのに、宰相に四天王に魔王だよ⁉ いっしょに働くなんてないでしょ! 仕事で失敗したらぺろりじゃない⁉ それとも油断させて太らせてぺろり⁉
そうだ、死んだふりをしよう。この状況を切り抜ける術を、わたしは持たない。使い物にならないと城外に捨てられたら逃げよう。うん、それだ。
一瞬のシミュレートの後、床に倒れ込もうとした時。
前に出てきた魔王様に腕をつかまれた。
「おぬしの名は」
「あ、あ、わ、わたしは、ノーミィです……」
「
「大変よろしいかと思います、魔王様。――では、小さき者。今後はノーミィ・ラスメード・ドヴェールグと名乗りなさい」
「ははははい……ありがとうございます……」
わたし、流されました。こんなに恐ろしいと思っているのに!
前世でも、長いものに巻かれて流れに流され生きてきた。一回生まれ変わったぐらいじゃ変わらないものだな。
でも落ち着いて考えてみれば、悪くない話だった。
住むところも行く当てもなく、どうしたらいいのかも考えていなかったのに、細工師として雇ってもらえるなんて。大変ありがたいことだよ。職場のみなさんがちょっと怖いけど。
立派な名をもらい、魔王国の一員となることが決まった。
ノーミィ・ラスメード・ドヴェールグ。……ちょっと長いな……。覚えてられるかな。
宰相ミーディス様の説明によると、最高細工責任者は城内の細工品の管理・修理を一手に担う。
最高細工責任者とはいうものの細工師は一人なので、全部自分でなんとかせよということらしい。
作業のスケジュールも自分で組んで自由にやっていいみたいで、やりがいがありそうだ。ちょっとやる気になってきたよ。
お給金は週払いで、
暦は六曜五週で一か月。なので、一か月で大金貨一枚になる。ドワーフの村では父ちゃんと二人で働いてもその半分にもならなかったから、すごくいい待遇だ。
暦もお金もドワーフの国と同じでよかった。やっぱり取り引きがある国同士は、言葉や曜日が共通している方がいいんだろうね。
ざっと説明し終えて、ミーディス様は腰に付けていた鍵束から鍵を一本外し、四天王の一角シグライズ様に手渡した。
「住むところも前任者と同じところでいいでしょうね。シグライズ、案内を頼みます」
「それでは我もいっしょに――」
「魔王様は仕事が残ってらっしゃいます」
「ひどい……」
「ひどいのはどちらですか。私だって町に飲みに行きたいというのに……」
ミーディス様に連行されていく魔王様の、小山のようなうしろ姿を見送った。
「――おお、そうだ。ほれ」
シグライズ様がわたしの頭にぽんと何かを載せた。
手に取ってみると、村を出た時からかぶっていたはずのドワーフ帽だった。
「倒れていたおまえさんの近くに落ちてたんだ。嬢ちゃんのだろ?」
「は、はい。あ、ありがとう、ございます……」
とんがりがくたりと垂れたドワーフ帽を、しっかりとかぶった。でも髪は中に入れなかった。
魔王国のお偉いさんたちの髪色はカラフルで、わたしの金色の髪も何も言われなかったから。
「さ、嬢ちゃんも行くぞ。腹、減ってるかー?」
「え、あ、はい……。ちょっと……」
「よーし、おっちゃんがおごってやるぞ!」
ニコニコするシグライズ様につられて笑ってしまう。さっきまで怖いと思っていたのに、わたしというやつはなんと現金なのか。
誰かがおごってくれるなんて、前世の上司以来のことだった。
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