第3話 地下の国から 2
荷馬車はずっと地下を走っていた。進んでも進んでも地下の国だ。
陽に弱いドワーフたちが暮らす地下の国は、いくつもの村や町から成っていると村の学校で習った。
地上の森に行く他は、となり町にしか行ったことはなかった。だからわたしは地下がこんなに広いことを知らなかった。
荷馬車は時々休憩所に停まったので、その隙に降りて手洗いへ行った。
お腹が空いたらカバンの中からパンや木の実を出して食べる。
朝になると長く停まって、夕になると動き出すというのに合わせて寝たり起きたりした。
それを三回ほど繰り返し。
ある時、荷馬車は坂をぐんぐんと上りだした。
幌のうしろから転がり落ちないように荷馬車の縁をぎゅっとつかむ。
上って上って、このままどこに連れていかれてしまうのだろうと不安になったころ、ゆるやかに平坦な道に戻った。
馬車の音が変わった。
幌の隙間から覗くと、闇だった。これは地下の暗さではない。もっと広く奥まで暗い、透明な闇。
どうやら外に出たようだ。
そのうち荷馬車はゆるゆると停まり、声が聞こえた。
「――手形を見せろ」
「――これだ」
「――ドワーフの国ダサダサ村1の3だな。通ってよし!」
聞こえたのは共用語だった。
共用語はとなり町へ買い物に行った時に使っていた。ドワーフ語も村や町で言葉が違うから共用語というのを学校で習うのだ。
ここがどこかわからないが、言葉が通じるようでよかった。
再度走り出した荷車のうしろ側から覗くと、大きな壁と門が遠ざかっていくのが見えている。
どこかの国か町の中に入ったということかもしれない。
通りをゆく者が見え、荷馬車のスピードが落ちてきたのを見計らってわたしは荷車から飛び降り――損ねた。
縁に足が引っかかり、頭から地面に落ちる――――‼
――――ガッ。
衝撃とともに、意識が途切れた。
◇ ◆ ◇
ひどい夢だった。
目覚めかけていて、これは夢だって思いながらそれを見ていた。
自分がドワーフだとかいうおかしな夢――いや、ドワーフではなかった。
亡くなる間際の父ちゃんに、お前はドワーフじゃないんだと衝撃の告白をされた。
驚きのあまりそばにあった扉の中に入ると、真っ黒な影たちがみっちり詰まった電車の中だった。
そうだ会社へ行くんだと、押しつぶされる苦行に耐えながら会社に行き、ピアスのポストをロウ付けしてロウ付けしてロウ付けして、やってもやっても終わらなくて、村のドワーフたちにまったく仕事ができない役立たずと石をぶつけられて――。
……そうだ。わたしは前世を生きていた。そして違う世界に転生したってことだ……。
日本、前世、輪廻転生。
わたし、ノードワーフ、イエスハーフドワーフ。
パンドラの箱の蓋が開け放たれたように情報が吹き出し氾濫して、そのうちすーっと波が引くようにあるべき場所へと収まっていく。
――わたしはノーミィ。ニホンの馬車馬出身のハーフドワーフ。過労で倒れドワーフの国からやってきた。
ん⁉ 何それ⁉⁉⁉⁉
はっと目を覚ますと、頭にツノを付けた大きい者が覗き込んでいた。
「おお? 嬢ちゃん、起きたか?」
「……ヒェッ‼」
ここが地獄か!
濃灰色のもじゃもじゃ頭から、まっすぐ上を向いたツノが左右に生えている。
これは鬼。まごうことなき灰鬼。もしくは獄卒。日本の昔話に出てくるやつ。文明的な革鎧を着ていても、だまされませんよ!
抱き上げられていたのをあわてて降りようとすると――頭にするどい痛みが走った。
「……いたたたたた……」
そういえば、馬車から華麗に飛び降りようとして、無様に頭から落ちたんだった……。
「治癒が先ですね。シグライズ、ソファに下ろしてください」
薄暗い部屋の中は応接間か何かなのか、重厚なテーブルに向かう革張りソファへ下ろされた。
灰鬼の代わりに今度は、モノクルを目元にかけた美女が覗き込んでくる。
ブラックのパンツスーツに身を包み、切れ長の鋭い目が見下ろしている。敏腕秘書か切れ者執事といった風。
深紫色の長い髪の前側をオールバックにしていて、ひと房だけ落ちている。その頭にもやっぱりツノがある。耳の上あたりから生え、少しカールして後ろ向きになっているのがお洒落な感じ。でも、やっぱり怖い。
「あなた、言葉はわかりますか?」
「嬢ちゃんはノームかもしれん。ミーディス、ノーム語わかるんか?」
「わかるわけがないでしょう。ノームは妖精ですよ」
「……ノ、ノームじゃないです……。言葉、わかります……」
「それはよかったですよ。血を流して道に倒れていたあなたを、そこのシグライズが拾ってきたのです。今、怪我を治します。少し痛いかもしれませんが、我慢してください」
モノクルの美女が、人差し指をこちらに向けた。
「――ぅ」
一瞬ずきっと痛かった。
けど、じんわり温かくなって痛みが引いていった。頭の中もすっきりした気がする。
「ま、魔法……?」
なんということだ。これ、本物の魔法だ……。
わたしにも魔力はあって、魔石磨きに魔力を込めたりしていた。けれど、魔法なんてドワーフの村にはなかった。
「ええ。治癒魔法は初めてですか?」
うなずくと、大きい者たちはそろって首をかしげた。
「大きさは140センツくらい――ドワーフに近いですね。魔法に慣れていないのもドワーフならあり得ることです」
「ドワーフのじっちゃんはもちっと小さかった気がするが、ワシは一人しか知らんからなんとも言えんなぁ」
「私もそんなに会っていませんよ。ドワーフはなかなか国から出ないですからね。ですが――この小さき者は、他のドワーフと色や髪が違います」
そうか、ドワーフじゃない者たちから見ても、わたしはドワーフっぽくないんだな……。
「……ハーフ、ドワーフです……」
「ハーフドワーフですか。――職はなんですか」
「え、職……?」
そこは、「なんでこの国にいるんだ」とか、「なんのハーフだ」とか、聞くところでは……?
「あ、え、と……石が掘れます。あの、細工師です……」
「採用!」
「はい⁉」
「おい、ミーディス。そんな勝手に決めたらだめだろうよ。嬢ちゃんにだって親とか仲間とかいるかもしれんだろうが」
「魔王国には珍しいドワーフが複数いたら目立つでしょう。ここまで情報が入ってくるはずです。ですが報告は入っていません。ということは、いないということですよ。――小さき者、違いますか?」
「あっ、違いません……わたしだけ、です……」
「採用!」
「だから落ち着けって。嬢ちゃんが一人だとしても、事情も都合もあるだろうに」
「だからとて、このままランタンの墓場ばかり増やすわけにいかないのですよ!」
ランタンの墓場って何⁉
知っている言葉と知っている言葉が合わさっても、知っている言葉にならないなんて⁉
ランタンは生き物じゃないし、死なない。
意味がさっぱりわからないという顔をしていたのだろう。
モノクルの美女が、ずいっと顔を近づけた。
「我が魔王国では今、ランタンの光魔石が切れたらランタンを買い換えるのです」
――――魔王国。
ここは魔人たちの国、魔王国らしい。
この世界の種族については村の学校で一通り習っていた。魔人は魔法が得意な種族だ。魔力が豊富な、魔の山に棲んでいる。ドワーフの作る細工品の取引相手としては、獣人の国をおさえてトップ。
っていうか、え? 魔石が切れたら、ランタン自体を買い換える……?
「え? 光魔石を取り換えるのでなく……?」
「ドワーフの爺殿が亡くなってから、それをできる者がいないのです。いえ、私たちだって努力はしました。ですが、ランタンの下側は開かず、ガラスを割って魔石を取り出したものは、新しい魔石を入れても点きませんでした。あれらはドワーフのみが換えられる技が使われているのでしょう。ドワーフの商人たちは値をつり上げ、ランタン代はふくれあがり、国庫は真っ赤な
火車猫とは大きい猫の魔物で、大猪よりも大きい。
そんなのにかじられたら、金庫だって壊れるかもしれない。怖っ!
ドワーフのがめつい商人に足元を見られてふんだくられ、火車猫に金庫をかじられ、魔王国はふんだりけったりらしい。
ツノが怖いと思っていたけど、なんかだんだん気の毒になってきた……。
「どどど同族の非情なふるまい、たた大変申し訳なく思います……」
「そう思いますか。でしたら申し出を受けなさい、小さき者。我が魔王国の最高細工責任者の席を用意しましょう。――それで構いませんね? 魔王様?」
魔王、様――――?
大きい者たちが、背後を振り向いた。
すると真ん中がぽっかり空いて、二人のうしろにもう一人が見えた。
部屋にはわたしを入れて三人しかいないと思っていたら、もう一人いたのだ。
こんな大きい者がいたことに気付かなかったなんて。
片方の目にかかる髪は黒々とした闇色をまとい、見えている瞳は赤色だった。その頭には天へと向かう立派な長いツノが生え、背にはコウモリのような形の大きな黒い羽。ひと際背の高い体は黒い服に包まれ、小山のようだった。怖い……!
魔王様と呼ばれたとにかく大きい者は、重々しくうなずき低い声で言った。
「採用」
なんだかよくわからないけど、ドワーフ村を追い出されたハーフドワーフ、再就職決まりました…………?
### 発売日まであと30話 ###
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