第一章 魔王城を明るくします!

第2話 地下の国から 1


「――――ノーミィ…………今まで黙っていたが、おまえは本当はドワーフではないだよ…………」


「えええええ⁉ なんて⁉」


 布団の中でぐったりと目を閉じ、もう今にも死の館に召されてしまいそうな父ちゃんが、ここに至って大変なことをぶちかました。


「わたし、父ちゃんの子じゃなかっただか⁉」


「いや、父ちゃんの子だ…………だからハーフドワーフちゅーことになるだな…………」


「――ハーフドワーフ……」


 わたしは父ちゃんの手を握りながら、呆然とつぶやいた。


 なんとなくみんなと違うなとは思っていたのだ。

 地下に住む他のドワーフたちの髪は、赤茶や焦げ茶色など多少の違いはあるがとにかく茶色だ。


 そんな中、わたしの髪は金色だった。

 お宝だと思われて狙われるからって、家の外ではずっと帽子をかぶっているように言われていた。


 それに、背が低くがっちりとした体型のドワーフたちの中で、わたし一人ひょろりと細く背が高かった。


 醜い子と言われろくに口をきいてもらえなかったが、まさか種族が違うとは。


「か、母ちゃんは⁉ 母ちゃんは何だっただ⁉」


「わからんだ……聞いたことなかっただ……父ちゃん、母ちゃんがなんでもよかっただ…………でも、可愛かったから、ノーム様だったんじゃないかと思うだよ…………」


「こんな時にノロケだか⁉」


 小さいころに亡くなった母ちゃん。

 微かに記憶に残る姿は、金髪で細くてたしかに可愛かった。

 でも、間違いなくノームではない。ノームは生き物ではなく妖精だ。


「……これでもう、思い残すことはないだ……ああ、母ちゃんが迎えに来ただ…………」


「と、父ちゃん、気をしっかり持つだ! もう少しがんばればよくなるだよ!」


「じゃあな、ノーミィ。幸せにな…………」


「父ちゃん⁉ 父ちゃん‼‼ ――――――――うわぁぁぁぁぁぁぁん‼‼」


 父ちゃんは死の館に召された。

 地上の森に魔石を採りに行った帰りに、大猪に襲われ噛まれたのだ。逃げのびて家に帰ってきたものの高熱が下がらず、こんなことになってしまった。


 わたしはしっかりとドワーフ帽をかぶり、村長のところに行って泣きながら報告した。すると、嫌そうな顔をされたが、お墓は村の共同墓地を使っていいと言われた。


「おまえの父さんは代々この村に住む者だったからいいが、醜いおまえはここにはいらない。明日の朝までに家を出る準備をしておくだよ」


「……え……家を、出る……? じゃ、わたしはどうなるだ……?」


「そんなもの村から出ていってもらうに決まってるだ」


「そ、そんな…………」


 石掘りはできるし魔石磨きの仕事もできる。細工品だって作って納品できるからこのまま置いてほしいと言いたいのに。

 口は震えるばかりで、とっさに返すことができない。


「で、できる……だ……。この、まま、ここに……」


「うるさい! おまえの住むところはないだ! さっさと戻って荷物をまとめるだ! ――おいおまえたち! これをつまみ出すだよ!」


 外に投げ捨てられて、泣きながら家に戻った。






 家に戻ったわたしは、まずは父ちゃんを手押し車に乗せて墓地まで連れていき、空いていた石のお墓の中に寝かせた。

 村の中では一番非力だが、このくらいはできるのだ。


 石の蓋を置き、その上に父ちゃんの名前を彫っていく。

 タガネにコンコンとつちを打ちつけながら、父ちゃんと母ちゃんのことを思った。


「……父ちゃん、わたし、村の外に出ないとならないみたいだ……。もうここには来れないかもしれないけど、死の館で母ちゃんと仲良くするだよ」


 慌ただしい別れを済ませた。

 母ちゃんの墓は地上の森の中にある。行くのは難しいかもしれない。


 帰りにもう一度、村に置いてもらえるようお願いしようと村長の家の前まで行くと、自分の話をしているようだった。


「――これでやっとあの厄介者を追い出せるだ。家も一軒空くし、いいことばかりだ!」


「オイラたちの住むところができるだか⁉」


「そうだ。可愛い息子夫婦に家をやるだよ!」


「あそこは代々あの家のものじゃなかっただか?」


「ドワーフじゃない者は、この村に住ませられないに決まってるだ」


「そうだそうだ」


「でも、恨まれたら何されるかわからんだよ。なんの種族が混じっているのかわからんだし」


「朝になって地上に追い出せばドワーフなら陽の光で死ぬださ。もし生き残っても父親と同じ大猪に襲われるしかない。どっちにしろ生きちゃいられないだよ」


「そりゃ、ちがいねぇだな!」


 ――ワハハハハハ……。


 村の者たちの笑い声が聞こえた。


『じゃあな、ノーミィ。幸せにな…………』


 父ちゃんの最期の言葉が耳によみがえる。

 心臓がぎゅーっと痛くなった。

 胸を押さえて、家まで走った。

 涙は出なかった。


 早くここを出なくてはならない。

 村から出るのは怖いが、死にたくもない。


 わたしは急いで家を出る支度を始めた。

 魔石掘りの時に使っていた、母ちゃんの形見の肩掛けカバン。これは血族で受け継がれるらしく、わたししか使うことができなかった。しかもおかしいくらいに、なんでもいくらでも入った。その中に、持っていく物を入れていく。


 仕事道具、残っていた魔石、自分で作った細工品、素材、服、両親の形見、代々受け継がれてきた数少ない装飾品。

 必要な物と、どうしても持っていきたい物だけカバンに入れて家を出た。


 今は夕刻。

 夜になったら、掘り仕事や狩り仕事の者たちは地上の森へ出て行き、荷運びの者たちは荷馬車を走らせる。


 わたしは誰にも見られないように周りを気にしながら通りを歩いた。

 そして村の一角に準備されていた荷車の幌の中へ忍び込んだ。さらに中の荷に掛けてあったシートの下へ潜り込む。


 ドワーフの作る武器や道具、加工した石などは、他種族に人気がある。

 だから、他の国と取り引きするための荷車があちこちに停まっているのだ。

 人間の国、獣人の国、魔人の国。――エルフの国とは取り引きしていない。


 この荷馬車がどこへ行くのかはわからないが、陽の光や森の魔獣に殺されるよりはきっといい。

 もし母ちゃんの生まれた国なら、わたしと似たような者たちが暮らしているかもしれない。

 そこでなら、もう醜いと言われないかもしれない。


 息を潜めて待っていると、周りが騒がしくなりナイトホースのいななきが聞こえた。

 そして荷馬車は動き出した。





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