【2巻9月10日発売】 魔導細工師ノーミィの異世界クラフト生活 ~前世知識とチートなアイテムで、魔王城をどんどん快適にします!~

くすだま琴

プロローグ

第1話 魔王城細工室の日常


『魔石のお届けに上がりました』


 扉越しの声に、わたしは顔を上げた。

 金属の部品を広げていた机から慌てて立ち上がり、細工室の扉を開ける。


 ランタンに照らされた明るい魔王城の廊下。

 文官の制服を身にまとったお姉さんが、にこやかに立っていた。足元の台車には千両箱のような魔石箱が積まれている。


「ありがとうございます!」


 扉の下にドアストッパーを差し込んで、頑丈な木の扉を全開にした。

 目の前で一つ一つ魔石箱が降ろされていく。


「火魔石が二箱、水魔石が二箱、風魔石が一箱、無属性魔石が……七箱ですね」


 文官さんの声と注文書の控えを照らし合わせ、チェックを入れた。


 ――よし、まずは注文分を全部仕上げてしまって、あとはいろいろ改良したいものや試してみたいことがあるんだよなぁ。うーん、どれから作ろう――⁉


 うきうきする気持ちを抑え、差し出された紙に受け取りのサインをした。


「はい、注文通りです。いつもありがとうございます」


「こちらこそ細工師さんにはいつも便利なものを作ってもらって、大変感謝しているんですよ」


 笑顔で返された去り際の言葉が恥ずかしくもうれしい。締まらない顔で魔石箱を持ち上げた。

 魔石箱は小さいけれども、中には石が詰まっているので結構重量がある。

 まぁでも、一応ドワーフの血を引いているので、このくらいは軽いもんですよ。


 三回に分けて運び、すぐに使う分は棚の手前側に置いてあるカゴに詰め、在庫分はそのまま棚に収めた。


 必要なものがきちんと不足なく並んだ棚の、なんと気持ちのいいことでしょう!


 部屋をぐるりと見回せば、奥に設置された大型の機械は整備されて磨かれており、いつだってすぐに使える。ドライバーやハサミやタガネなどの大事な道具たちも、手入れをされて使いやすい場所にそれぞれ置いてある。


 ここ魔王城の細工室はわたし一人だけの職場で、わたしの城だった。


 前世のように気を遣う上司も同僚もいないから、気楽に好きなようにやらせてもらっている。

 休みはしっかりあり、仕事はわたしの裁量で自由にできる。なのに、お給料もいいという楽園のような職場なのだ。


 片付けは終わった。頼まれていた修理も終わっているし、足りない分のカトラリーも作ったし、ちょっとだけ休憩しようかな。


 両手でつかむほど大きい金色のゴブレットを取り出す。そして足の部分にある普通のゴブレットには付いてないであろうスイッチをオンにした。

 ガラスポットに入った薬草茶を注ぎ、ちょっと待つ。


 ――そろそろいいかな?


 ぐいっとあおると、ひんやりした清涼感が喉元を通り過ぎていく。


「くーっ、冷えた蜂蜜薬草茶がしみるーっ!」


 お酒じゃないのは大変残念だけど、お仕事中は飲みません。多分。

 薬草茶だって美味しい。爽やかな香りと苦味に、華やかな花の香りの蜂蜜がよく合うのだ。しかも疲れが取れるのもうれしいところ。


「――ノーミィ、お願いしていた印璽の修理は終わっていますか?」


 はっと振り向いた。

 そういえば、荷を運び入れるのに扉を開け放したままにしていたっけ。


 入り口から姿を見せていたのは、麗しの女宰相ミーディス様だった。

 艶やかな深紫の髪と制服のマントをなびかせ、颯爽と入ってくる。耳の上のツノは優美にカールを描き、トレードマークのモノクルの奥の金色の瞳は柔らかく細められている。本日もまことにもってお美しいです。


 わたしは手にしていたゴブレットを机に置き、ミーディス様を見上げた。


「終わっています。後でお届けしようと思っていたんですよ。確認していただけますか?」


 預かり物を入れておくカゴから印璽いんじを取り出す。

 この印璽は手紙の封蝋ふうろうをするシーリングスタンプだ。魔王国の紋章をとり囲むように蔦が配置された、宰相章が描かれている。

 全体を軽く触り最終チェックをして、ミーディス様に手渡した。


「持ち手と印璽を繋ぐ部分が摩耗まもうしていたので、がたがたしていたみたいです。繋いでいる部品を取り替えたので、またしばらく使えると思いますよ」


 ミーディス様のしっかりとした長い指になら、指輪印章も似合いそう。わたしの小さい手だと、おもちゃにしか見えないと思うけど。


「ええ、たしかにがたつきはなくなっていますね」


「よく使うものはそれだけ摩耗しますからね。また調子が悪くなったらいつでも言ってください」


「我慢して使うか買い替えるしかないかと思っていましたよ、ノーミィ。助かります」


 今も感謝されるのに慣れなくて、くすぐったい。でもやっぱりうれしい。


「あ、あと、蝋温器ろうおんきの方も掃除をして火魔石を交換しておきました」


「蝋がなかなか溶けないと思っていましたが、魔石が終わりかけていたのですか」


「魔石の魔力はあと少し残ってたんですけど、欠けたかけらで接触不良を起こしていたみたいです。魔力が少なくなってくると脆くなるので仕方ないんですけどね。これまで使えていてよかったです」


 もう少し使えそうな魔石は磨き直して、交換しやすい細工品に使えばいいし。

 宰相閣下が優秀な者には特別手当を出さなければと言いつのるので、いえ普通の仕事なので結構ですなどと返していると。

 ミーディス様は机の上のものに目を留めた。


「ノーミィ、その妙に大きなゴブレットはなんですか」


 いいところに気付いてくれました!


「これは冷え冷えゴブレットです! 炉を使っていると暑くて、冷たい飲み物が欲しくなるので、作ってみました」


「また珍妙な名のものを……」


「でも、ミーディス様。ひんやりとしたミルクに、冷たくさっぱりとしたお茶、きゅっと冷えた白葡萄酒。そして濃厚な甘さと刺激と冷たさが喉で主張する蜂蜜酒の発泡水割りとか、飲みたいじゃないですか!」


 わたしは冷たい飲み物を熱く語り、自分が使っていたゴブレットを作業台横のシンクで洗った。


「――ちょっと待っててください」


 新たに薬草茶を注ぐ。スイッチは入ったままだから、すぐに冷えるだろう。


「どうぞ。お試しください」


 ミーディス様は差し出したゴブレットをしげしげと眺めてから、口を付けた。


「――なんと冷たいのでしょう!」


 目がカッと見開かれた。

 魔王国では冷たい飲み物が少ない。

 山の上にあるので井戸水も少ないし、水魔石から作られる水も魔法で出す水も冷たくない。


「スイッチをオンにしておけばずっと冷たいままなんですよ」


 喜んでもらえたのがうれしくてそう説明すると、ミーディス様は驚いた後に笑みを浮かべた。


「この冷たさが続くというのですか! ああ、喉を通り過ぎる冷たさが心地よい……。このお茶自体も美味しいですが、冷たさがさらに美味しくしていますね」


 そうなんですそうなんです! ぬるいまろやかな味もいいのですけど、このきゅっと冷たいのは得がたい魅力がありますよね!


「ノーミィ、これは幻と言われる氷魔石を使っているのでしょうか?」


「いえいえ、氷魔石があればよかったんですけど、持ってないんです。あれはかなり希少ですしね。そこで[冷場]という魔術紋を使ってみたんです」


 冷えそうな名前だったから使ってみたけど、上手くいってよかった!


「[冷場]……。その名は、もしや結界なのでは……」


「え、結界? そうなんですかね? よくわからないんですけど、いい感じに冷えます。魔術紋を台座に使ったので少し大きくなってしまいましたが、その分いっぱい飲めますし!」


「冷えた飲み物のために容器に結界を作るとは……。なんという才能と労力の無駄遣い……。いえ、これが神より与えられた、ありあまる才能ということなのでしょう……。我が国の最高細工責任者殿は本当に規格外で……」


 なんだかミーディス様が遠い目をしているけれども、わたしはこぶしを握って力説した。


「熱い仕事や熱いものを食べて汗をかき、そこに冷たいものをゴクゴク飲む爽快感! あの喉越し! 刺激! あれのためであれば、労力など大したことはありません! 熱々の脂したたる鶏の串焼きを食べてハフハフとなったところに飲む冷え冷えのお酒! 最高です‼」


「なんという破壊力……! それは大変惹かれますね。その魔導細工のゴブレットは、買うことができるのですか?」


 個人的なものは全部、地金も魔石も自前のもので制作しているので、プレゼントも自由なのです! 日頃お世話になっている宰相閣下にはぜひ使っていただきたい。


「あ、作って今度お持ちします! ぜひ冷え冷えを楽しんでいただきた……」


 何かの気配を感じ、入り口をはっと見た。

 廊下から覗く魔王様と目があった。

 魔王国の頂点に立つ最高権力者が、黒い長い前髪でも隠し切れない、うらやましそうな悲しそうな目でじっと見ていた。天に向かってまっすぐ生えたツノも、そんな訳ないのにしょんぼりして見えた。


 う……。

 そうだよ、いつも慣れない書類仕事をがんばっている魔王様にも、ちょっとした楽しみとして冷え冷えゴブレットは必要だよ……。


「ま、魔王様の分も作りますね……?」


「我の分も作ってくれるのか!」


「も、もちろんです」


 パーッと明るくなった魔王様は大きな体でいそいそと細工室へ入ってきた。背中のコウモリのような羽も、うれしそうに小刻みに揺れている。

 そして手に持っていた物を机に置いた。


「我も修理を頼みたい物があったのだ。これが時々動かなくなるのだが、見てもらえるだろうか?」


「はい、おまかせください!」


 見上げた魔王様と宰相閣下に笑顔で答え、わたしはドライバーを手に取った。





 細工師として受け入れられて、仕事を認めてもらって、笑って、お腹いっぱいで。

 こんな生活が待っているなんて、二か月前のわたしは思いもしなかった。







##### 発売日まであと32話 #####


発売日11月10日まで毎日UP!(1章は毎日2話ずつ!)

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