ハートに火をつけて

12歳。

中学生になり僕はぐんぐん周りの友人達に学業成績を追い抜かれて、次第に落ちこぼれ癖がついていった。

その失墜に大きく加担したのは紛れもなくラジオだった。


10歳の誕生日にラジオ付きのウォークマン(ポータブルカセットプレーヤー)を手に入れてからというもの僕は熱烈的なラジオ中毒になっていた。イヤホンの向こう側から語りかけてくる普段知り得ない様々な音楽や落語や、プロの話術に首ったけになった。それらを聞き漏らすのが罪と感じるほど夢中だった。そして、日常の中で誰と話すよりも格段に面白いと感じた。そのうちタイマー録音まで身につけてしまい、深夜帯の番組などはカセットに録音して出先まで持ち出して聴いていた。

よく新聞を熱心に読んでいたので親にえらく褒められたことがあったが、それはラジオの番組表を頭に叩き込むためであった。

褒められる度にまんざらでもない顔をしてほくそ笑む。

部活を終えて帰宅すると、

勉強する意欲など、さらさらない僕は、

部屋に篭り薬のようにラジオを聞く。

成長期の睡眠を犠牲にして夜遅くまでラジオに聞き入っていたので、授業中の眠気の度合いは大人の比ではない。

授業中ほぼ毎日居眠りをして指導された。


転校することになったクラスメイトの最終登校日、その日、たまたま学級日誌の当番だった僕は困っていた。

クラスの仲間の別れという書かねばならない話題はあるのだが内容が思い浮かばない。

特段思い入れのある友人ではなかったからだ。


悩んだ末に僕は、ラジオで聞いたジム・モリソンの「ハートに火をつけて」の歌詞がどれほど奥ゆかしいかという話題を、ふと思い出して、その歌詞の言葉を引用して別れの詩文を書いた。


それを書いたことなど忘れて油断していると事件が起こる。

その週末、全校生徒が交える集会で僕の担任がスピーチの担当であったことが運の尽きだった。

担任は全校生徒の前で中学生にしてはあまりにも叙情的なこの詩文を全文読み上げるという暴挙に出た。火が出るほど恥ずかしく思い、僕のクラスや学校での立ち位置を破壊しかねない担任の暴走に憤る。そして、できるものなら訴えてやろうかと思ったが、偉大なる言葉は時に恐ろしい武器になり得るという事を知り、それに味を占めてしまう。


またとある日、担任教師に

生徒から公募した運動会のスローガンの中に目ぼしいものが見当たらないので、なんでも良いからひとつ挙げて欲しいと頼まれた。


ジョン・レノンの歌のタイトルをそのまま引用して「カム・トゥギャザー」と提案する。

教員にはそれなりにキャリアのある大人たちが多くおられたので、その辺がくすぐりどころだと知っている。

もちろんこれもラジオから得た言葉のひとつ。

ビートルズ世代の職員の心を鷲掴みにし、狙い通り採用された。僕は、大人はちょろいと思いはじめ、ますます陰湿なガキに育ってゆく。

だが落ちこぼれの少年に少し自信がつき始めたのも事実だった。


しかし落ちこぼれは落ちこぼれ、

高校受験が迫る中学3年になった頃、

いよいよ行く末を心配し始めた親に

学習塾に通わされたが、

塾までの行き帰りの道中にある

民家への執拗なピンポンダッシュがバレて

学習塾をクビになった。

人生の中であまりにも早く訪れてしまった

懲戒免職に似た体験に僕は泣きながら絶望した。悪いのは僕自信なのだけど…

今でもなぜバレたのかわからない。

落ちこぼれに拍車がかかる。


当時、僕の学区内の公立高校は

不運にも県内でトップの偏差値で、

田舎特有の公立高校に県内のエリートが

集まる特性があった。

学区を無視して受けることのできる普通科の公立高校は片道1時間半のバス通学を強いられるので絶対に行きたくなかった。


頭を抱えた親に、

私立の高校になると家計に影響を与えかねるとのことで、学区内の難関高校を受けて欲しいと懇願された。受かった暁には、エレキギターを買ってくれるという。

私立高校の入学金にしてみればエレキギター代など安く、致し方ないと判断したらしい。



僕は天にも昇りそうなほど胸が躍った。

これ以上ないまでに。

受験前の模試で、僕の成績は校内で260人中、

214位。

模擬試験で判明した合格ラインは

僕の中学の中で90位前後と言われていて、

これから100人以上追い抜かねばならない。

ビリギャルならぬ、ただのクソガキだった

僕にはあまりに過酷な試練だった。

しかし入試試験まであと2ヶ月ある。

安室奈美恵の主演でカンニングを題材にした映画が流行ったこともあり、クソガキの根性に少し魔が刺し人道を外れた楽な道を走りそうになったが、

それでもエレキギターは魅力十分な

僕のモチベーション真っ当に保つ支えだった。


それから2ヶ月、

猛勉強をしたはずなのだが、

その記憶が全くない。

とりあえず死ぬ気でやったという事にしておく。


運命の日。

試験を終えた夕暮れのバスの中で

まったく手応えもなかった僕は焦っていた。

─このままでは間違いなく落ちる!そう思った。


試験2日目に行われる面接で

賭けに出るしかないと決断する。

面接で予定していた模範的な優等生を演じるメソッドを捨てて、例の大人を手玉に取る作戦を思いついた。

面接が合否にどれほど影響するのかわからないのではあるが…



そして迎えた面接当日、

自己アピールの時間を1分間与えられた。

──これは予定通りだ。いける。

僕は急遽でっちあげた台本を意を決して演じた。


「かの有名なルーズベルトは言いました。

今日は明日よりずいぶんと価値があると…。

先日、僕が学校見学に来た際に、挨拶をしない先輩がいた。今日を無駄にしている。今日に励む価値をもっと知らねばならない。

僕はそんな学校生活を送りたいと思っている」


ご年配の面接官の女性がしみじみ頷きながら、

屈託のない絵顔を見せている。

──勝った。と思った。

ルーズベルトの言葉もラジオから得ていた言葉だった。


そして、僕は受かった。

人生の運全てを使い果たした気がした。

学校でも怪童扱いを受け、

驚かれる。

そもそも、面接がどれだけ合否に影響するのかわからなのだけれど。



ところが残念な事に

念願のエレキギターを手に入れて

入学が済んでしまうと

途端に、人生はちょろいと感じる

クソガキにすっかり戻っていた。


冬になると、

ハートに火がついたあの日を思い出して

ようやく頑張ろうと思えるのです。

忘れないように…。




晴れて高校に入学しすぐに行われる実力模試。

僕はいきなり最下位を叩き出した。

ギリギリの合格だったと知り、はっと我に帰る。

面接の時に微笑んで僕に賛同しているように見えた、あのマザーテレサのような人を怒らせて

平手打ちを喰らったこともある。

「You! conceitental man!

(慎みなさい、この野郎!)」

忘れられない言葉だ。

フリースタイルバトルじゃあるまいし。

彼女は英語教師だった。


大人を甘く見ていた罰を

存分に受けることになる高校での生活。

それはまた、別の話。

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