第63話 エピローグ②
あの戦いから一ヶ月が経った。
崩れ落ちた新宿区によって、中野区も壊滅的な被害を受けており、その避難民の受け入れをどうするかが社会問題となって、連日新聞やテレビ、ネットニュースを賑わせている。
中には、なぜか俺のことを悪者扱いする連中もいる。アクーパーラを倒さなければ、こんなことにならなかった、とかいう意味不明な論調で罵ってきている。まあ、そういうアホな奴らもいるだろう、と思って、全然気にしていない。
俺自身はだいぶ落ち着いてきたので、久々に、母さんの墓参りに行った。
ノコは連れていかなかった。俺だけだ。親父のことを報告したかったので、ノコにはいてほしくなかった。
東京の西部、丘陵地帯の眺めのいいところに、霊園はある。
花束を持って、母さんの墓まで行くと、おかしなことに気が付いた。
すでに花が供えられている。
「誰だろう……?」
うちの親族で、墓参りするような人は思いつかない。そうしたら、母さんの友人とか、そんな人達だろうか。
空いているスペースに花を差し込んでいると、初老の痩せた男性が、水の入った桶を持って、こちらへ向かってくるのが見えた。
誰だろう、と思って見ていると、相手は俺のことを見た瞬間、にっこりと微笑んだ。
「やあ、カンナ君。お母さんの墓参りかい」
「どちら様でしょうか」
「君のお母さんの主治医をしていた、東郷という者だよ。君の活躍は、配信で見させてもらった。いや、すごかったね。お陰で多くの人が助かったよ」
「先生は、わざわざ、お墓参りに?」
「いつもはお盆の時期にお墓参りしているんだけどね、今日は特別だ」
桶を地面に置き、柄杓で水をすくって墓にかけながら、東郷先生は話を続けた。
「なにせ、行方不明になっていた旦那さんが、日本中にダンジョンを作った元凶なんだからね。あの世で嘆いていたら、かわいそうだと思って、今日は来ることにしたんだ」
「え⁉ ゲンノウが、親父だって、知ってるんですか⁉」
「そりゃあ、何度か病院で会ったことがあるからね。配信画面でしかわからなかったし、人相もだいぶ変わっていたけど、あれは間違いなく木南ハンマさんだとわかったさ」
「そうだったんですか……」
「安心してくれ。このことは他の人には話していない。君達遺族に迷惑がかかるかもしれないからね。そっとしておこうと思ったんだ」
それから、俺と東郷先生は、墓に向かって並んで立ち、合掌をした。
お互い、話したいことは山ほどある。ちょうど昼食時でもあったので、東郷先生のおごりで、霊園の近くのステーキハウスに立ち寄った。
注文したご飯はすぐに運ばれてきたので、食べながらの会話となった。
「ハンマさんは、相当奥さんのことを愛していたようだ」
「まあ、あんな無茶してまで、母さんを蘇らせようとしていたんだから、そりゃ、そうでしょうね」
「医師としては事実を伝えるしかない。ハンマさんに、君のお母さんの余命を伝えた時、彼はだいぶ取り乱していたよ。どうにか救う手はないのかと、すがりついてきた。私としては、残酷だと思ったけれど、正直に話すしかなかった。最後の時間を一緒に過ごしてください、と」
「だけど、親父は、そうしなかった」
一緒にいてくれれば良かったのに。
「君は、ハンマさんの大学で研究していた専門分野はなんだったか、知っているかい?」
「いえ、知らないです」
「東洋哲学だよ。特に、神仙のことを研究していた」
「神仙……」
「彼は、最後に会った時、私にこう告げていた。『崑崙山行ってきます。不老長寿の神仙に会えば、妻を救う道が見つかるかもしれない』と」
「崑崙山?」
「道教において、神仙が住むとされている土地だね。普通の人間は、そんなのは人が作り出した幻想だと一蹴するだろう。だけど、ハンマさんは、崑崙山へと行ったんだ」
「それが十年前……」
その後、ダンジョン禍が発生するまでにはだいぶタイムラグがある。
いったい、親父はどこで「ダンジョンクリエイト」の力を手に入れたのか。その前後は何をしていたのか。新たな謎が湧いてきた。
「これは私の推測だけど、ダンジョン禍の始まりは、世界で同時多発的に起こったとされているが、ひょっとしたら、中国が一番最初なのかもしれない」
「中国が? なんでですか」
「世界で一番のDライバーは、中国の
この東郷先生の読みが正解なのかどうか、俺にはわからない。
ただ、親父がどんな想いで、何をしに俺達のことを見捨ててまで旅に出たのか、その一端を知ることが出来た。だからと言って、親父を許せるわけではないけど、それで今日のところは十分だった。
食事が終わった後、東郷先生の車で、最寄りの駅まで送ってもらった。
駅の構内に入ったところで、スマホに電話がかかってきた。
チハヤさんだ。
「もしもし、どうかしましたか?」
『いま! いますぐ!
随分と慌てた様子に、俺は戸惑いを覚えた。
「え、何があったんですか?」
『映っているんです! ナーシャさんが!
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