第64話 エピローグ③

 チハヤさんとの通話を切り、急いで配信サイトを立ち上げた。


 検索するまでもなかった。オススメの動画のトップに、虎剣フージェンのライブ配信が表示されている。


 配信を覗いてみると、どこかのダンジョン内、石造りの通路の中で、虎剣フージェンがモンスターと戦っているところだった。


 虎剣フージェンはカンフー服を着た筋骨隆々とした男である。短く刈り揃えた髪に、男前な顔立ち。格闘ゲームにでも出てきそうな見た目だ。


 配信のタイトルには「始皇帝陵」と書かれている。たぶん、そういう名前の遺跡か何かなのだろう。そして、戦っているモンスターは、いわゆる兵馬俑というやつだろうか、古代中国の兵士の姿を模した人形だ。


 そんな虎剣フージェンとともに、兵馬俑を駆逐しているのは――ナーシャだ。


 トレードマークのガトリングガンこそ持っていないが、レオタード型のパワードスーツは着ており、徒手空拳で無敵の強さを見せている。


 あっという間に、兵馬俑達を駆逐した後、虎剣フージェンとナーシャはカメラの前に並んで立った。


 虎剣フージェンは、ナーシャの肩を親しげに抱くと、ニカッと笑って、何か中国語で喋り始めた。


「她是我的新搭档阿纳斯塔西娅! 她很强!」


 なんて言っているのかさっぱりだが、「阿纳斯塔西娅アナスタシア」だけは聞き取れた。ナーシャの正式な名前だ。


 ナーシャは、あんなに感情豊かだった彼女らしくなく、やけに無表情だ。それに、ひと言も口をきいていない。何があったのか、どうして虎剣フージェンのパートナーとして戦っているのか、なぜ中国にいるのか、よくわからない。


 わからないけど、俺はジワジワと湧き上がってくる喜びを噛み締めていた。


 生きてる! ナーシャは生きてる!


 すぐにまた、チハヤさんへと電話をかけ直した。


「確かにナーシャでした! 間違いないです!」

『やっぱり見間違えなんかではなかったんですね!』

「どうしよう、なんか、会いに行く方法はないですか」

『ちょうど来月、ダンジョン探索局のほうで、向こうの行政機関との交流を兼ねて、中国へ旅行に行くところでした。そのメンバーに、特別に、あなたを加えられないか、上司に相談してみます』

「頼むよ! なんとしてでも、ナーシャに会いたい!」

『わかりました!』


 それから、チハヤさんは、『あ』と声を上げた。


『ひとつ、大事なことを言い忘れていました』

「なんすか?」

『来月から新たに「ダンジョン危機管理法」が成立するのはご存知でしょうか。それに伴い、ダンジョン探索も、ダンジョン配信も、全てダンジョン探索庁の管理下に置かれることとなりました』

「ああ、なんか、ニュースでやってましたね」

『これからは、自由にダンジョンへ潜ることは違法となります。必ず届出が必要になりますので、注意してくださいね』

「大丈夫。ただでさえ退学の危機が迫ってるところに、これ以上波風立てるつもりはないっすよ」


 電話を切った後に、俺は大事なことを思い出した。


 中国へ渡ろうにも、パスポートがない。


 一ヶ月くらいで発行できるのだろうか。ギリギリになるのではないか。そんなことを考え、パスポート申請のやり方をネットで調べながら、家へと戻った。


「ただいまー……って、え⁉ どちら様⁉」


 出迎えたのは、ノコではなく、銀髪ショートヘアの少女と、金髪ツインテールの少女。どちらも俺と年齢は近そうだが、雰囲気的に、年下に見える。


「あ、お兄ちゃん、お帰り。ちょうどこの人達も来たところだよ」


 キッチンでお茶を作っているノコが、振り返って、笑顔で説明してきた、


「こんにちは、木南カンナ。私は御刀みとタチアナ。アナスタシアの一歳下の妹です」


 銀髪ショートヘアの少女タチアナは、クールな感じで自己紹介してきた。


「それから、こっちは――」

「そのさらに一歳下、御刀みとオリガだよー! よろしくね!」


 金髪ツインテールの少女オリガは、やたらと元気な感じで挨拶してくる。


 ナーシャの妹達⁉ そう言えば、あいつの家族構成って、ちゃんと聞いたことがなかったな。二人も歳の近い妹がいたんだ。


「早速ですけど、木南カンナ、あなたは虎剣フージェンのライブ配信を見ましたか?」

「見たよ。ナーシャが映っていた」

「なら、話が早いです。助けに行きましょう」

「助けに? どういうことだよ。世界最強のDライバーの側にいるんだから、問題ないだろ」

「あなたの目は節穴ですか」


 やたらと辛辣な物言いで、タチアナはズバッと言い放つ。


「ナシャ姉は普通の様子ではなかった。まるで、誰かにマインドコントロールされているような、そんな雰囲気でした。明らかに異常です」

「確かに、様子はおかしかったな……」

「だから助けに行く。あなたもついてきてくれますね」


 そのことに異論はない。


 だけど、ノコのことがある。出来れば、今日この場で、そんな話はしたくなかった。


「いいよ、お兄ちゃん。行ってきて」


 お客さん二人にお茶を出しながら、ノコは思わぬ言葉をかけてきた。


「マジでいいのか、ノコ?」

「止めるわけにはいかないよ。ナーシャさんは、お兄ちゃんの大事な仲間でしょ。助けてあげてきて」

「その流れで、ダンジョンに潜るかもしれないんだぞ」

「お兄ちゃんならきっと戻ってこれると信じてるから」


 無理して笑顔を作っているのがわかるほど、ノコの表情は引きつっている。


 心苦しいが、ここはノコの言葉に甘えよう。


「わかった。行くよ。行ってくるよ。それで、タチアナ。どうやって行くつもりなんだ?」

「明日にでも、出発しましょう」

「俺、パスポート持っていない」

「しょうがないですね。では、いますぐに作りに行きましょう。御刀重工の力があれば、三日もあれば発行してもらえます」

「すごいな、御刀重工」

「政府に愛されている企業ですから」


 こうして、俺は、もともと一ヶ月後の予定が、数日後には中国へ行くこととなった。


 そのことをチハヤさんに伝えると、彼女はだいぶ慌てた様子になったが、


『わかりました。あなた方の予定に合わせましょう。こっちのスケジュールを前倒しにします。中国側はきっと文句を言ってくるでしょうけど、何とかします』


 とのことで、ダンジョン探索局のみんなも同じタイミングで、中国へ行くこととなった。

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