第62話 エピローグ①

 家に帰るのに、一週間はかかった。


 理由は、各方面への対応に追われていたからだ。


 まず、ダンジョン探索局にチハヤさん達が事態の報告をするのに当たり、俺の協力が必要だった。ゲンノウが人間である時に、最後に接触したのが俺だったからだ。


 それと、警察やら、自衛隊やらの、聞き取り調査。


 それらが終わったら、今度は、学校への謝罪に行かないといけなかった。校則で、ダンジョン配信は禁止、とされていたにもかかわらず、配信をやっていたことがバレてしまったからだ。


 退学になりかねないところ、チハヤさんも説得に協力してくれて、なんとか停学処分で済むこととなった。


 そこまで終わったところで、やっとひと段落つき、俺は家へと帰ることが出来た。


「お兄ちゃん……!」


 帰るなり、ノコが飛びついてきて、抱き締めてきた。その頭を、俺は優しく撫でてやる。


 家に戻れない間は、電話でやり取りをしていた。声だけでも聞かせていたが、やっぱり、それだけでは不十分だったようだ。


「もうダンジョン配信なんてやめてね! お願いだから!」

「ああ、そうするよ。今度配信をやったら、学校を退学になるかもしれないし」


 登録者数十万人超えの現在、ダンジョン配信をしないのはもったいないけど、致し方あるまい。


 ちなみに、日本各地のダンジョンは、ゲンノウが倒されても変わらず存在している。あいつが作り出したダンジョンではあるけど、あいつを倒せば消える、というわけではないようだ。


 なので、今日もどこかで、ダンジョン配信をしているDライバーがいることだろう。


「お父さんが戻ってくれば……お兄ちゃんが苦労しなくて済むのに……」


 何も知らないノコは、そんなことを呟いた。


 俺は結局、最後まで、ゲンノウが俺の親父木南ハンマであったことを隠し通した。真実を知っているのは、ダンジョン探索局の三人だけである。


 その時、突然スマホが鳴った。


 激しい戦闘の中でバキバキにひび割れた画面を見ると、我が級友リュカこと如月リューカからの電話だった。


『よ、お帰り。今日の夕方五時に、学校近くのファミレス来れるか?』

「いいけど、何か用?」

『特に何もないけどさ、元気な顔を見たいんだよ』

「わかった。じゃあ、また後でな」


 どうせ停学中で暇だし、付き合ってやることにした。



 ※ ※ ※



 広いファミレスの店内に入ると、リュカは真ん中当たりの席に座って、先に待っていた。


 相変わらず女子らしからぬ仕草で、「よっ」と挨拶してきた。


「怪我とかしてないか?」

「ああ、平気だよ、サンキュー」


 席についてから、俺はドリンクバーだけ頼んだ。いまだ金欠なのだ。


「なんだよ、飯くらいおごるぜ。生還祝いに」

「友達に貸しは作りたくないって」

「つれないこと言うなって。なんでも選びな」

「……そしたら、ここでは食べないけど、テイクアウト頼んでもいいか? 二人分」

「ああ。ノコちゃんの分も買って帰るのか」

「今月ピンチでさ。ろくな夕飯、用意できそうになかったんだ」

「なんかさ、色々相談できる場所があるんじゃねーの? 児童相談所とか、生活保護とか、そういうの当たってみたら?」

「親父が所有している山林とかあってさ、生活保護は受けられないんだよ。あと、まあ、俺達の面倒見てる――ことになってる、叔母さんが、けっこうしたたかでさ。表面上は、叔母さんの世話になってるからってことで、行政も動かないんだよ」

「ひでー話」


 リュカは吐き捨てるように言った。


「なんか、国から金一封くらいくれてもいいのにな。日本どころか、世界の破滅を救ったんだろ、お前」

「正確には、世界の破滅は、イワナガヒメが止めてくれたんだけどな」


 あの時、イワナガヒメは天蓋に開いた裂け目を、向こう側に行って閉じてくれた。仲間を殺されたりもしたけど、結局、彼女もまたゲンノウに巻き込まれた被害者だ。こっちの世界で悪名だけ残して、また異界へと行ってしまった。同情の余地はある。


「それに、俺だけの力じゃないよ。ここまで生き残ってこられたのは、ダンジョン探索局の人達や、ナーシャ、それと配信にコメントをくれたみんなのお陰だから」

「なるほどねえ」

「そういや、リュカは、キリク氏のこと知ってるか?」


 そう尋ねた時、なぜかリュカはビクンと体を震わせた。


「えっと、よく配信にコメントをくれてる奴だろ。なんで?」

「いや、聞きたかっただけ。あの人にはいつも助けられてるから、ほんとありがたいなあ、と思ってさ。どこのどなたか、全然わからないんだけど。いつか会ってお礼が言いたいよ。チャンネル登録者数五人の頃からの熱心なファンだし」


 この話をしている間、どういうわけか、リュカはニヤニヤと妙な笑みを浮かべていた。そんなに楽しい話をしているかな? 謎である。


 その後、他愛もない話をして、二時間ほど経ったところで、俺達は帰ることにした。


 日が落ちて、暗くなった路地を、二人で並んで歩いていく。


 やがて、それぞれ違うルートのため、分かれ道に差しかかった。


「それじゃあ、リュカ。また停学明けに、学校で」

「ん。またな」


 別れの挨拶をして、自分の帰路につく。


 しばらく歩いたところで、不意に、後ろからリュカが声をかけてきた。


「ちょっと待った、カンナ氏――」

「ん?」


 なんか、いま、呼び方がおかしかったような気が。


「――じゃない! カンナ! 何か学校のプリントとかあったら、家まで持ってってやろうか!」

「おーう、頼むわ」

「オッケー! じゃ、じゃあな!」


 なんでかリュカはあたふたと慌てた様子で帰っていった。


 見たいテレビ番組でも思い出したのかな、と俺はぼんやり考えていた。

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