第61話 ラスボス戦④

 いよいよ、もうダメかもしれない。


 そう思っていると、イワナガヒメが横から話しかけてきた。


「ゲンノウの、脳について、わらわは居場所がわかるぞ」

「本当すか⁉」

「うむ。感じるのじゃ、やつの気配を。この真下から」

「真下って……」

「地下深くにあるようじゃ」


 マジか。


 直接脳味噌をぶっ叩けるのなら、そうしたいところだけど、あいにく俺の「ダンジョンクリエイト」では、目に見えない範囲だけを操作することは出来ない。それをやるためには、まず表面に亀裂を入れることから始めて、順繰りにその亀裂を地下深くへと伸ばしていくやり方をしないと、攻撃が届かない。


 だけど、そんな悠長な攻撃、ゲンノウが見逃すとは思えない。あっちも「ダンジョンクリエイト」持ちだから、きっと、俺の行動を妨害してくることだろう。俺がいくら亀裂を作っても、後から塗り込めてしまうに違いない。そうしているうちに、脳味噌を別の場所へと移してしまうだろう。


 そうなったら、終わりだ。もう倒しようが無くなってしまう。


「イワナガヒメ、あんたのねじれで、地下深くまで一気に破壊できないか?」

「無理じゃ。わらわの力では、表面をねじれさせるのが限界じゃ」

「そうか……そうなると、他に方法は……」


 ブツブツと、ああでもない、こうでもないと呟く俺のことを、イワナガヒメはじっと見つめている。


「なぜじゃ」

「へ、何が?」

「わらわは、うぬの仲間を大勢殺してきた。にもかかわらず、うぬはわらわを憎んでいないようじゃ。それはなぜじゃ」

「そりゃあ、色んな人が死んだのは悲しいけど……でも、お互い覚悟の上でぶつかり合っていたんだから、恨むのはちょっと違う気がするんだ。ゲンノウがやらかしたことは、許せないけど、あんたは別だよ」

「聞いても、よくわからん理屈じゃな」

「まあ、理解してもらえるとは思ってないさ」


 なおも、地下深くにいるゲンノウを倒す手段を考えていると、ススッとイワナガヒメが近寄ってきた。


「手を貸そう」

「え?」

「なんであれ、わらわを解放してくれた礼がある。うぬに力を貸してやろうぞ」


 そう言って、イワナガヒメは、俺の手に、自分の手を添えてきた。驚くほどヒンヤリとした冷たい手。だけど、そこから、異常なまでに高い熱が、俺の手へと流れ込んでくる。


「わらわの無限の力を、うぬに与えておる。この力、ゲンノウを倒すのに役立てるが良い」

「お、お、お! すげえ、みなぎってくる!」


 俺は妖刀バイスを持ち直した。それとともに、イワナガヒメは俺の手から、肩へと、触れているポイントをずらした。それでもエネルギーは流れ込んでくる。


 大上段へと、刀を振り上げた。


 いよいよ、これがラストの一撃。この一撃で、ゲンノウを倒してみせる。


「行くぞおおおおお!」


 勢いよく刀を振り下ろし、地面に叩きつけた。


 それとともに、大きな裂け目が走り、地下までどんどん広がっていく。俺の体も裂け目の中に落ちそうになったが、そこは、イワナガヒメが抱きかかえてくれて、空中に浮遊してくれたので、なんとか落ちずに済んだ。


 構造物の断裂はどんどん奥深くまで突き進んでいき、ついには、ゲンノウまで到達した。


「ぎいいああああああ!」


 絶叫とともに見えたのは、真っ二つに割れた、巨大な脳味噌。とうとうやったか! と思っていると、分断された脳味噌から触手のようなものが伸びていき、右脳と左脳がくっつき直そうとしている。


 しまった! ゲンノウのやつ、「ダンジョンクリエイト」で再生しようとしている!


 しかも、構造物の亀裂が、また元に戻ろうとしている!


 ここで、俺は躊躇してしまった。今すぐに飛び降りて、あの脳味噌に妖刀バイスを突き立てれば、奴を倒すことが出来ただろう。でも、行っても無駄ではないかと、つい考えてしまったのだ。


 ところが――ここで、一切ためらわずに、地下のゲンノウに向かって飛び込んだ奴がいた。


 ナーシャだ。


「せええやあああああ!」


 気合いとともに、真下へ落下しながら、蹴りを放った。


 ブチブチブチ!


 脳味噌をつなぎ合わせようとしていた触手を、ナーシャは飛び足刀で、再び両断した。


「げええええええ!」


 ゲンノウの絶叫がこだました。


 合体がかなわなかった右脳と左脳が、それぞれドロリと溶け始める。


「ナーシャ! 早く上がってこい!」


 俺が声をかけるのと、ナーシャが俺のほうを見上げるのと――ゲンノウが悪あがきとばかりに、亀裂を閉じるのは、ほぼ同時だった。


 ズンンッッ!


 轟音とともに、亀裂は閉じられ、ナーシャの姿は見えなくなってしまった。


「あ! ああああ!」


 俺は急いで、再び亀裂を作ったが、どこにもナーシャの姿は見当たらない。構造物に押し潰されてペシャンコとなってしまったのか、それとも、ダンジョン内に取り込まれてしまったのか。


「くそーーー! ふざけんなーーー! ナーシャを返せーーー!」


 俺は手当たり次第に亀裂を作り、ナーシャの姿を探し求めたが、ついに見つからなかった。


 アクーパーラこと新宿ダンジョンが、激しく震動している。崩壊が始まった。


「カンナさん! ここは逃げましょう! そうしないと、全滅になってしまいます!」

「く……!」


 俺としては構わず、ナーシャ探しを続けたかったけど、チハヤさん達を巻き添えにするわけにはいかない。


 やむをえず、地上に出ることにした。


 だけど、新宿駅地下から出ても、あちこち崩れ始めていて、もう逃げ場が無くなっている。


 万事休すか、と思っていたところで、トトトト、と化け猫マキアが駆け寄ってきた。


「ひゃあ⁉ 誰かと思ったら、お前達かニャ! 殺さないでニャ!」

「そんなことしてる余裕は無い!」

「そ、そうなのニャ? それならよかったけどニャ」

「なあ、お前、猫だろ。俺達よりは身体能力あるだろ。ここから脱出できるか?」

「で、できるけど、君達全員乗せるのは無理ニャ!」

「そこを何とかしろ!」

「だって、五人もいるニャ! 四人までならまだしも……って、なぜニャ⁉ イワナガヒメもいるニャ!」


 そうだ、イワナガヒメは空を飛べる。


 だったら、残り四人を乗せてもらい、マキアに頼って脱出することもできるんじゃないか?


 と、思っていると、イワナガヒメは何やら空を見上げている。


 その視線の先には、天蓋に開いた裂け目。大きく湾曲した向こう側の世界が、今にもこっちの世界へと落下してきそうだ。


「そんな……⁉」


 一度開いたゲートは、元に戻らないのか⁉


「わらわが行こう」

「え」

「この世界に来てわかった。ここにはもう、わらわの居場所はない。人間どもへの復讐を考えてもいたが、うぬに救われてから、どうでもよくなった」


 喋りながら、イワナガヒメはどんどん空中高くへと上がっていく。


「あの門は、わらわが内側から閉めるとしよう」

「でも、そうしたら、あんたはどうなるんだ⁉」

「また別の世界へと行くだけじゃ。あっちのほうが、わらわにとって過ごしやすい世界かもしれんしのう」


 そして、フッとイワナガヒメは微笑んだ。


「さらばじゃ」


 たちまち、イワナガヒメはスピードを上げて飛んでいき、あっという間にその姿は点のようになり、見えなくなってしまった。


「ねえねえ、乗るの? 乗らないの?」


 マキアが怒ったような口調で聞いてくる。


 すでにチハヤさん達は、マキアの上に乗っている。


「乗るよ。よろしく頼むぜ」


 俺はマキアのお尻のほうに座った。


 直後、マキアは地面を蹴り、急いでこの場からの脱出を始めた。ビルが倒壊し、地割れが起き、どんどん新宿は崩れていく。


「ナーシャ……」


 この状況では、もう助からないだろう。


 俺は深い悲しみを抱え、マキアの体毛を掴む手を、ギュッと握り締めるのだった。

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