第44話 新宿ダンジョン攻略会議①

「なるほど、それで、私に声をかけてきた、というわけなんですね」


 永田町にあるダンジョン探索庁の一角、薄汚れた会議室で、チハヤさんは俺達を迎え入れてくれた。


 ダンジョン探索庁は新しい省庁である。


 にもかかわらず、その建物は異様なまでに古い。使われなくなった場所を、ダンジョン探索庁に押しつけた、としか考えられない。この建物の古さを見るだけでも、日本政府がいかにダンジョン対策についてやる気が無いか、よくわかる。


 もっとも、この日本が、国難に対して真剣に取り組まないのは、今に始まったことではないけれど。


「結論から聞かせてちょうだい。私達、私設部隊と、ダンジョン探索局による、共同攻略は、ありか無しか」

「まず前提からおかしいですよ、それ。まるで、うちの局が新宿ダンジョン攻略の中心になるみたいな言い方をしているじゃないですか」

「違うの?」

「ニュースで見ませんでしたか。特設部隊の設置。SDST。新宿ダンジョン・スペシャルチーム。その軸となるのは、自衛隊かもしれません」

「ありえないわ」

「なぜ」

「自衛隊の出動には縛りがあるでしょ。出動後も、色々と制約が課せられてくる。自由にダンジョン攻略というわけにはいかないわよ」

「だから、私達ダンジョン探索局が、軸になってくると?」

「そう読んで、ここへ来たんだけど、見当違いだったかしら」

「さあ。まだ、何も動きが無いですから」


 ちょうど、その時、レミさんが会議室の中に飛び込んできた。


「課長! 大変だよ! ボクら第一課のほうで、SDSTの指揮を執れ、だってさ! たった今、そんな連絡が入ったみたいだよ!」


 ナーシャの読み通りに事態が動き始めたことで、チハヤさんは目を丸くしている。まさか、本当に自分達がSDSTを指揮することになるとは思っていなかったのだろう。


「ど、どうしよう」


 心の準備が出来ていない、とばかりに、チハヤさんはうろたえ始める。


 その様子を見ながら、ナーシャはため息をついた。


「捨て駒ね」

「は?」

「まず、敵の出方を見る。どんな迎撃態勢が整っているのか、内部にはどんな危険が待ち構えているのか。そのための捨て駒として、ダンジョン探索局を利用する気よ。あとは、犠牲者が一人でも多く出れば、大義名分が出来て、自衛隊の投入もやりやすくなる」

「この緊急時に、そんなどうしようもない策を考えているのかよ」

「緊急時だから、よ。この混乱に乗じて、二重三重に手を打つことは、平気でやるでしょうね。仮に、SDSTが上手く新宿ダンジョンを攻略できれば、儲けもの。攻略できなくても、さっき言ったように、本命の第二陣を送り込むきっかけとなる」

「最前線の突撃部隊、ってところか」

「スーサイド・スクワッド、ってやつね」


 俺達の会話を聞いていたチハヤさんは、バンッ! とテーブルを両手で叩いた。


「余計なことを言って、士気を下げないようにしてください。こうなった以上は、やれるだけのことをやる。それが私達の務めです」

「私『達』? 俺達も、SDSTに加わる、ってことか?」

「私設部隊の活動を公に認めるわけにはいかないでしょう。体裁上は、私達SDSTに組みこまれる形で、動いてもらいます」

「いいわ、オッケー」


 ナーシャは即返事をした。


「それで行きましょ。ハーキュレスは、SDSTの一部に編成される。全体の指揮はSDSTが執る。そういうことで了解したわ」


 それから、彼女は首を傾げた。


「ところで、責任者は誰になるの?」

「第一課が指揮を執る、ということですから、当然、私がリーダーということになりますね」

「本当に大丈夫なの? いまいち信用できないんだけど」

「し、失礼なこと言わないでください! こう見えても、第一課の課長をやってるんですからね!」


 チハヤさんは顔を真っ赤にして、ムキになって怒る。その子供っぽい態度が、余計に不安を増幅させる。


 戦闘面では頼りになるけれど、それ以外のところではけっこう抜けている、それがチハヤさんだ。大丈夫なのだろうか。


「……まあ、細かい話はさておき、こうなったら、新宿ダンジョンをどう攻略するか、ですね」


 チハヤさんは、テーブルの端に置いてある、折りたたまれた紙を掴み、机上にバッと広げた。


 新宿区の地図だ。


「敵の拠点は、ここ、新宿都庁跡に出来た二つの塔だと思われます。順当に考えるのなら、この二つの塔の背後、中野区側から侵入して攻め込むのが、一番スムーズで早いと考えています」

「どうだろ? さすがに敵も、万全の備えをしているんじゃない?」


 ナーシャの意見に、俺も賛成だ。一番の弱点を、放置しているはずがない。


「二つの塔の背後がダメ、となると、正面から攻め込む方法ですが、これは長い距離を移動することになるので、かなり危険度が増してきます」

「上空をヘリか何かで移動して、直接塔のところへ下りる、っていう方法は無いの?」

「すでに敵のほうには迎撃システムが構築されているようです。自衛隊も、ドローンを飛ばして、様子を探ろうとしたらしいですが、全部新宿区の中に入った途端、迎撃されてしまいました。カラスの一羽も飛んでいないことから察するに、空中を移動する物体は全て撃墜するように仕組まれているのかもしれません」

「じゃあ、地上から攻め込むしかないのか……」


 うーん、と俺達は腕組みをして、地図を睨み続けた。しかし、良い考えは出てきそうになかった。


「とにかく、私達は素人です。三人寄れば文殊の知恵、とは言いますが、私達三人が揃っても堂々巡りにしかならない。専門家の意見が必要でしょう」

「専門家……」


 その言葉を反芻した後、ナーシャは、ポンッと手を叩いた。


「なるほど。ハーキュレスの部隊長の意見も聞いたほうがよさそうね」

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