第43話 反撃の狼煙
「あいつらをぶっ倒すわよ」
待ち合わせ場所のファミレスに着くなり、ナーシャはそんな物騒なことを言ってきた。
「は⁉」
「このまま放っておいていいわけないでしょ。こっちは、色々とライバー仲間が――まあ、別に仲良くしていたわけじゃないけど、同じダンジョン配信をやっている人間が、大勢殺されたんだし、泣き寝入りなんてしてられないわよ」
「いや……いやいやいや……ちょっと待って……」
「待たない。もう準備は進めているわ。御刀重工が誇る私設戦闘部隊『ハーキュレス』を中心として、ゲンノウ討伐隊を編成する。すでに御刀重工より、全国各地のDライバーに招集をかけている。青木ヶ原樹海ダンジョンの時に負けないくらいのチームを編成して、倒しに行くわ」
「そうじゃなくて、お前の親父さんとか、お袋さんとか、止めないのかよ。娘が死地に向かおうとしているのに、心配じゃないのか?」
「止めるんだったら、私がDライバーになった時に、とうの昔に止めているわ。良くも悪くも、うちの両親は、私のことを娘と思っていないの」
「それは……どういう……?」
「実験体よ。パワードスーツの性能を調べるための」
良くも悪くも、という言い方をしたが、ナーシャの表情は沈んでいる。明らかに、両親が自分のことを道具としか扱っていないことに、不満を抱いている様子だ。
「酷すぎるだろ。自分の娘に対して、そんな扱い」
「私のことはどうでもいいの。いま話をしたいのは、あなたもゲンノウ討伐隊に加わるのか、っていうこと」
「もちろん、行くに決まってるだろ」
「ふうん? 意外」
「なんでだよ」
「もっと葛藤するかと思っていた。相手が自分のお父さんなんだし」
「俺やノコを捨てて蒸発した親父には、情なんてねーよ。それよりも、敵が強すぎて勝てるかわからない、ってのが一番気になるけど、でも、そんなことも言ってられない」
「どうして」
「ナーシャだけ行かせるわけにはいかないだろ」
キョトン、とナーシャは目を丸くしている。
「……はい?」
「ここまで、一緒に頑張ってきたじゃないか。もう、俺にとっては
俺の言葉を受けて、しばし、ナーシャは目をまたたかせていたが、やがて、なぜか顔を赤くして、そっぽを向いた。
「ふ、ふん。まあ、確かに、これだけ何度も同じダンジョンに挑戦していたら、情も湧いてくるわよね」
「いや、情が湧くとか、そういうことじゃなくて……」
「とにかく、カンナもハーキュレスに入る、ってことでいいわね」
「もちろんだ」
正直、かなり怖い。
ゲンノウも、イワナガヒメも、規格外の強さを誇る。勝てる気はしない。自分が無惨な死体を晒してしまう未来しか見えてこない。
それでも、ナーシャを見捨ててはおけなかった。
ここで逃げたら男じゃない、と思っていた。
「どうやら、政府もこの非常事態に対して動いているみたい。ほら」
ナーシャは自分のスマホを、テーブル越しに、俺へと見せてきた。
ニュースアプリが開かれている。そこには、新宿ダンジョンの変革を受けて、政府がどのように対策を練っているか、詳しく書かれている。
まず、本日中の、緊急事態宣言の発令を急いでいるとのこと。
そして、他には次のような準備を進めているということだ。
新宿ダンジョン特別対策チーム(SDST)の結成、および緊急対策本部の設置。
新宿ダンジョンとその周辺を「特別災害区域」と指定し、一般市民の立ち入りを禁止。さらには自衛隊による周辺警備と探索者の安全確保を行い、必要に応じて国連等の国際組織と協力を要請する。
また、被害者救済とダンジョン由来の被害補償に関する特別法案を緊急提出する。
これまで、ダンジョン禍に対して後手後手に回ってきた日本政府だけど、ここに来て随分とスピーディな動きを見せている。もしかしたら、誰か優秀な官僚が裏で働いているのかもしれない。実に頼もしい。
「政府が動くのはいいけど、大丈夫なのか?」
「何が」
「ハーキュレスって、私設部隊なんだろ? そんなのの国内での活動を、政府が認めるか? 自衛隊の動きと、もろにバッティングするだろ」
「だから、急いでいるのよ。ダンジョンのことは、私達Dライバーのほうがプロフェッショナルよ。今までろくな活躍してこなかった政府筋の人間が出てきたところで、何か出来るとは思えない。私達が先を越さないと」
「お互いに協力すればいいのに」
「無理ね。体面を重んじるのが、政府ってものよ。日本に限らず、どこの国だって。私設部隊に勝手に動かれたら困る、っていう発想しか出てこないでしょうね」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。下手したら、国全体の危機なんだぞ」
「だけど、政府とのパイプなんて無いわよ」
その時、俺は閃いた。
あるじゃないか。
政府側の人間との、唯一の接点。
「……あ」
ナーシャも気が付いたようだ。
俺達は、二人で揃って、その名を声に出した。
「「ダンジョン探索局!」」
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