第38話 青木ヶ原樹海ダンジョン⑨

「もともと、私は普通の人間だったのだがね、君と同様に『ダンジョンクリエイト』のスキルを手に入れたんだよ」


 そう種明かしするゲンノウは、実に楽しそうな表情を浮かべている。


「スキルを与えてくれたのは、ウルカヌスという神だ」

「ウルカヌス……?」

「古代ローマの神だよ。聞いたことないかな。人類に建築や武器をもたらした存在だ。私は、そのウルカヌスよりダンジョンを創造する力を授かった」

「つまり、俺も、ウルカヌスとかいう神から……?」

「なぜ君にまで力を与えたのかわからないが。気まぐれかもしれない。そういう神だからね」

「ウルカヌスは、何を考えているんだよ。どうして世界中にダンジョンを作ったりしたんだ」

「世界の書き換えだよ」

「書き換え……?」

「この世界は神々によって管理され、守られている。神々は出来る限り、この世界が永続するように秩序を保っている。だが、それはまた停滞でもある。変化がない、ということだ。ウルカヌスは、それを忌み嫌った」

「だから、世界を書き換えようとしている、と?」

「そうだね。そのためにダンジョンを作った」

「わけわからないって」


 確かに、ダンジョン禍が始まったことで、世界は大きく変化した。だけど、書き換え、というほどの変化は訪れていない。ウルカヌスは何を考えているのか。


「君は、神には二種類ある、ということを知っているかな」

「二種類?」

「日本神話で言えば、天津神あまつかみ国津神くにつかみ。あるいは普通の神々に対しての邪神や悪神、といったところか。この世界を統べる神々と、その座を追われた神々と、二つに分かれている。そして、追われた神々は、この世界と並行する別次元の世界で生きている。ウルカヌスは、その追われた神々を呼び戻そうと企んだ」

「どうやって」

「『ゲート』だよ」


 ニヤリとゲンノウは笑みを浮かべた。


「黒き門。異界へと通じる扉。世間は、『ゲート』はダンジョンに付随して生成されたと思っているようだが、実は違う。順序が逆だ。『ゲート』は、ダンジョンが生まれる前から、そこにあった。その『ゲート』を囲むようにしてダンジョンが作られたのだよ」


 だから、ゲートが開けられると、強力なモンスター……というか、神様が飛び出してきたわけか。ヤトノカミやら、イソラやら。


「さて、ダンジョンの役割だ。これは人間達を引きずり込むために作られている。引きずり込んだ人間は、モンスターの素材となるか、食料となるか、あるいは……『ゲート』を開くためのエネルギー源とする。人間の生命力をダンジョンに吸収させることでね」

「まさか、ダンジョンに貴重な素材があったりするのは、全部、おびき寄せるため……⁉」

「そういうことだ」

「でも、いいのかよ。カメラはまだ回ってるんだぞ」


 俺は、自分の後ろを飛んでいるドローンカメラを指さした。


「ベラベラ喋って、馬鹿じゃないのか? お前らの企みが、全部配信されているんだぞ。アーカイブにも残るんだぞ。誰も『ゲート』に近寄らなくなるだろ」

「構わないさ」

「なんで」

「この3年間で、十分なエネルギーが溜まった。ほら、竜神橋でも、江ノ島でも、『ゲート』は開かれただろう? もう準備は出来ている。あとは、順次開いていくだけだ」


 その時、いきなりガトリングガンの銃声が鳴り響き始めた。銃弾の雨は、しかし、ゲンノウが作り出した岩の壁によって、阻まれてしまった。


 ゲンノウは、地面に一切触れることなく、軽く手を動かすだけで、岩の壁を作り出した。同じ「ダンジョンクリエイト」のスキルでも、練度が違う。俺は構造物に直接触らないといけないのに対して、ゲンノウは念じただけでダンジョンを改造できる。強すぎる。


「くっ! 厄介な奴ね!」

「ナーシャ君。よくないな。まだ喋っているのだから、邪魔しないでほしい」

「問答無用よ! あなたがダンジョン禍の元凶だってわかった以上は、もう容赦しないわ! 今この場で成敗してやる!」

「殺せるのなら、殺してみるといい。だが、私が死んだところで、もう『ゲート』が開くのは止められない。手遅れなんだよ」


 クックックッ、と笑い、岩の壁を切り開いて、ゲンノウは前へと進み出てきた。


「さて、君達にはそろそろ退場してもらおうか。安心したまえ、無駄死にはさせない。ちゃんと『ゲート』を開くための養分としてあげるよ」


 俺はすぐに、TAKUさんを拘束している土の山へと手を触れた。土を崩し、TAKUさんを自由にする。


「カンナ、君は、僕を許すのか……?」

「ダンジョンマスターがあいつだってわかった以上、もう、俺の命は狙わないでしょ。だったら、一緒に戦いましょうよ」

「すまない……!」


 TAKUさんは走っていき、地面に落ちている日本刀を拾った。


 俺達は並んで立ち、ゲンノウに向かって身構える。


「あいつのせいで、俺達の大切な家族がダンジョン・シンドロームにかかった。これ以上好き勝手はさせない!」

「ああ、絶対に倒そう!」

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