第36話 青木ヶ原樹海ダンジョン⑧

 ナーシャはガトリングガンによる銃撃を開始した。


 殺したらダメだ! と言おうと思ったが、間に合わず、雨の如く銃弾がTAKUさんに向かって飛んでゆく。


 が、TAKUさんは横へグルリと回り込むように駆け出した。


 ナーシャもまた、TAKUさんを狙って、体の向きを変えながら、乱射し続ける。


 TAKUさんは大きな木の陰に隠れた。そこへ銃弾が当たり、ガリガリと木の肌を削っていく。


「もういいって! 十分だ! これ以上やると、TAKUさんを殺してしまう!」

「そんな甘っちょろいことを言ってる場合じゃないでしょ!」


 ナーシャは怒号し、


集中射撃バーストショットォ!」


 立て続けに、スキル名を叫んだ。


 放たれた銃弾がギュンッ! と一点集中し、大木の幹を貫く。中ほどから粉砕された大木は、グラリと傾いて、ナーシャのほうに向かって倒れてくる。


 巻き添えを食らわないよう、ナーシャは一旦射撃をやめて、バックステップを踏んだ。


 その隙を逃さず、TAKUさんは、折れた木の陰から姿を現すやいなや、日本刀をぶん投げてきた。


 ドスッ! とナーシャの肩に刺さる。


「きゃうっ!」


 ナーシャは悲鳴を上げて、よろめいた。


 そこへ畳みかけるように、TAKUさんは一気に突っ込んでいく。


「もうやめてくれー!」


 人間同士で殺し合うなんて、どうかしている。


 俺は地面に手をつき、ナーシャとTAKUさんの間に向かって念を飛ばした。


 直後、地中から木々が密集して生えてきて、TAKUさんの進路を妨害する。行く手を阻まれたTAKUさんは、苛立たしげに、俺が作り出した木を殴ると、今度は俺のことを睨んできた。


「お前を殺す! それで終わりだ!」


 まずい。木々を生やしてしまったせいで、逆にナーシャも援護できなくなっている。


 だけど、TAKUさんは武器である日本刀を持っていない。今は素手だ。


 ならば戦いようがある。


「わああああ!」


 俺は絶叫を上げながら、TAKUさんの周りの地形を変化させた。


 大地が波打ち、木々がうねり、岩石が飛び出す。その動きに翻弄されて、TAKUさんは右往左往していたが、やがて、地中からグンッ! と伸びてきた木で顎を打たれて、仰向けに倒れた。


「くっ……! 戦いのフィールドそのものを作り変えるなんて……! 無茶苦茶な!」


 すかさず跳ね起きたTAKUさんは、なお心折れることなく、俺目がけて走ってくる。


 だが、横合いから、ガトリングガンを捨てたナーシャが、勢いよく飛びかかってきた。


「やあああ!」


 気合いとともに、飛び蹴りを叩き込む。


 顔面を思いきり蹴られたTAKUさんは、吹っ飛ばされ、地面をゴロゴロと転がっていく。


「カンナ! 今よ! 動きを封じて!」


 言われて、ハッとなった。


 そうだ、無力化すればいいんじゃないか。


 俺は土を盛り上がらせ、TAKUさんの体を覆わせた。言葉にならない怒りの声をTAKUさんは上げたが、もう遅い。あっという間に、首から下が重たい土の中に埋もれ、身動き取れなくなった。


「ぐ、うおおおお!」


 TAKUさんはもがき、なんとか土から脱出しようとするが、もうどうしようもない。やがて、荒い息をつきながら、観念したのか、抵抗するのをやめた。鋭く俺のことを睨んでくる。


「僕は、君を、絶対に許さない……!」

「だから、誤解ですって! 俺はダンジョンを生み出したりなんかしてない!」

「それなら教えてもらおうか! そのスキルをどこで手に入れたか!」

「ダンジョン禍に巻き込まれた時に、なぜかもらったものだって、説明したじゃないすか!」

「スキルは、神々の聖域においてのみ授かるものだ、君みたいな例外は聞いたことがない!」

「どうして、そこまで、俺の話を認めてくれないんすか!」

「ならば、聞こう! 聖ジョージ騎士団に何をしたのか!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。


 なんで……それを、知っている。


「どうしたの、カンナ?」


 ナーシャが、俺の顔を覗きこんできたが、何も答えることができない。


 聖ジョージ騎士団。かつて、俺が所属していたダンジョン探索者のチーム。それなりに名が知られていたが、ある日を境に、全員消息を絶ってしまった。


 その原因は、俺にある。


 俺が、あいつらを、ダンジョンの中に閉じ込めてしまったからだ。


 だけど、やむを得なかった。そうしなければ、俺が殺されていた。あれは仕方がなかったんだ。


「やっとボロが出てきたな。僕が、なんの根拠もなく、君を殺そうとしていると思ったのか。そうじゃないさ。聖ジョージ騎士団のことを知ったから、君を生かしておくわけにはいかない、と思ったんだよ」

「どこで、知ったんですか」

「悪いがそれは言えないな」


 フン、とTAKUさんは鼻を鳴らした。


「とにかく、君がダンジョンを作り出した、ダンジョンマスターであることは間違いない」

「俺は、そんな奴じゃない! ダンジョンマスターなんかじゃ――!」




「そうだよ。カンナ君がダンジョンマスターなわけがない」




 不意に、洞穴の中から、声が響いてきた。


 ゲンノウだ。


 たくさんのDライバー達を相手にしながら、かすり傷ひとつ負わず、無事に脱出してきたようだ。


「ゲンノウさん!」


 俺は喜びの声を上げ、ゲンノウに駆け寄ろうとしたが、その瞬間、


「ダメ! カンナ、そいつに近寄らないで!」


 ナーシャの厳しい声が飛んできた。


「なんでだよ、ナーシャ。ゲンノウさんは、俺のことを助けてくれたんだぞ」

「私が何で、そいつと離れて単独行動していたか、わかる?」


 ナーシャは、肩の傷をかばいながら、それでもゲンノウのことを睨みつけて、戦闘態勢を取っている。まるで、彼が危険な敵であるかのように。


「そいつが信用できないからよ」

「大丈夫だって。現に、洞穴の中で、俺のことを」

「気になって調べてみたの。視聴者にも協力してもらって。そうしたら、わかったのよ。ゲンノウなんていう名前のDライバーは存在しないって」

「存在、しない……⁉」

「そもそも、ドローンも飛ばしていないし、スマホを取り出すこともしない。配信している様子がないから、おかしいな、って思っていたの。それもそのはずよね。最初から配信目的で、ここにいるわけじゃないんだから」

「じゃあ、何のために……⁉」

「答えなさいよ、ゲンノウ」


 ナーシャに促されたゲンノウは、しばらく目を丸くしてキョトンとしていたが、やがて愉快そうにアハハハと笑い始めた。


「ははは、すごいな、ナーシャ君は! お見事だ! もうちょっと遊んでいたかったのだけど、仕方がない。種明かしをするか」


 ゲンノウは両腕を広げて、世界よ見よ! と言わんばかりの愉悦に満ちた表情で、俺達のことを睥睨する。


「ナーシャ君が見抜いたように、私はDライバーではない。むしろ、君達の敵とも言える存在だ」

「え、それって……」

「気が付いたかい、カンナ」


 いつの間にか、俺に対する呼び方が、「カンナ君」から「カンナ」に変わっている。その違和感の正体を探る前に、ゲンノウは、衝撃の事実を口走った。


「私が、ダンジョンマスターなんだよ」

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