第23話 江ノ島ダンジョン⑦

 気絶している蛇和尚をロープで捕縛してから、ふう、とシュリさんはため息をついた。


「まさか、迷惑系Dライバーではなくて、世直し野郎が相手になるなんてな」

「結局のところ、世直しDライバーも、迷惑系と大して変わりない、ということでしょうね」


 チハヤさんは、そう言ってから、ツカツカとこちらへ歩み寄ってきた。何か話でもあるのだろうか、と思っていると、いきなり、ナーシャの両手をガシッと掴み、目をキラキラと輝かせ始める。


「ナーシャさん、あの戦いぶりは素晴らしかったです。ぜひ、うちのダンジョン探索局に来てくれませんか」

「え? あ、あの? 急に、なに?」


 戸惑うナーシャに構わず、チハヤさんは話を続ける。


「ダンジョン探索局は、人手が足りていないのです。かと言って、誰でも採用できるわけではない。あなたのような実力ある人を常に求めているのです。だから、どうでしょう。一緒に戦ってくれませんか」


 こんな風にもてはやされるのは、慣れていないのだろう。ナーシャはすっかり動揺しており、まともに返事が出来ずにいる。


 助け船でも出したほうがいいかな、と思って、俺が横から割り込もうとした、その時だった。


《:あ、逃げた!》


 ナーシャの視聴者コメントが聞こえてきて、俺達はハッとなった。


 いつの間にか、蛇和尚は目を覚ましており、両手を後ろ手に縛られている状態でありながら、器用に岩場を飛び移って、洞穴の奥へと逃げていく。気が付いた時には、もうだいぶ距離を開けられてしまっていた。


「いけません! 追いかけないと!」

「えー、別にいいじゃん。アタシらに逮捕権はないんだし、見逃してやったら?」

「そういう問題じゃなくて! あんな風に拘束されている状態で、ダンジョンの奥へ行ったら、命を落とすかもしれないんですよ! 保護しないと!」

「あー、なるほど、そーゆーことね」


 面倒くさそうにシュリさんはガリガリと頭を掻いていたが、やがて、逃げていった蛇坊主の後を追いかけ始めた。


「レミは、この迷惑系の人達を見張っていて。私も追いかけます」

「オッケー、課長♪ ボクはここで待ってるね♪」


 それから、レミさんは、俺達のほうを見てきた。


「君達は、どうするの?」

「そうね……まだ、あまりいい映像が撮れていないから……」


 と、ナーシャは俺のことを見てくる。


 すまん、気をつかわないでくれ。確かに、俺は今回、まだろくな活躍が出来ていない。せいぜい足場を作ったり、湖上に網を張ったり、そんな地味なことしかやれていない。だけど、しょうがないんだ。俺のスキルは、あまり人前で披露していいものではないのだから。


「カンナ。一緒に来てくれる? もうちょっと奥まで探索してみたいの」

「了解。付き合うよ」


 誘われてしまっては、仕方がない。俺は、ナーシャと一緒に、地底湖を渡り始めた。目指すは、あの奥のほうに見える黒くて大きな穴だ。その中に、蛇坊主とシュリさんは入っていった。他に入れそうな穴は見えない。同じ方向へと進むしかなさそうだ。


「ところで、ナーシャのスキルって、結局なんなんだ?」

「あれ。説明してなかったっけ」

「一度も聞いてないぞ。その身体能力とかは、あれだろ、パワードスーツの性能だろ」

「そうね。だから、私のスキルはまた別物。視聴者のみんなは知ってるけどね」


 そのナーシャの言葉を受けて、視聴者どもは俺に向かってコメントを投げかけてくる。


《:そーそー、俺達はナーシャたんのファンだからね》


《:果たしてお前に謎は解けるかな、底辺ライバー》


《:そもそも俺達にスキル隠しているお前が、ナーシャたんのスキルを聞こうっていう魂胆が、気に食わねえなあ》


 俺は全コメントを無視した。


 奥の穴にはいってから、しばらく進んだところで、道が五方向に分かれている。どちらへ進むのが正解か、わからない。


「総当たりで、確認していくしかなさそうね」


 ナーシャはとりあえず、一番左の道へ入ろうとした。


「ちょっと待った。そんな面倒なことをしなくても、俺に考えがある」

「何か名案でもあるの?」

「まだ数回しか使ったことないから、ここでも上手くいくか、賭けだけど」


 俺はその場でしゃがみ込み、地面に手を当てた。


 それから「ダンジョンクリエイト」のスキルを発動させる。ただし、ここではダンジョン改造はしない。


 目を閉じて、意識を集中させる。そうすると、不思議なことに、脳内にあるイメージが流れ込んでくる。それは、ダンジョンの構造。どの道がどのように伸びていて、どこへ繋がっているのかが、頭の中に描かれてくる。


 本来であれば、この能力は、離れた場所からもダンジョンを改造できるようにするために備わっているものなのだろう。だけど、俺は「ダンジョンクリエイト」のスキルを授かってから、いち早く、この便利な使い方に気が付いていた。


 これを、俺は、「ダンジョンクリエイト」の副次スキル「ダンジョンサーチ」と呼んでいる。


「オッケー。右から二番目の穴に入るといい。もっと奥まで繋がってる」

「なんでわかったの?」


 不思議そうにナーシャは首を傾げる。彼女からしてみれば、俺はただ地面に手をついていただけだ。それだけでダンジョンの構造を掴めたのが、不思議でならないのだろう。


「今度説明するよ。とにかく、俺を信じて、ついてきてくれ」

「う、うん」


 戸惑いながらも、ナーシャは、俺の後についてきた。


 その後も、何度か「ダンジョンサーチ」を使って、正しい道を選んでいき、とうとうダンジョンの最深部へと辿り着いた。


「おお、すげえ」


 思わず感嘆の声が漏れる。


 ドーム状の広い空間。天井には鍾乳石が幾重にも垂れ下がっており、下のほうは透き通るようなブルーの湖面が広がっている。そのど真ん中を、橋のような形で石の足場が架かっている。


 石橋の、どん詰まりには、黒く大きな門がある。


 竜神橋ダンジョンで見たのと、同じ見た目。間違いない、あれは「ゲート」だ。


 なぜか、その「ゲート」の前に、シュリさんは立っている。


「あの姉ちゃん、止めたほうがいいぞ」


 いきなり横から声をかけられた。


 見ると、後ろ手縛りのまま、蛇和尚が岩壁にもたれて座り込んでいる。


「蛇和尚じゃん。てっきりボコボコにされているのかと思ってた」

「俺もそれを覚悟したけどよ、なぜかあの姉ちゃん、ゲートを前にしたら、フラフラとあっちの方へ歩いていってな。いや、そんなことはどうでもいい。早く止めないと、えらいことになるぞ」


 知っている。竜神橋ダンジョンでは、「ゲート」を開いた瞬間、とんでもないモンスターが飛び出してきた。


「シュリさん! その扉を開けたらダメだ!」


 俺は石橋を渡りながら、シュリさんに向かって大声で呼びかけた。


 しかし、その声は彼女には届かず――


 あっさりと、扉は開かれてしまった。

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