第24話 江ノ島ダンジョン⑧

 門の向こう側から、大量の水が噴き出してきた。


 シュリさんの体は水に巻きこまれ、地底湖の中へと押し流されてしまう。


(助けないと!)


 俺は急いで水の中に飛び込もうとしたが、不意に、強い視線を感じて、一歩踏み出したところで立ち止まった。


 湖の中から、一回り大きなサイズの半魚人が、上半身を突き出している。


 乳房がある。女性の半魚人だ。


 魚の頭に、体表を覆う鱗。見るからに人外の存在であるが、不思議と神々しさや色香を感じさせる。


――ようやく解放されたぞ。


 頭の中に直接声が届けられる。テレパシーか何かだろうか。とても落ち着いた大人の女性の声だ。


――我が名はイソラ。貴様は何者だ。


 その声は、ナーシャや蛇和尚にも届いていたらしい。二人同時に、


「私は御刀みとアナスタシア、ダンジョンライバーよ!」

「俺様は蛇和尚じゃおしょう! 世直しDライバーだ!」


 威勢良く返事をした。


「ちょっと、なんで、あなたが名乗ってるのよ。今のは私に聞いていたんでしょ」

「お前こそ引っ込んでろ。こうなったら鬼でも妖怪でもなんでも来いだ。このロープをほどいてもらわねえとな!」


 二人が言い争っているのを横目に、俺は前へと進み出て、自分もまた名乗った。


「俺は木南きなみカンナ。イソラ、って言ったか。あんたは何者なんだ」


――我は海を統べるもの。


「どうして、あの門の奥に閉じ込められていたんだ」


――忌まわしき人間どもに用済みとされ、捨てられたのだ。


「はあ、人間に」


 つまり、それって……俺達は思いきり敵ってことになる。


――憎き人間どもよ。今こそ、復讐を果たしてくれようぞ。お前達!


 イソラは号令とともに手を上げた。


 すると、彼女の周りから、一斉に半魚人どもが姿を現した。さっきの地底湖で見かけた奴らは、このイソラの眷属だった、というわけか。


「お、おい! 早くロープをほどけ! 早く!」

「やだよ。解いたら、お前、俺達のことを襲うだろ」

「そんなことしねーよ! 俺様も協力してやる! とにかく、こいつらはヤバい! ヤバい気配がプンプン漂ってやがる! 力を合わせて戦う必要があるぞ!」


 仕方なく、俺は蛇和尚の両手を解いてやった。


 直後、蛇和尚は、真っ先にナーシャ目がけて襲いかかる。


「ぬうん! 金剛爆体!」


 体を黒光りする硬化状態へと変化させ、思いきりナーシャに殴りかかった。


 不意を突かれたせいで、相手のパンチを食らいはしなかったものの、ナーシャは攻撃を避けた勢いで、よろめいてしまう。


 そこへ、水の中から飛び出した半魚人が、畳みかけるように鉤爪で攻撃を仕掛けてきた。


「なんなのよ! もう!」


 苛立った声を上げ、ナーシャはガトリングガンで、半魚人のことを狙い撃つ。高速連射の銃弾を一気に叩き込まれて、半魚人の上体は血肉となって消し飛んだ。


――よくもやったな! かかれ、お前達! 皆殺しにせよ!


 次々と、水の中から半魚人どもが飛び出し、俺達を鉤爪で切り裂かんと襲いかかってくる。


 俺は攻撃をかわすついでに、水の中に飛び込んだ。


 水中は危険だ。水棲生物である敵の独壇場になる。だけど、シュリさんを救わないといけない。


 いた。湖底に倒れている。間に合えばいいのだけど。


(痛っ!)


 背中に激痛が走った。振り返れば、自分の血が水の中に流れ出ている。そして、鉤爪を構えた半魚人が、ニヤァと魚の顔に笑みを浮かべた。


 さらに十数体もの半魚人が、俺の周りを取り囲んだ。


 大ピンチである。


 だけど、俺はあまり焦っていない。


 なぜか。


(いいんだな? お前ら。俺には奥の手があるんだぞ。いいんだな?)


 水中で、俺は両手を突き出した。


 ダンジョンを作り変える能力。それは、ダンジョンを構築するあらゆるものに適用される。


 すなわち――水もまた、例外ではない。


(ダンジョンクリエイト! 水よ、全部干上がれ!)


 あっという間に、地底湖の水は蒸発したかのように、ボシュッと消え去ってしまった。


 空中に放り出される形になった俺や半魚人達は、これまで湖底であった地面の上へと落下した。


「ゲアアアアアア!」

「グギャアアアア!」


 地面の上に転がった何十体もの半魚人達が、やかましく絶叫を上げる。地上の空気は彼らにとって毒なようだ。苦しみ悶えて、ゴロゴロとのたうち回っている。やがて、ピクピクと痙攣して、一体、また一体と動かなくなっていく。


 イソラもまた例外ではない。あんだけ思わせぶりに出てきた割には、陸に上がった魚のように、呆気なく、地面の上でピチピチと跳ね回っている。


――おのれ、人間! おのれえええ!


「残念だけど、相手が悪かったな。俺の能力は、ご覧の通り、かなりチートなんだ」


――これで終わったと思うなあああ!


 イソラは、両手を頭上に掲げると、バッ! と腕を開いた。何かのまじないか? と思って、警戒を怠らず、様子を見ていると、いきなり地響きが鳴り響いてきた。


 突如、岩壁に開いた穴々から、大量の水が噴き出してくる。


「げ⁉ そんなのアリかよ⁉」


――我はイソラ! 海を! 水を統べる者! いくら貴様が水を消そうとも、何度でも、またこの場を水で満たしてみせようぞ!


「くっ!」


 俺はまたスキルで水を消そうと試みたが、その瞬間、音を立てて岩壁が崩壊し、さらに激しく水が降り注いできた。


 あっという間に首の高さまで水位は上昇する。


 その水の中に、イソラはジャブン! と潜りこんだ。


(ヤバい! 来る!)


 イソラは再び水中から飛び出すと、口に含んだ水をレーザーの如く高圧力で噴出させてきた。


 あわや顔面に穴を開けられるか、というところで、俺は間一髪で水の中に潜り、イソラのウォーターカッター攻撃をかわした。


(水よ、消えろ!)


 もう一度、同じことを繰り返そうとしたが、しかし、今度は水が消えない。


(しまった、エネルギー切れ……!)


 地底湖の水を全て消す、という大技を使ってしまったため、もうスキルが使えない状態になっている。


 万事休すか、と思われた、その時。


 上から誰かが飛び降りてきて、バッシャーン! と盛大に水しぶきを上げた。


 ナーシャだった。

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