第17話 江ノ島ダンジョン①

 週末になり、俺とナーシャは、片瀬江ノ島駅の前で待ち合わせをした。


 その昔は観光客で賑わっていたという江ノ島だが、今や、ダンジョンの一つとなってしまい、駅を訪れるのは探索者かDライバーくらいだという。


 確かに、駅前には、俺以外にもDライバーと思われる面々がたむろしている。みんな、物騒な重火器類か刀剣類を持っており、素手でぼんやり突っ立っているのは俺くらいなもんだ。ひょっとしたら、地元の人間の一人、と思われているかもしれない。


 いきなり、駅前の道に、黒いリムジンが乗りつけてきた。


 周りがザワザワする。


 こんなところにリムジンでやって来る馬鹿は、どこのどいつだ?


(まさか……)


 俺の嫌な予感は的中した。


 リムジンの中から、お馴染みのレオタード型パワードスーツを着たナーシャが、長い金髪をサラリと風になびかせて、優雅に出てきた。


 忘れてた。こいつ、御刀重工のお嬢様だったんだ。


「あら、もう来てたの? 待ち合わせ時刻より早いじゃない」

「そういうお前だって、まだ20分前だぞ」

「道が空いていて、思ったより早く着いたの」

「俺も似たようなもんだ。電車の乗り継ぎで一本早く乗れた」

「お互い、やる気に満ちあふれてて、幸先いいわね」


 などと、余裕たっぷりにナーシャが言った瞬間、遠くに見える江ノ島のてっぺんから、カラスの群れが一斉に飛び立った。

 ギャア! ギャア! と耳障りにやかましく鳴いている。気味が悪い。


「あそこにダンジョンがあるわけだな」


 江ノ島まで、長い橋が一本だけ伸びている。島へ至る唯一のルートだ。俺達にとって都合のいいことに、橋の上ではモンスターの目撃例が報告されていない。安心安全に進める、っていうわけだ。


 俺達が歩き出すのと同時に、周りにいたDライバー達も動き出した。別に、俺達を待っていたわけじゃないだろう。今は日曜日の午前10時。世間では人々がゆっくりと起き始める頃。配信するのに最適な時間と言われている、ゴールデンタイムだ。


 江ノ島に渡るまでの道中、みんなそれぞれ、カメラに向かって色々と説明をしながら、配信に精を出している。


「私達は急ぐわよ」

「いいのか、ナーシャ? 俺達も配信しなくて」

「旅番組じゃないんだから、こんな退屈な場面をわざわざ流す必要はないわ。今、配信しているような連中は、Aランク帯の岩屋には挑戦しない奴らよ」


 言われてみれば、絶賛配信中の奴らは、みんなどこかひ弱に見える。


 一方で、黙々と江ノ島を目指す連中は、どいつもこいつも強そうだ。


「ん?」


 ふと、見覚えのある姿を見かけた。


 スーツ姿の三人の女性が並んで歩いている。その真ん中にいる、あのボブカットは……


「もしかして、チハヤさん?」


 後ろから声をかけられたチハヤさんは、まさか知り合いがいるとは思わなかったのか、ビクン! と体を震わせた。


 それから、ゆっくりと、後ろを振り返ってくる。


 すごく恨めしそうな目だ。


「驚かせないでください、カンナさん」

「まさか、声かけただけであんなにビックリするとは思ってなかったよ」

「私は集中していたんです。岩屋に入ってからのプランを練るために」

「普通、プランって、出かける前に練らない?」


 俺のツッコミを受けて、ぐ! とチハヤさんは言葉を失った。相変わらずのポンコツっぷりだ。


「あはは♪ 課長、してやられた、って感じだね♪」


 一緒にいるショートヘアの小柄なお姉さんが快活に笑うと、


「まあ、課長は基本どこか抜けてるからな。仕方ねーよ」


 八重歯が目立つ、ロングヘアの、ちょっとヤンキーっぽい雰囲気のお姉さんも、カラカラと小気味よく笑った。


「あ、あなた達! 上司に対する敬意というものは無いのですか!」

「ねーよ、んなもん」

「ボクは課長のことソンケーしてるよー」

「声が棒読みに聞こえますが」


 はああ、とチハヤさんはため息をついた。


 どうやら、両隣の二人は、彼女の部下らしい。一応、組織上は。だけど、すっかりなめられているようだ。


「苦労してるんすね……」

「ちょっと! カンナさん! そんな哀れみの目で見ないでください! 私がまるで出来の悪い上司みたいじゃないですか!」

「てめーは出来悪ぃだろーが」

「わー♪ シュリってば辛辣ー♪」


 ヤンキーっぽい八重歯のお姉さんは、シュリさんと言うらしい。三人の中で一番長身で、男の俺よりも背が高い。スラッとした細身で、腰にはナイフを装備している。


「てめーだって内心は同じこと考えてんだろ、レミ」

「言ったじゃん♪ ボクは、課長のことをソンケーしてるって♪」

「尊敬、の部分だけ、棒読みだぞ」


 ショートヘアの活発なお姉さんは、レミさん。小柄な体格であるが、背中には、ゴツいライフルを背負っている。おそらく、狙撃手タイプ。


「チハヤさんも、江ノ島ダンジョンに挑むんですか?」

「ええ。最近、岩屋の中を荒らして回る、いわゆる迷惑系Dライバーが頻発しているそうで、調査のために派遣されたんです」

「あ、俺も聞いたことあります。江ノ島ダンジョンには、迷惑系が多いみたいすね」

「岩屋の中には貴重な資源も取れるというのに、それらをあえて海に捨てる暴挙に出ていて、政府としても見逃すことが出来ないのです。だから、現況を調べないと、なんです」

「だけど、もし、現場に遭遇したらどうするんですか?」

「『処分』します」


 チハヤさんの、眼鏡の奥の鋭い目が、ギラリと光る。


 処分、という言葉の意味が気になったけれど、怖くて聞けなかった。

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