第16話 次のダンジョンは……

「と、とにかく、あなた達Dライバーは好き勝手に暴れすぎです! ダンジョンの資源だって、ダンジョンの所有権が定まっていないというのに、取りたい放題取っていて!」

「所有権が定まっていないなら、どれだけ採取しても、少なくとも違法ではない、ってことだよね」

「う」


 もういい、チハヤさん。口喧嘩では、あなたは勝てそうにない。見ていて、気の毒になってくる。あんなに強いのに。


「せ、せいぜい、今のうちに威張っているといいわ。ダンジョン規制法さえ国会を通れば、あなた達はもう自由にダンジョンには潜れなくなるんだから」


 負け惜しみのようなセリフを吐いた後、チハヤさんはなぜか俺のほうを見てきた。


「あなたは? 名前はなんて言うの」

「木南カンナ」

「なるほど、カンナさんね。憶えておくわ」

「どういうこと」

「あなたに名刺を渡した。つまりは、そういうことよ」


 いや、そこ説明してくれないとわからないんですが。


 って、おーい。中途半端に謎だけ残して、去らないでください。もしもーし、チハヤさん。もしもーし。


「行っちゃった……」

「あんなのがダンジョン探索庁の第一線で働いているなんて、とんだジョークね。腕前だけは認めてもいいけど、かなりポンコツじゃない」

「ナーシャ、もしかして、ああいうタイプは嫌い?」

「見ててイライラする」


 TAKUのことも毛嫌いしていたり、けっこうナーシャは気難しい性格のようだ。どうして常にソロで活動しているのか、理由がわかった気がする。人とつるむのが苦手なんだろう。


 じゃあ、どうして、俺とは一緒に活動してくれているのか。


 いや、それは考えるまでもない。命を救われたお礼、それに、「ダンジョンクリエイト」という希少なスキルを持っている有用性。ざっと、そんなところだろう。


 とりあえず、騒動も一段落したところで、俺達はルノアールの中に戻った。


「さて、本題よ」

「本題に入る前に、だいぶ寄り道したな」

「次に潜るダンジョンのことだけど、私は江ノ島ダンジョンなんかいいんじゃないかな、って思うの。どうかしら」

「江ノ島ダンジョンって、ランク帯としては竜神橋と同じAランクだろ。俺達で平気なのか?」


 それぞれのダンジョンは格付けがされている。最低はEで、最高がSだ。Aランクというのは5割の確立で命を落とすと言われているほど、危険な場所である。


 もっとも、このランク分けは、とある週刊誌がDライバー達の意見を参考に付けたものであるので、信憑性には欠けている。


 例えば、ナーシャと初めて会った等々力渓谷ダンジョン。あそこはEランクで、危険な敵はほとんど出てこない、とされてきた。

 ところが、まさかのダイダラボッチ出現である。あんな超大型巨人、Sランク帯のダンジョンでもなければお目にかかることはないだろう。


 先日の竜神橋ダンジョンにしたって、Aランクとはなっているものの、オンモラキだけならせいぜいBランクくらいだろう。しかし、ヤトノカミが出現した途端、Sランク――99%の探索者が生還不能――の難易度まで跳ね上がった。


 ちなみに新宿ダンジョンは、地上部分に限ってはDランクで、地下はSランクと言われている。場所によって難易度が変化している。その格付けにしたって、怪しいものだ。さっきのミノタウロスなんて、AかSに出てきてもおかしくない。


 とは言え、他に指標となるものが無いから、どこかの週刊誌が適当に付けた格付けを信じて、俺達はダンジョンに潜るしかないのである。


「平気よ。私とカンナなら」


 純粋な眼差しで、ナーシャは俺のことを見つめてくる。どこかキラキラと輝いている瞳。俺のことを絶大に信頼している様子。


 重い、と思った。


 俺は自分やノコのことで精いっぱいだ。他人の面倒まで見ていられるほど、強くはない。


 だけど、不思議と、この重たさは心地良く感じられた。


「ちなみに、なんで江ノ島ダンジョン?」

「映えるからよ」

「ばえ……?」

「配信的に、画面が美しく撮れる、ってこと。ほら、江ノ島ダンジョンって、そのほとんどが鍾乳洞じゃない。地表部分はDランクで、大したモンスターもいなくて、採取物も無い。主にみんな、Aランクの岩屋のほうに挑んでいる。その最大の理由が、鍾乳洞なので、映えるからよ」

「その、映えを狙って、何するんだ?」

「あのねえ、私は、あなたのためを思って提案してるの! いつまでも登録者数5人でいいわけないでしょ!」

「この間のダンジョンで、108人になったぜ」

「ああ、そうだったわね。でも、5人も108人も一緒よ。収益化はもちろんそうだけど、企業のサポートを得られるようにならないと、この先もずっとジリ貧よ」

「確かに……」

「そんなスマホ片手の配信で、登録者が増えるわけないし。一日でも早く、お金を稼げるようにならないと」


 ナーシャの言うことはもっともだった。


 日本のトップクラスのDライバーは、年収5億円は稼いでいるらしい。ただ、それは、ライブ配信の収益以外にも、色々な企業がスポンサーとしてついているから、ということもある。

 TAKUは、たしか噂では、年収1000万円とのことだ。それも、やはり企業の広告等の仕事があっての稼ぎである。


 じゃあ、登録者1万人のナーシャはどうなのだろう。


「ちなみに、ナーシャは年収どれくらい稼いでる?」


 う……とナーシャは詰まった。おや、これは聞いてはいけない質問だったかな。


 と思っていたら、渋々といった様子で、ナーシャは口を開いた。


「年収は……60万円よ……」

「少なっ!」


 思わず言ってから、しまった、と思った。


 ナーシャはちょっと涙目になり、悔しそうに顔を真っ赤にして、プルプルと震えている。


「少なくて、悪かったわね……」

「ごめん、その、あんまりにも夢のない金額だったから……」


 ともあれ、そんなこんなで、俺達はコラボ第二弾として、江ノ島ダンジョンに挑むこととなったのである。

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