第14話 ダンジョン規制法案

 新宿という街は、魔界と化していた。


 なにせ、街全体がダンジョンになっているのである。


 ほぼ新宿区全域にわたる。南は新宿御苑まで。北は早稲田大学、東は防衛省の目の前まで、西は東京都庁まで含んでいる。世界レベルでデカい巨大ダンジョンだ。


 とは言っても、街としての機能は失われていなかった。


「新宿を指定してきた時は、びっくりした」

「いつかは挑む必要がある場所だから。日本のDライバーにとっては、聖地のような場所だし」


 歌舞伎町にあるルノアールで、フカフカに柔らかい椅子に座りながら、ナーシャとそんなことを雑談している。


 店の外は、ダンジョン化する前と変わらず、人々が歩き回っている。ただ、時たま、戦闘が勃発している。モンスターが現れては、何気ない一般人だと思っていた人が突如武器を取り出し、退治する。これが、今の新宿の姿なのである。


「一説には、新宿で暮らしている人達のほとんどが、ライブ配信をするなら全員登録者100万超えの実力を持っている、とも言われているわ」

「マジかよ。それで、どうして配信業をやってないんだ?」

「単純に、自分達の仕事があるからでしょ。それか、顔出しするとまずいことでもあるのか。どちらにせよ、新宿という街は、今も昔も変わらず、異質な空間、っていうところね」

「ダンジョンに取り込まれるどころか、逆にダンジョンを取り込んだんだもんな……」

「そんな新宿を、肌感覚で知っておきたかったの。一度も寄ったことなかったし。間もなくダンジョン規制法案も通りそうだから」

「出た、ダンジョン規制法」


 ダンジョン規制法とは、ダンジョン禍が発生してから長いこと野放し状態になっていて、ついにはライブ配信まで盛り上がっているこの現状を危険視した各国政府が、揃って成立を目指している法律のことである。


 特に、ライブ配信は社会的にも問題になっている。誰もが見られてしまう配信サイトで、普通に人がモンスターに食われたり、バラバラにされたりする光景が映ってしまうからだ。各配信サイトでも、注意を促しているが、それだけでは止めようがない。


 もちろん、他にも理由はある。貴重な資源の乱獲とか、元々の土地所有者の権利関係とか、問題は山積みだ。そういったことも、政府が法律で規制してしまえば、全て解決する。


 ただ、そうなれば、もう自由にライブ配信して、荒稼ぎする、なんていうのは不可能になるだろう。


 俺にとっては頭が痛くなる話だ。


「ダンジョン規制法は、すでに中国では導入されているわ。各国も、その中国モデルを参考に作るつもりなの」


 そう言って、ナーシャは、プリントアウトしてきたダンジョン規制法の要点を、俺に見せてくれた。


1.ライセンス取得と更新

 ダンジョン攻略者は特別なライセンスを取得し、ライセンスは定期的に更新される。ライセンスの取得には、ダンジョン探索と安全に対する基本的なトレーニングが含まれる。ライセンスを持たない者によるダンジョン探索は禁止。


2.ダンジョン内撮影規制

 ダンジョン内でのライブ配信や映像収録には特別な許可が必要で、プライバシーやセキュリティに関連する情報の公開や他の攻略者の活動を妨げることを禁止。撮影許可はダンジョンの性格によって制限される。


3.ダンジョン内安全基準

 ダンジョン内での活動に関する安全基準が設けられ、ダンジョン内での事故やモンスターとの遭遇に対する対策を義務づける。安全装備の使用が推奨され、ライセンス取得者は安全トレーニングを受ける必要がある。


4.ダンジョン内の生態系保護

 ダンジョン内の生態系を保護するため、特定の種のモンスターの狩猟や採取に関する規制を設ける。希少なモンスターの保護が重要視され、違反は重罰を科す。


5.ダンジョン情報の透明性

 ダンジョン攻略者は、ダンジョン内の情報に関して透明性を確保し、特にダンジョンの構造や危険要素について正確な情報を提供する責任がある。情報の非正確な開示は罰則規定がある。


6.ダンジョン攻略者の報酬と広告規制

 ダンジョン攻略者に支払われる報酬や広告収益に関する規制を設け、透明性と公平性を確保する。広告内容の正確性や公共の利益に反する広告は制限される。


7.ダンジョン配信者の協力と競争促進

 ダンジョン配信者同士の競争と協力を促進するための法律。ダンジョン攻略の共同作業や情報の共有が奨励され、競争の健全性が保たれる。


 全てがガチガチに固められた法律。モンスターを退治するにしても、それが希少種であれば罰せられてしまうし、撮影に当たっても細かな条件が付いてしまう。常にルールブック片手にしていないと、どの規制に引っかかるかわからない。


 安全を重視するなら、この法案は必要なものなのだろう。


 だけど……これで、俺の未来は消えてしまう。ノコを治療するための薬代を稼ぐことも、病気を悪化させそうなあのボロアパートを抜け出ることも、夢のまた夢だ。


「ナーシャはどうするんだよ。ダンジョン規制法が通ったら」

「うーん、私の場合、御刀重工がバックについているから、法律に逆らうことなんて出来ないわ。ライセンスを取らないと」

「やっぱそうなるよな……」


 はあ、と俺はため息をついた。ライセンスを取るくらいは、俺にも出来ると思うけれど、問題はその後だ。それこそ、虎剣フージェンのような億超えライバーを目指すどころか、ナーシャレベルの1万人登録者数に達することだって、不可能になるに違いない。


 どうしようかな……と思っていたら、いきなり、外から悲鳴が聞こえてきた。

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