第13話 TAKUのアドバイス

「はい、コーヒー。ブラックでいいんだね」

「ありがとう……ございます」


 ダンジョン内ではタメ口をきいていたけど、いざ外で会うと、敬語を使ってしまう。ぎこちなく返事をした俺は、TAKUから缶コーヒーを受け取った。


 俺達は待合室のソファに並んで座り、しばらくのんびりと缶コーヒーを飲んでいた。


 やがて、TAKUが口を開いてきた。


「よくブラックなんて飲めるね。僕は砂糖とミルクが入っていないと、ダメだよ」

「単に、糖分を取り過ぎたくないだけなんです」

「なんでまた」

「俺が体を壊したら、妹の面倒を見る奴がいなくなるんで」


 TAKUは優しく目を細めて、離れたところで、アリサさんと話をしているノコのほうを見た。初対面であるにもかかわらず、ノコは親しげに接している。


「なるほどね。僕はお陰様で生活に余裕があるけど、君はそうもいかないか」

「ちょっとのことでも、不安な要素は潰しておきたいんです」

「いくらか、お金を援助しようか? 君には、返しきれないほどの借りがある」

「お気持ちだけ受け取っておきますよ。金のやり取りは、正当な報酬以外では厳禁だって、心に決めているんで」

「しっかりしているなあ、君は」


 フッ、とTAKUは微笑んだ。


「僕は、君のようなスタイルは嫌いじゃないよ。ただ、君より登録者数の多い僕からのアドバイスとしては、もうちょっと小ずるいところがないと、このDライブの世界ではやっていけないね」

「確かに、TAKUさんはそのあたり、上手く立ち回ってそうですね」

「褒め言葉には聞こえないなあ。まあ、いいや」


 TAKUは、グイッ、と缶コーヒーをあおり、それから大きくため息をついた。


「まあ、でも、僕も偉そうなことは言えないけどね。100万超え、とは言うものの、日本のトップランカーは500万の登録者数。世界レベルで見ると、トップは2億4000万人だ」

「2億⁉ 誰ですか、それ⁉」

「中国の虎剣フージェンだよ」

「あ……! 伝説の、初代Dライバー!」


 この世界にダンジョンが現れ始めた時は、まだダンジョン配信の概念は無かった。そこに、いち早くリアルタイム配信の要素を持ち込んだのが、虎剣フージェンである。


 年齢は30代と、ライバーとしては決して若いほうではないけど、滅茶苦茶な強さで北京に現れた故宮ダンジョンを踏破し、一気に有名になった超人。きっと登録者数もすごいんだろうな、とは思っていたけど、まさか、2億人まで達しているとは。


「君は、彼のことは登録していないのか?」

「いやあ……なんか、ほら、他のライバーって、ライバルみたいなもんじゃないですか。だから、登録しづらくて」

「なるほどね」


 うんうん、と頷いていたTAKUだったが、すぐにこう返してきた。


「それじゃあいつまで経っても、登録者数は伸びないね。収益化の分岐点である1000人ですら、手が届かない」

「う……」


 痛いところを突かれた。


 先日の竜神橋ダンジョンの配信で、ナーシャやTAKUの視聴者が、何人か俺のことも登録してくれたようだ。


 なんと、一気に103人も増えたのである。


 現在の登録者数は108人。もともとが5人しかいなかったことを考えると、すごい出世の仕方だ。


 だけど、収益化できる1000人には、まだまだ遠い。


「僕は、他のライバーも登録して、色々と研究を重ねている。どうやればもっと配信を魅力的に見せられるのか、人々の興味を引くことが出来るのか、そういうことを意識している。君は、ただ配信を流せば人が寄ってくると思っていないか? そんなことはない。それでは、いつまで経っても、ジリ貧のままだ」

「だけど、俺は最新の機材を買う金もないし、スキルも人に言えるものじゃないし……」

「それだ」

「え?」

「君のスキルだよ。結局、本当のところはなんなんだ? 誰にも言わないから、教えてくれ」


 意外とTAKUは誠実そうだ。俺は、彼のことを信じて、自分が「ダンジョンクリエイト」持ちであることを話した。過去にあったトラブルのことは伏せたけど、このスキルがバレたらどんな酷い目に遭うかわからない、ということも添えておいた。


 なるほど――とTAKUは頷く。


「だから、頑なに隠していたのか。それは正解だ。最近は特に、ダンジョン発生の原因について探る動きが強くなっている。あらぬ誤解を受けないためにも、人には言わないほうがいい」

「ですよね」

「ただ、それとこれとは話が別で、君の戦い方には華がない」

「華、ですか」

「ナーシャを見てみたまえ。彼女は実に見栄えがいい。ガトリングガンで暴れる、というのは実にわかりやすく派手だ。僕だって、刀好きが一定数いるのを知っていて、あえて不利な近距離戦となる刀を選んでいる。君ももっと、わかりやすい武器が必要だ」

「武器……かあ」


 考えたこともなかった。喧嘩の経験くらいはあっても、武器を扱ったことは無い。どんな武器が自分に向いているのか、想像もつかない。


「ま、あんまり長話をしてもしょうがないから、今、僕が君に言えるのはそれくらいか。まずは1000人を目指して頑張ることだね」


 TAKUはソファから立ち上がった。アリサさんに手を振り、もう帰るよ、と合図を送る。


「応援しているよ。じゃあまたね」


 最後に爽やかな笑顔を残して、TAKUは去っていった。


 第一印象こそ、嫌な奴、と思っていたけど、案外いい人だった。アドバイスの一つ一つが、とてもタメになった。


 じゃあ、今後どうやっていくべきか――と考え始めたところで、スマホが振動した。


 画面を見ると、ナーシャからのメッセージが表示されている。


『今日これから会える? 次のダンジョンの相談をしたいの』


 もちろん、断る理由はどこにも無い。俺はすぐに返事を送り、そして、二時間後に新宿で待ち合わせとなった。

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