第12話 ダンジョン・シンドローム

 嫌な夢を見た。


 内容は、ちょうど1年前の出来事に関するものだ。


 俺はその頃、たまたま知り合ったダンジョン探索チームと一緒に、活動をするようになった。


 そいつらはライブ配信とかはやっていなかったのだけど、ダンジョンの収集物を換金することで生計を立てている連中だった。


 俺はまだ、自分の「ダンジョンクリエイト」の能力がどれだけ大変なものかわかっていなかった。力を手に入れてから1年間は、スキルを使いこなすことの訓練に没頭していたので、対外的に自分の力を明かすことはなかった。


 そのせいで、悲劇が起きた。


 俺の能力を知ったチームリーダーが、俺のことを「ダンジョンを生み出す存在の一人」と断定したのだ。


 そのせいで、命を狙われ、激しい戦闘の末に、最終的に「ダンジョンクリエイト」を用いて出入り口を塞ぎ、チーム全員をダンジョンの中に閉じ込めることで、なんとか助かった。


 あれ以来、俺はずっとビクビクしている。他のダンジョン探索者や、配信者に、俺のスキルのことを知られたらまずい、と思っているし、万が一、あのダンジョンに閉じ込められているかつての仲間達が外に出てきたりしたら、俺は訴えられるに違いない。命を狙われたから仕方がなかったとはいえ、裁判にでもなったら、過剰防衛として裁きを受ける可能性が高い。


 だから、夢に見てしまった。今もまだダンジョンの中に閉じ込められているであろう、探索チームの面々が、俺のことを罵りながら、復讐のため殺そうとしてくる夢を。


「うわあああ!」


 あまりの恐怖に、俺は叫びながら目を覚ました。


「お兄ちゃん、大丈夫⁉」


 隣で寝ていたはずのノコが、心配そうに体を揺すっている。どうやら、寝ている間も、俺は叫び続けていたようだ。


「平気だよ、ごめん。ちょっと怖い夢を見て」


 それから、時計を見た。午前10時。今日はノコを病院へ連れていく日だから、学校を休みにしている。そろそろ家を出ないと、午前中の診察に間に合わなくなる。


「ちょっと支度する。ノコは、朝ご飯は食べた?」

「うん。お兄ちゃんの分も、作ってあるよ」


 ちゃぶ台の上を見れば、米と味噌汁、梅干しが置かれている。味噌汁は俺の大好きなワカメ入りだ。


 他の家の朝ご飯と比べたら、かなり貧しいほうだろう。それでも、俺達にとっては、贅沢なメニューである。


「ノコ、ありがとう」


 俺はウルッと来た。なんて優しい妹なのだろうか。この妹のためなら、俺はなんだってしてやる。命だって懸けられる。


 朝ご飯をしっかりと堪能した後、俺は制服に着替えた。よそ行きでまともな服は、これくらいしかない。ダンジョン配信の時も制服を着ていきたいくらいだけど、ボロボロになったら困るから、いつもジャージでダンジョンへ潜っている。


 ノコも、精いっぱいのオシャレをして、準備を整えた。


 こうして俺達は病院へと向かうのであった。


 ※ ※ ※


「え……」


 医師の言葉を受けて、俺はしばらく硬直していた。


 ノコは先に診察室を出ている。俺だけ、忘れ物があるから、という名目で、呼び戻されたのだ。


 そこで告げられた衝撃の事実。


「間違いなく、木南ノコさんの肺に、影があります」

「それって、もしかして、癌とか……」

「検査をしなければわかりませんが、おそらく……ただ、もしも悪性の腫瘍だとしたら、大きさ的に、かなりステージは高いかと……」


 禿げ頭を所在なげに撫でながら、医師は非常に言いにくそうにしている。


「ノコは、ダンジョン・シンドロームに感染して、その上肺がんに?」

「まだ決まったわけではありませんが……」

「冗談じゃないって! なんでうちの妹ばかり、こんな目に遭うんだよ! わけのわからない新種の病気にかかったかと思えば、肺がんまで併発するなんて……!」

「これは、あくまでも統計上の話ですが、ダンジョン・シンドロームに感染した患者は、半年以内に体のどこかに悪性の腫瘍を発生させる確率が、50%。ノコさんは感染から3年経ちます。まだ、もったほうと言えます」

「そんな話を聞きたいんじゃない!」

「そう言われましても、我々医者としても、事実を述べることしか出来ませんので」


 ふうう……と俺は大きく息を吐いた。


 落ち着け。この先生に怒ってもしょうがない。とにかく、大事なのは、この話をどう受け止めて、どう対応するか、だ。


 そして、ノコに、今後どんな顔をして接してやるべきか、そのことを考えないといけない。


 診察室を出ると、ノコが笑顔を向けてきた。


「お兄ちゃんってば、ドジだね。忘れ物するなんて」


 違う。ノコは気が付いている。俺がいったいどんな話を聞かされてきたか、察している。それなのに、平気な顔して笑っている。


 こんな優しくていい子が、どうして、病魔で苦しまないといけないんだ。


 今すぐでも泣きたい気分になってきたところで、突如、


「おや、カンナ君じゃないか」


 聞き覚えのある声が飛んできた。


 横へと顔を向けると、そこにはTAKUが立っていた。なぜこの病院に? と思ったけど、すぐにその理由がわかった。


 TAKUは、彼と同い年くらいの色白の女性を、車椅子に乗せて運んでいる。


「その人は……」

「ああ。僕の彼女だよ。名前はアリサ」


 アリサさんは、涼やかで理知的な瞳が印象深い、物静かな雰囲気の女性だ。


「いつもタクヤがお世話になってます」


 そう言って、恭しく頭を下げてきた。


 一瞬、タクヤって誰だ、と思ったけど、すぐにTAKUのことだと気が付いた。そうか、本名はタクヤっていうのか。だからTAKU。意外と安直なネーミングだった。


「もしかして、その人も……」

「君のところも、か」


 この病棟に来る人間は、理由が限定される。


 世界各地にダンジョンが現れて以来、異世界のものとも言われるダンジョンに巣くう未知のウィルスによって、病気にかかる者が続出した。


 風邪程度の症状で済む者もいれば、命を落とす者もいる。


 それが、通称ダンジョン・シンドローム。


 俺の妹も、TAKUの恋人も、その病気にかかってしまっていた。

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