第7話 竜神橋ダンジョン③

 突然、オンモラキの一小隊が、一斉に爆発に巻きこまれて、あっという間に全滅した。


 なんだ⁉ と思う間もなく、次の攻撃が開始される。


 轟音とともにミサイルが飛んでいき、また別のオンモラキ小隊を爆散させた。


「何よ、あいつら」


 不満げに、ナーシャは呟いた。


 俺達がもと来たほうを振り返ってみると、十人ほどの重装備のパーティが吊り橋の上に立っている。彼らはみんなお洒落なスーツを着こなしており、どう見てもダンジョン探索者の風体ではないが、持っている重火器はロケットランチャーからマシンガンと、かなりえげつない装備だ。


「まさか、あれは」


 視聴者登録数100万超えの化け物Dライバー・TAKU率いる「タックン軍団」だ。ネーミングセンスは壊滅的であるけど、その爽やかな風貌や語り口と、華やかな戦歴から、いまや多くのDライバー達の憧れの的となっている。


「やーやー、君達! 楽しそうに暴れているね! 僕も混ぜてくれよ!」


 まるでホストのような見た目。明らかに染めたとわかる不自然に輝く金色の髪を風になびかせ、白い歯を見せながら、TAKUは馴れ馴れしげに俺達に近寄ってきた。


「げ……最悪な奴がやって来た」


 ナーシャは不愉快そうに呟き、ガトリングガンを下げる。もう戦う必要はなかった。あとちょっとで、タックン軍団の手によってオンモラキ達は殲滅される。無駄弾を打つ必要はない。


「久しぶりだね、ナーシャ。相変わらずソロで潜っているのかい?」

「そういうあなたは、相変わらず徒党を組んで戦うのが得意なのね」

「勝率と生還率が上がるのなら、何だってやるよ、僕は」


 もっともな理由だ。さすが登録者数100万超えだけある。安定して配信できるようにするための方策に余念がない。


「それにしても、驚いたよ。まさか、僕の誘いを断った君が、誰かと組んでダンジョンに潜るなんてね」

「誰と一緒に戦うかは、私が決めることよ」

「もちろん、その通りさ。それに、さっきから観察してもらったけど、彼はすごいスキルを持っているようだ」


 やべ、見られてた。


「君は、名前はなんと言うのかな」

「木南カンナ」

「カンナ君か。よろしく、僕はTAKUだ」


 TAKUはスマートな仕草で、手を差し出してきた。握手を求めている。だけど、俺はその手を握り返せなかった。相手はかなりのやり手だ。迂闊に心を許せば、手痛いしっぺ返しを喰らう可能性だってある。


 無言で、何もせずに佇んでいると、これまたTAKUはスマートに手を引っ込めた。まるで、俺の反応を最初から読んでいたかのように、握手を断られたことについて、一切動揺していない。


「で? 君は、どんなスキルを持っているのかな」

「あいにく、企業秘密なんで」


 黙っているわけにもいかず、かといって素直に話すわけにもいかないので、そう返事せざるを得なかった。


「あはははは」


 TAKUは軽やかに笑う。一点の曇りもない笑顔。しかし、その後ろに控えている、たった今オンモラキ達を殲滅したばかりのタックン軍団は、険しい目で俺のことを睨んでいる。


「君、面白いな」


 そう言って、俺のことを見てきた、TAKUの瞳からは――まるで感情が読み取れなかった。


 不気味な迫力を感じた俺は、二歩ほど後退した。


「物質を自在に変化させ、操る能力、といったところかな。まあいいや、なんでも。僕が関心あるのは、君とのコラボレーションだ」

「コラボ?」

「興味あったら、いつでも電話して。君ほどの実力があれば、すぐにエース級の活躍が出来るさ」


 そう言いながら、TAKUは名刺を差し出してきた。


 さすがに、その名刺だけは受け取る。


 おお、すげえ。TAKUが所属する大手Dライバースタジオ「ミレニアム」の名が刻まれている。箔押し加工の凝った作り。文字がキラキラ輝いている。


「そうやって誰でも彼でも声をかけて、手駒を増やそうっていう魂胆ね」


 いったい、過去に何があったのか、ものすごく辛らつな言葉を、ナーシャはTAKUに向かってぶつけてくる。


 TAKUは苦笑しながら、肩をすくめた。


「何を言おうと君の自由だけど、もう少し考えたほうがいいと思うよ。いま、僕らもライブ配信中だからね」


 と、TAKUは、ビデオカメラを構えている仲間のほうへ向かって顎をしゃくった。


「まだ1万人くらいの登録者数の君が、100万超えの僕に、そんな中傷めいた言葉を送るのは、得策じゃないと思うんだけどなあ」

「地が出てきたじゃない。いやらしい本性が」


 TAKUに釘を刺されてもなお、ナーシャは食ってかかる。


 ふふふ、と楽しげに笑いながら、TAKUは軍団を連れて、再び進み始めた。俺達の前を横切り、先へと向かう。


「ああ、そうだ。君のスポンサーは御刀重工だったね。実は、あの会社について、なかなか面白い情報を持っているんだけど――」


 振り返りながら、意味深なことを語りかけるTAKUだったが、肝心のところで言葉を切ると、


「――まあ、その話は、別の機会にしよう。もっといいタイミングでね」


 そんな風に言い残して、吊り橋を進んでいき、もやの中へと消え去ってしまった。


 今のは、間違いない、脅迫だ。

 大手のDライバー事務所に所属しているとなると、色々な裏の情報が寄せられてくるに違いない。

 軍需企業である御刀重工の黒い面も知っているのだろう。


「最ッ低」


 吐き捨てるようにナーシャは言うと、TAKUが消えていった方へ向かってあかんべえをした。


「なんだか、いやな感じの奴だったな」

「そう思うでしょ⁉ 初めて会った時から、あんな調子なの! 信用できない奴よ、あいつは!」

「ところで、いいのか? 先越されちゃったけど」

「あ! そうよ、急がないと! 私達が行った時には鉱石が残っていませんでした、とかいったら、格好がつかないもの」

「よし、じゃあ、行こうぜ」


 俺はナーシャの前を通り抜けようとした。


 その腕を、ガシッと、ナーシャは掴んでくる。


「待って。まだ話があるの」

「なんだよ。グズグズしている状況じゃないだろ」

「正直に言って。あなたのスキルは、なんなの?」

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