第5話 竜神橋ダンジョン①

 というわけで、やって来ました、竜神橋ダンジョン。


 ネット検索すると、ありし日の竜神橋の風景が出てくるけれど、いまやそれは古い情報。


 見ろよ、この目の前に広がっている、異様な空間を。


 こっちの崖からは、遙か向こうにあるはずの崖は見えない。常に白いもやがかかっていて、どれくらいの距離があるのかも不明だ。


 そして、そんな空中に、蜘蛛の巣のように張り巡らされた吊り橋。


 いや、吊り橋と言っても、どういう原理で宙に浮いているのかが不明だ。上に乗ったらそのまま落ちてしまいそうな不安定さを醸し出しているけど、実際は、大丈夫だろう。


 なぜなら、ここはダンジョンだから。


 ダンジョン内では、常識は通用しない。時には物理法則だって捻じ曲がる。思い込みや先入観で挑むのは危険だ。


「準備はいい?」


 吊り橋の入り口前に立つナーシャが、こちらを振り返ってきた。彼女の背後には、フヨフヨと、3台のボール型配信機が浮かんでいる。あんな風にハンズフリーで配信できるのはうらやましいな……と思いつつ、俺もスマホを操作して、配信モードへと切り替えた。俺の場合、常に片手でスマホを掲げていないといけないのが、すごくめんどくさい。


「オッケーだ。でも、ナーシャはそんな格好で大丈夫なのか?」

「へ? 何か変?」

「やたら軽装備というか、なんと言うか」


 目のやり場に困る、というセリフは寸前で飲み込んだ。


 ナーシャが着用しているのは、サイバーパンク風のレオタードアーマーだ。ボディラインがクッキリと浮き出る形の、かなりセクシーなデザイン。豊かな胸や尻がしっかりと強調されている。このコスチュームもまた、人気の一つだったりするのだろう。


「平気よ。これは御刀重工製の軽量パワードスーツなの。これを着ることによって、常人の何十倍ものパワーを発揮することが出来るわ。ガトリングガンだって楽勝で使えるもの♪」

「ちなみに、スキルとかは持ってるのか?」

「スキルはあるけど……教えなーい」

「はあ?」

「そっちが本当のことを隠しているうちは、私も何も教えなーい」


 クスクスと悪戯っぽい感じで笑いながら、ナーシャは吊り橋の上へと進み出た。


 事実、隠し事があるのは本当なので、俺はこれ以上何も言えず、ナーシャの後へと続いた。


「せめて、どこでスキルを手に入れたのかは、教えてくれよ」

「私のインスタを見て。そこに書いてあるから」

「こんなダンジョンの中で、いちいち見てられるかよ」

「まあ、モンスターが出てくるまで、雑談するのも悪くないわね。私のスキルは伊勢神宮で手に入れたの。神様は天照大御神。いいでしょ」

「ふうん、伊勢神宮か。けっこう大きいところでもらったんだな」

「カンナは? どこでスキルを手に入れたの?」

「う」


 俺は答えに窮した。


 なぜなら、俺の場合は、かなり特殊な入手の仕方をしているからである。


 ダンジョン禍の始まりとともに、「選ばれた者はダンジョン攻略するためのスキルが与えられる」と騒がれるようになった。そして、スキルを得るには、神社や寺、教会といった神聖なるスポットに行き、そこを司る神に認められる必要がある、ということも判明した。


 多くのダンジョン探索者達が、スキルをもらうため、神様にお願いしに行っている中、その当時の俺はそれどころではなく、中学生でも雇ってくれる違法な工事現場で働いていた。


 その工事現場に、突如としてダンジョンが現れたのだ。


 気が付けば、モンスターが跋扈するダンジョン内に取り残されて、戦う術を持たなかった俺は、これはもう死んだかな、と覚悟を決めたのだけれど、そこへ、神様の声が聞こえてきた。


 神様は名を名乗らなかった。


 とにかく、その神様によって、俺は「ダンジョンクリエイト」のスキルを授かったのだ。


 ……なんてことは話せるわけない。ましてや、配信を回している、この状況で。たとえ常時見てくれているのがキリク氏たった一人だとしても。


「あー、なによ、これー⁉」


 急に、ナーシャは不満げな声を上げた。彼女は自分のスマホを見ている。


 俺にスキルのことを質問したのは、すっかり忘れているようだ。


「どうした?」

「カンナってば、私とのコラボ配信、ちゃんと周りに言ってないでしょ」

「バイトが忙しくて……」

「言い訳しないでよ。せっかく、タッグ組んでるのに。もー!」


 それから、ナーシャは、彼女のスマホの画面を俺に見せてきた。


 俺のチャンネル画面。登録者数は変わらず5人。現在視聴している人数は1人。安定の、過疎っぷりだ。


「これじゃあ、なんのために組んであげたのか、わからないじゃない!」

「俺のスキル狙いだろ」

「もちろん、それが一番だけど、割と本気で、カンナのお手伝いが出来たら、って思っているんだからね」

「どうして、そんなに世話焼いてくれるんだよ」

「命の恩人だからよ!」


 すっかりむくれた様子で、ナーシャはプイッと顔を背けると、スタスタと先へ進んでいく。


 俺は、ふと、手元のスマホで、ナーシャの配信画面を見てみた。


 チャット欄にはたくさんのコメントが書かれている。


 そして、いま、俺に対する文句の声で溢れている。


《:なんなん、あいつ⁉》


《:ナーシャたんがここまでお膳立てしてくれたのに、むげにしやがって!》


《:しかも偉そう。態度さいあく》


《:お前みたいな底辺ライバーがナーシャたんと組めるなんて人生三百回やり直しても訪れない奇跡だっていうのによ!》


《:タヒねタヒねタヒねタヒねタヒね》


 フッ、と俺は口の端を歪めて、苦笑した。随分な言われようだ。まあ、5人しか登録者がいないのだから、底辺ライバーであることは間違いない。


 あんまり気にもならなかった。


「⁉ いま、翼の音が聞こえなかった⁉」


 いきなり、ナーシャは吊り橋の真ん中で、腰を落とし、ガトリングガンを構えた。


 耳を澄ませると、確かに、バサッバサッと羽ばたく音が聞こえる。


「モンスターか?」

「ええ! 戦闘準備に入って! 秒で撃退するわよ!」

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