第4話 金のためなら靴だって舐める

 紅茶の入ったカップを持つ手が、カタカタと震える。


 こ、これ1杯で、1000円……⁉


 アナスタシアが面会場所に指定したのは、まさかの銀座だった。そこにある老舗の喫茶店。てっきりチェーン系のカフェでも行くのかと思っていたら、まさかの高級店。


「さて、挨拶も世間話も終えたことだし、いよいよ本題に入るわ」


 え? 俺、何か喋ってたっけ?


 正直、べらぼうに高い紅茶に気を取られすぎて、会話の内容を覚えていない。自分が口を開いたのかすら記憶に無い。


「あなた、何者なの?」


 俺はとりあえず紅茶を一口だけすすった。ようやく、一口目だ。恐れ多くて、この瞬間まで飲めずにいた。救いは、ここの費用は全部アナスタシアが持ってくれる、ということである。


 温かい紅茶を胃の中に流し込んだことで、ようやく人心地ついた俺は、首を傾げて、逆にアナスタシアに質問を返した。


「俺のこと、どうしてわかったんだ?」

「御刀重工の調査能力を舐めないで。あの日、あのダンジョンで配信していた人間を、全部調べてもらったの。結果、あなたに行き着いたわけ」

「それで、なんで携帯電話の番号まで知ったんだよ」

「企業秘密」

「こわっ」


 御刀重工は、日本最大級の軍需企業だ。そんな物騒なところだけに、情報調査の質も高いのだろう。大変な奴に目をつけられてしまった。


「あなたが岩肌に手を触れたら、岩が変形して、ダイダラボッチに襲いかかった。あんなすごいスキル、見たことがないわ。どういうからくりなの?」

「スキルに理屈も何も無いだろ」

「ごまかさないで。私の質問に答えて」


 どうしよう。正直に言うか? 俺の能力は「ダンジョンクリエイト」です、と。


 いやいやいや、ダメだ。「ダンジョンクリエイト」持ちであるとバレたら、どんな目に遭うか、その昔、身をもって経験したじゃないか。二度と、あんなトラブルに巻きこまれたくない。


「大地や岩を自在に操れる、大地属性のスキル、とか?」

「それ! それだ!」

「ちょ、な、何よ。急に大声出して。ビックリするじゃない」


 ここは、アナスタシアの推測に乗っかることにした。あまり深掘りされるとボロが出るかもしれないけど、そこは、上手いこと話を逸らせばいい。


 アナスタシアは、疑わしそうに、ジッと俺のことを見つめてきた。


 ブルーの瞳が、綺麗な海のようで、見つめ返すと吸い込まれそうになる。日本人の父親と、ロシア人の母親を持つ、ハーフ娘。その容姿からファンになる連中も大勢いる。なるほど、確かに、目の保養になる。


「なんか、怪しいなあ」


 おっと、疑われているぞ。


 話題を変えないと。何かいい話題は無いか。


「えっと、アナスタシアさんに聞きたいことがあるんだけど」

「ナーシャでいいわ。みんな、そう呼んでるから。で、なに?」

「そしたら、ナーシャ。教えてくれ。お前ほどの人気ライバーが、どうして、あんな等々力渓谷なんて不人気ダンジョンに潜ってたんだ? 収穫物もあらかた取り尽くされて、出がらしみたいな場所だろ」

「ちょっと気合入れに行っただけよ」

「気合入れ?」

「これから危険度Aランクのダンジョンに挑むから、その前に簡単なところで、景気づけに暴れようと思ったわけ。ダイダラボッチの出現は、完全に予想外だったけど」

「へえ、なるほど。ちなみに、危険度Aランクのダンジョンって、どこに行くつもり?」

「茨城の竜神橋ダンジョン」

「マジか」


 噂では、そのうち危険度がSに格上げされるのではないか、とも囁かれている、超絶難易度の高いダンジョン。なにせ、足場が吊り橋で、しかもそれが縦横無尽に入り組んでいるのである。少しでも足を踏み外せば、まっさかさまに落ちていってしまう。現に、多数の死者が出ている。


「大丈夫なのか? お前の武器って、ガトリングガンだろ。あんな重装備だと、吊り橋の上で戦闘するのは、やりにくいんじゃ」

「そうね。私一人では大変かもしれない。でも、あなたがいる」

「はい?」

「竜神橋ダンジョンの奥には、貴重な鉱石が眠っている。海外の軍需企業から依頼を受けた探索者が、何度も潜って、回収しているそうよ。そんな振る舞いを、黙って見過ごすわけにはいかないわ。御刀重工としても、鉱石を手に入れるべく……」

「待った。ちょっと待った。いま、聞き捨てならないセリフが聞こえたんだけど」

「なに?」

「『あなたがいる』とか言ってなかったか」

「言ったわよ」

「どういう意味だ」

「竜神橋ダンジョンの探索に、あなたを連れていくことに決めたの。断らせないわよ。絶対に、同行してもらうんだから」

「じょ、冗談じゃないって! 俺はせいぜい等々力渓谷みたいな、Cランクくらいのダンジョンで、地道に稼ぐのが、性に合ってるんだよ! 何を好きこのんで、そんな危険なところへ行かないといけないんだ!」

「地道に稼ぐ、って、稼げてないでしょ」


 ナーシャは自分のスマホの画面を、俺に向かって見せてきた。


 そこには、俺のチャンネルのトップページが映っている。


 登録者数5人。相変わらずそこから変動無し。収益化の基準は、1000人以上の登録が必要。まだスタート地点にすら立っていない。


「私と組めば、一気に登録者数も増えるわよ」

「そりゃ、そうだろうな。ガトリング・ナーシャと言えば、今最も期待されているライバー10人の中に入ってる、大型新人。お前の人気に乗っかれば、俺もグンと登録者数が増えるかもしれない」

「でしょ。断る理由はないわよ」

「だけど、さっきも言ったように、俺のスキルは岩や大地を変化させるものだから、吊り橋がメインの竜神橋では、あまり効果は――」

「まだ何か隠してる」

「え」

「私の直感が告げてるの。カンナは、肝心なことを隠してる。それはきっとスキルに関すること。本当は、大地系のスキルなんかじゃ、ないんでしょ」


 なんてカンの鋭い……!


 でも、俺は断固として、本当のことは言わない。絶対に、明かしてはならない。


 とはいえ、登録者数が増えるかもしれない、というのは、ちょっと魅力的に思えてきている。少しだけ、心がぐらついている。


「ま、いいわ。いきなり腹を割って話せ、と言っても、無理があるものね。スキルのことはそのうち話してもらうとして、報酬の話をしましょ」

「報酬⁉」


 俺はガタンと椅子を蹴って、前のめりになった。


「そ、報酬。私のダンジョン探索に付き合ってくれたら、現金で100万円、報酬を支払うわ。その条件でどう?」

「行く。絶対に行く!」


 金、金、金。


 大金が手に入るチャンスを逃してたまるか!


 こうして、俺は、御刀アナスタシアと一緒に、超危険なことで有名な竜神橋ダンジョンへと挑むこととなったのである。

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