第21話 聖女リディア

 鉄格子の向こう。石造りの物置のような小さなスペースの中に一人の女性がいた。


 小窓から差し込む月明かりに向かって両手を組み祈るように膝をつく姿は聖女そのもの。ピンクシルバー色の長い髪が月明かりに照らされて光を帯びているように見えて神秘的だった。


 聖女リディアは音も気配も殺して潜入したはずにヒサアキに気付いてこちらを見た。


「魔女エリアーデと彼女の契約者ヒサアキですね?」


 今回のループで会うの初めてのはずだ。それなのにリディアは私たちのことを知っている。しかも、ヒサアキが私と契約していることまで。


 これも未来予知の力なのだろうか。


「そんなに驚かないでください。たった今声が聞こえたんです。……私の運命を変える二人が来ると」


 そう言うとリディアははかなく微笑んだ。


「……って、あれ? お一人ですか? それに修道士の方ですよね? やだ、私間違えて」


 リディアは急におろおろとしだした。彼女の指摘通り魔女エリアーデとヒサアキで合っているのだが、なぜか彼女は目をしばたたかせていた。


 小声で小窓に向かって「あの、聞いていた話と違うのですけど」と言い始める始末。


 誰と話しているのだろう、と疑問に思っているとヒサアキが声をかけてきた。


「主殿、主殿。おそらく主殿がネズミに変身しているからかと」


「え? あ……」


 そうだった。今の私はネズミに変身していたんだった。リディアがあまりに儚くて美しかったからつい忘れていた。


 ヒサアキのフードから出ようともぞもぞしていた私を彼が優しく掴んで石造りの床へと降ろした。リディアもつられてネズミを見ている。


「聖女リディア様、驚かないでくださいね」


 そう前置きをして私は変身を解いた。


「……ああ、あなたが魔女エリアーデ」


「はい。聖女リディア様、あなたを処刑から救いに来ました」


「どうして危険を冒してまで来てくれたのですか? 私たちは初対面なのに」


 エメラルド色の瞳がジッと私を見つめた。ルノーと同じ瞳の色で彼と同じ問いだ。誰だって他人のために危険を承知で助けようなんて思わないだろう。


 リディアの言いたいことももっともだ。私は目の前のリディアを見据えた。


「あなたを想ってこの街に来たルノーと出会って、あなたの本当の気持ちを知りました。”愛している”その言葉の意味を知りたくて私はここまで来ました」


「そう……。ルノーが来ているのね」


 リディアはどこか悲しそうな、でも嬉しそうに笑う。


 想い人が自分のために駆け付けてきてくれる喜びと、危険なことに巻き込んでしまう恐れが入り混じっているような感情だ。


 この感情に似たものを私もヒサアキに感じた気がする。


「……っ、本当にしょうがない人ね。幸せを願わせてくれないなんて」


 ぽろぽろとリディアの目から涙がこぼれていく。


 ルノーの涙と同じで誰かを想って流す涙はなんて美しいのだろう。私は手を伸ばした。本来であれば私は醜い老婆のような姿。


 だけれど、まだ元の少女の姿のままだ。理由は分からない。しわだらけではない手でリディアの頬に触れた。


 温かな涙を拭ってみる。一瞬だけ驚いたような顔をしたリディアはすぐに柔らかく微笑んで私の手を受け入れた。

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