第18話 もう逃げない

 ルノーの目の前ではルイが笑みを浮かべたまま圧力をかけているように見える。話題を変えよう。


「ね、ねえルイ。なにか分かった?」


「そうだったね。いくつか収穫はあったよ」


 ルイが教会に潜入して分かった情報は教会に訪れた客人は王宮からの使者。


 彼らは香炉こうろのようなものを教会内で使い、教会の人間たちに聖女リディアが魔女であることを話し始めた。


 そして、魔女はこの街を支配しようとしているとのたまい王宮では魔女は処刑の対象だと付け加えていた。


 当然最初は聖女が魔女ではないと反論していた教会側も香炉から放たれる不思議な香りに次第に目が虚ろになっていった。


 最後には聖女の処刑に反対する者は誰も現れず、使者たちは処刑日を確認すると帰って行った。


 聖女リディアは魔女として教会内にあるとうへと幽閉されている。


 元は鐘楼しょうろうがあったらしいが、今は取り外されており何もないので牢屋代わりというわけだ。


 貴族屋敷の牢屋ではなく、搭へ幽閉するのは元聖女として神に近い存在だった者を地へ下ろして処刑するという皮肉なのだろうか。


 趣味が悪い。搭へは階段を登るだけではあるけれど、連れ出すにはリスクがかなり伴う。方法を考えなければ。


「搭ってあれか?」


 ルノーが視線を向ける先に立つ二本の搭。教会の両端に建っているものだ。北塔と南搭のどちらかに聖女リディアがいる。


「処刑前に連れ出すにしてもどうすれば」


「俺が修道士に変装して搭に辿り着いたとして、聖女様は顔が割れているし、逃げるにも二人では怪しまれる」


「それなら聖女様と私が入れ替わります」


「エリー」


「大丈夫だよルイ。助けるつもりだったんだし、それにね少し考えていたの」


「な、なあ。さっきからお前たちの会話聞いてればリディアを助けるためにエリーが身代わりになるつもり……なのか?」


 ルイも私の意思が聞きたいようで黙って見つめてくる。身代わりなんていったらルイは絶対に反対する。


 でも無策じゃない。


 私は肯定するように頷いた。ルイが反対しようと口を開く前に私は「でも」と制した。


「身代わりにはなるけど、ちゃんと算段はあるの。だから大丈夫。それよりも、聖女様を連れ出した後のことを相談しよ」


「……エリーがそう言うなら」


 ルイはまだ半分くらい納得はしていない。私はルイに笑みを向けて話を進めた。


「街を東に抜けると丘があって、そこを超えると分かれ道がある。右側には村が、左側には森があるんだ」


 ルノーが簡単に地図を描いて説明してくれる。街を出るのは徒歩だと厳しい。たしか、何度もループする中で処刑の日も変わらず馬車は出ていた。


 私は処刑を見たくなくて早々に馬車に乗って街を出たこともあったから馬車は借りられそうだけど、御者に勘付かれる可能性がある。


「ルノー、お前乗馬は得意か?」


「ん? ああ。ってまさか」


「馬で逃亡するんだ。人間の足では無理があるだろう。俺たちが聖女様を連れ出すから馬の手配を頼む」


「頼むって」


 自信がなさそうなルノーは視線を床に落としている。御者に逃亡がバレる恐れを考えればルイの言う通り馬で逃げた方が確実だ。


「聖女様の処刑にみんな関心を向けるから隙はつけると思いますよ」


「処刑に関心を向けるって、エリーは火刑台に立つつもりなのか?」


 ルノーの問いに私は頷いた。


「処刑される聖女様が火刑台にいないとダメでしょ?」


「エリー」


 心配そうな声のルイに私は首を左右に振った。こうでもしないとディアナを欺けないから。今度こそ聖女リディアを救いたいから。


 私も覚悟を決める。


 もう逃げない。

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