第15話 ルノーの覚悟

「はははっ。そうだな。リディアを助けてくれるんならなんでもいいや。何かするんだろ? 俺にも手伝わせてくれ」


 そう言えば今までこの街での協力者なんていなかった。いつも一人で聖女を助けようとして失敗して逃げていた。


「手伝ってくれるのですか?」


「当たり前だろ。リディアを救ってくれる人に協力すんのは。で、俺は何をしたらいい?」


 私は机に置いた薬を手に取ってルノーを見た。薬の効果は変身。かつて私が醜い老婆のような姿を偽るために飲んでいたものだ。


 まったく別の容姿に姿を変えることができる。普通の人であればこの薬の効果は永続的で魔女のような魔法が扱える者でなければ解くことは出来ない。


 仮にリディアを救うことが出来ても処刑から逃亡したとなれば追手がくるだろう。ディアナの差し金であればこの二人はいずれ捕まって殺されてしまうかもしれない。


「どうしたんだ?」


 薬を手にしたまま考え込んでいる私にルノーが声をかける。この二人には最後まで生き残っていてほしい。今度こそ幸せになってほしい。


「……あの時、救えなくてごめんなさい」


 つい口から零れた謝罪はルノーにも聞こえていたみたいで不思議そうな顔をされた。


「何でもないです。ルノー、一つ聞かせてください。あなたの覚悟がどれほどか」


「覚悟?」


 疑問符を浮かべるルノーに私は薬の小瓶を見せながら話した。


「聖女様を救えたとしてあなたたちはこの街から逃亡することになります。もし逃亡が気付かれた場合殺されてしまうかもしれません」


「それは」


 口ごもるルノーに私は続けた。


「あなたは今とは違う姿になってでも聖女様と共に暮らすことを望みますか?」


「今とは違う姿?」


「はい。全く違う容姿になるということです。その赤い髪も、少し鋭い目つきも。聖女様の姿もまったく違う人になります。その覚悟はありますか?」


 拒否された場合はどうしようか、他に方法が思いつかない。隠れて暮らすのは落ち着かないだろう。私はルノーの返事を待った。


「なんだ。そんなことか! 覚悟っていうからどんなのかって緊張して損した」


「え? だって姿が変わるんですよ?」


「それがどうした? 別に俺はリディアの容姿を好きになったわけじゃないんだ。あいつの内面に惚れてんの。だから、いくら容姿が変わろうとリディアがリディアであるなら俺の気持ちは変わらないよ」


「……」


 そう言ってニッと笑うルノーに私は小瓶へと視線を落とした。その言葉をミカエルたちから聞けていれば何か変わっていたのかな。考えても仕方ないや。


 これが相手を好きだってことなのかな。まだ分からない。でも、見た目は関係ないか。ヒサアキもそう思ってくれるのかな。


 私はここにいないヒサアキの顔を思い出した。教会に潜入している彼は今どうしているだろう。怪我とかしていないといいけれど。


「……ルイが心配か?」


「へ!? な、なんで?」


 頬杖を付きながら聞いてきたルノーに私は図星を指されてまぬけな声を上げた。私の反応にルノーが二ッと口角を上げる。


「顔に出てんぞ。お前意外と分かりやすいな」


 わざわざルノーが自分の頬に指を当てて教えてくれる。私もルノーにつられて手を自分の頬に添えてみた。分からなかった。


 不思議そうな顔をしていたのだろうか、ルノーが笑い声をあげる。


「ぷっ、あっはっはっは! そう言う意味じゃないよ。お前、なんか素直だな。魔女だって言うからちょっと身構えたけど、その必要なかったな」


 そうか。魔女と言えば聖女とは反対の意味で認識されている存在だから魔女と聞いて悪い方に想像するのは仕方ない。


 ヒサアキは異世界の住人だから魔女に対する偏見がなかっただけで、村の人たちと同じでルノーの反応が普通だ。


 でも、ルノーみたいに魔女の私に対する認識も帰ることができるんだ。そう思うと少しだけ心が軽くなる。


「ありがとう、ございます」


 お礼を伝えるとルノーはまた笑みを向けた。

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