第一章 聖女と呪われた魔女

第11話 変装と偽名

「主殿。街へ入る前に一つよろしいでしょうか」


 街が見えてきた頃、ヒサアキが突然足を止めた。


「今から僕を呼ぶときは別の名前で呼んでくれませんか?」


「どうしてですか?」


 ヒサアキが名前なのに、と疑問符を浮かべた私にヒサアキは苦笑する。


「忍びにとって本名を知られるのは致命的です。僕の名前を知っているのは主殿だけでいい。二人きりの時だけヒサアキと呼んでいただければそれで充分です」


「二人きりのときだけ」


 不思議とその響きが胸を温かくさせる。私だけが知っている名前。それだけでとても大事なものを預けられた気がする。


「わかりました。では、今からなんて呼んだらいいですか?」


「そうですね、ルイなんてどうですか? 村に潜入していたときに使い分けていた名前の一つです」


「いくつか?」


 いったい何人に変装していたのだろう。聞いても教えてくれないだろう。考えている間にヒサアキはすでにルイになっている。


 黒髪、黒い瞳から茶髪の青年へと変装を終えていた。


 ついでに私もヒサアキが用意した街娘用の服に着替えるように言われて着替えることになった。


「えっと、ルイ」


「上出来です。ここからは主殿ではなく、エリーと呼びますね。敬語も外します。よろしいですか?」


 私の髪をいて三つ編みを二つ作りながらヒサアキは細かな設定を話した。今から私たちは異母兄妹として街に入るらしい。


「は、はい」


「うん。じゃあ、行こうかエリー」


 そう言ってヒサアキは私の手を引いた。街はすぐそこ。敬語のないヒサアキは別人のようで鼓動が速くなる。街に着くまでに慣れるだろうか。難しいかもしれない。





 街に入ってすぐ宿の確保をしてから私たちは街中を探索して情報を集めた。今までの私ではしてこなかったことだ。


 道具屋の店主や、宿の店主、酒場から聞こえてくる聖女に関する噂はどれも印象の良いものでとても魔女と断罪し、火あぶりにするような雰囲気ではない。


「おや、お嬢ちゃんたちも聖女様を見に来たのかい?」


 人の良さそうな屋台の女店主が声をかけてきた。


「ええ。聖女様の噂は俺たちの村でも聞こえてきていてこうして妹と一緒に一目見ようと来てみたんです」


「そうかい。でも、残念だね。今日はえーと、国王直属の使者が来ているみたいでね、聖女様はこちらには顔を出さないんだよ」


「そう、なんですか」


「明日になればまた顔を見せてくださるから今日はゆっくり街を周りな。なんだったらうちの名物飴細工でも食べていくかい?」


 私たちは飴細工を手にしながら散策を再開させた。


 教会に向かう道すがら国章を付けた騎士のような男たちを見かけ後をつけてみたけれど、教会前には門番が二人いて気付かれる前に退散した。


「……どうやら聖女と街の人の関係は良好か。魔女狩りを行う雰囲気ではないね」


「街の人たちが闇の妖精に操られている様子もなかった」


 うーん、と息詰まる私たちの横を赤髪短髪の青年が勢いよく通り過ぎた。ヒサアキ……いや、ルイが私と会話を続けながら目で彼を追っている。


「なあ! 聖女がここにいるんだろ!? 会わせてくれよ!」


「ダメだ。聖女様は今日大事な客人と会う。誰も中に通すなとのお達しだ」


「だいだい君は何者だ? そうやって聖女様に会いたがる輩が最近は多くて困っているんだ。分かったらさっさと帰れ」


 門番に食ってかかりながらも相手にされず門前払いされている。


「あいつに一言だけでいいから話をさせてくれ! お願いだ!」


「ダメだ。ダメだ!」


「あまりしつこいと警備隊を呼ぶぞ」


「……っ!」


 赤髪の青年が何かを言いかけるタイミングでルイが動いた。

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