第10話 聖女を救いに

 心臓を直接掴まれたような感覚に呼吸が出来なくなる。どうしていいか分からない私は助けを求めた。


「ヒサアキ、ヒサアキ……」


 ほとんど声が出ず、掠れただけで音にならない。苦しさで涙が滲む。


「主殿、主殿! しっかりしてください」


 なかなか戻らない私を心配して探しに来てくれたのだろうか。ヒサアキが血相を変えて駆け寄ってきた。途端に呼吸が楽になる。


 ようやく息が出来るようになった気がした。ヒサアキに支えられて呼吸を整えた私がもう一度水面を見ると通常通り穏やかに流れる川に戻っていた。


「今のは?」


「主殿、大丈夫ですか?」


 心配そうに覗き込むヒサアキに頷いて見せたけれど、納得していないのか眉を寄せたままジッと見つめられる。


「もう大丈夫です。心配をかけてごめんなさい」


 戻ろうとした私がふらついたのを見逃さなかったヒサアキが後ろから支えた、と思ったのも束の間。そのまま横抱きにされてしまう。


「ヒ、ヒサアキ!?」


「主殿の大丈夫は信用ならないということがわかりました。このまま僕が運びますから大人しくしていてください。何があったかは戻ってから聞かせてください」


「……はい」


 村人たちから逃げる時に学んだ。ヒサアキは引かないときは絶対に引かない。今もどんなに私が抵抗しても降ろしてくれる気は絶対にない。


 私は抵抗を諦めてヒサアキの首に腕を回した。目をつぶればディアナの顔がよぎる。


 憎悪のこもった瞳に心臓を握られたような感覚が再び押し寄せてきそうでヒサアキの首に顔を埋めた。安心の方が勝ったのか、落ち着いてくる。


「ありがとうございます、ヒサアキ。助けに来てくれて」


「当然です。僕は忍びですから」


「ふ、ふふっ。うん、うん。私の頼もしいヒサアキです」


 絶対に揺るがないヒサアキに自然と笑いが込み上げた。笑ったのなんていつ以来だろう。


 いや、何ループ前だろう。ずっと遠くに置いてきた気がしたのに笑える日がくるなんて。


 食事を摂り終えた私は川で見た闇の妖精ディアナのことをヒサアキに話した。間違いなくあれは私に呪いをかけて姿を奪った妖精だ。


 場所までは分からなかったけれど、城の中に入りこんでいることは分かった。そして、私が姿を取り戻すのに連動してディアナの魔法も解けている。


 私が容姿を取り戻している間はディアナは元の姿になっているのかもしれない。


「だとすれば、あちらは主殿が生きていることをすでに察しているでしょう。城に入り込んでいるということは権力を持っている可能性が高い。もしや魔女狩りを指示しているのは妖精では?」


「その考えは今まで至りませんでした。それなら魔女狩りで魔力を持つ者を殺していった方が自分の手を汚さず私を殺せる可能性が高いですからね」


 現にその方法で何度も私は殺されている。


 ディアナの性格は短期らしく、呪いが完成するまで待てばいいのに、私がループを繰り返す中で何度も足掻くからそのたびにおそらく容貌がさっきみたいに元に戻っていたのだろう。


 焦ったディアナは容貌が元に戻らないように私を殺そうと考えた。だから魔女狩りが始まったんだ。


 ああ、そうか。私のせいで関係ない人たとまで魔女狩りの対象になるんだ。


 ここから一番近い街にいる聖女の顔が浮かんだ。


 ピンクシルバー色の長髪にエメラルド色の綺麗な瞳の美しい女性。魔女狩りでこれから火あぶりにされる聖女。


 何度も目をそらしてきた私に救うだなんて許されないのだろうけれど、昨晩とは違う意味で彼女を闇の妖精の思惑から救いたいと本気で思った。


「ねえヒサアキ。昨日言った続きなのだけれど、私は次に行く街で聖女を助けたい。力を貸してくれますか?」


「はい。それが主殿のご意志ならこの久明、いくらでも力を振るいましょう」


 私たちは方針を決めると街へと向かった。

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