第9話 誓います
「ヒサアキ?」
行為の意味が分からない私は困惑気味に尋ねるしかない。唇を離したヒサアキは微笑んで手を離す。
「これは村の人たちから聞いたこちらでの誓いの証だそうです。僕は改めて主殿が呪いを解くまで共に往きましょう。例えそれが地獄のような道だとしても。この瀬野久明、一人の忍びとして主殿の傍で務めを果たすことを誓います」
ヒサアキの言葉は私の中にストン、と落ちてくる。ミカエルたちとは違う。
言葉が違うとか、意味が異なって聞こえるわけではなくてヒサアキが言ったからなのかもしれない。胸の奥が熱くて、いっぱいになる。こんな感情知らない。
もう一度ヒサアキと目が合う。彼はすこし照れたように笑うと寝ずの番はやめて二人で寝ましょうかと提案してきた。それに頷けば火を消して横になる。
隣にはヒサアキがいる。私は目を閉じているヒサアキの手を握って目を閉じた。今回限りの旅かもしれない。だからもっとあなたを知りたいと願うのは罪なのだろうか。
呪いを解かないといけないのにそんなことを考えてしまった私はどこかおかしくなってしまったのだろうか。
街の中央。火刑台に登る一人の女性。長いピンクシルバー色の髪を一つに束ねている。エメラルド色の瞳が見つめるのは一か所。
そこを見て聖女と呼ばれていた女性は微笑んだ。
「……、愛していました」
声に出さず、口の動きだけで告げた言葉を私は見ていた。
愛している、その言葉は私の呪いを解くのに必要なものだと気づいて何度か助けようとしたけれど、どれも失敗して失敗するたびに聖女は火あぶりになった。
何十ループ目から私は聖女の死を見ていられなくて逃げるようになった。街を避けたり、火あぶりになる前に街を発つこともした。
結果はどれも聖女の死で、結局あの日聖女の言った「愛していました」が誰に向けられたものなのか分からないまま。
ごめんなさい。いつもあなたを助けられなくて。
ごめんなさい。いつも見捨ててしまって。
翌朝目を覚ますと先に起きていたヒサアキが朝食の準備を始めていた。
食べられそうな果物が置かれて、火の周りには魚が櫛に刺さった状態で焼かれているところだった。
「主殿お目覚めですか? 近くに水辺がありますので顔を洗ってきてください。その後食事しましょう」
「おはようございます……」
ヒサアキの言う通りに水辺に向かって顔を洗おうとしゃがんだ私は水面に映る自分の姿に目をしばたたかせた。
寝ぼけているのだろうかと顔を洗ってもう一度水面を覗く。
「戻ってる……」
映っているのは醜い老婆のような姿ではなくてプラチナブロンド色の髪にアイスブルー色の瞳の少女。本来の私だ。
これまで何度か戻っていたことはあっても朝からもどっていることはなかった。でも完全に解けてはいない。まだ体内で呪いはくすぶっている。
水面に触れようと手を伸ばしたところで石を投げ込まれたように水面が大きく揺れた。手を止めた私はそこに映し出されたものに目を奪われた。
城のような建物が映り、次に豪華な内装に切り替わる。部屋だろうか、豪華な造りの部屋に一人の美しい女性が立っている。
プラチナブロンド色の髪にアイスブルー色の瞳。私を大人にしたような姿は以前見た私の姿を奪った闇の妖精ディアナだ。
黒色の艶やかなドレスを着たディアナは一瞬にして醜怪な容貌へと変わった。
「……っ」
思わず小さな悲鳴を上げて水面から離れた。
その顔は本来のディアナのものだ。絶対に見間違えるはずがない。
ディアナは忌々し気に顔を手で抑え込み無理やり顔を変えた。それでも醜怪な容貌へすぐ戻ってしまう。ディアナは怒りに身を任せて鏡を割っていた。
鼓動が速くなって早くここから離れたいのに身体が動かない。呼吸が次第に浅くなる。
汗が顎を伝って落ちる瞬間、ディアナと目が合ったような気がした。
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